53話 なになに? 俺ってば、天才!
──そして、案の定といえば案の定、何もないまま、次の日の朝を迎えた。
魔法で水を手から出して、顔を洗う……ふぅーっ、さっぱりした。
何気にもう無詠唱で、水魔法とか行使してんのな。
俺の場合、精霊魔法だか、魔術だか、もう全然わけ分かんない感じなんだよ。
結局、魔導書の文字も単独では読めないから、レイノーヤさんにお願いして、魔術の発動キーとなる言霊の部分とその魔術の内容だけを教えてもらって、メモに残してはあるけど……。
メモに使ったこの紙と鉛筆のような筆記用具もエルフの側近さんからの頂き物だ。
なんという至れり尽くせり。さすがに側近を務められるだけのことはある。
えーと、なんの話だっけ? ……あぁ、そうそう、初めて魔術ぶっ放した日に火の精霊にふざけて話しかけた瞬間に理解したあれ。
アリエルとの連携演習の時には、相棒への意思表示のために、口に出して言霊の「ウォーター」とだけは叫んだけど……実際のところ、使うだけなら要らんのよ、そんなの。
「ふふふ、なになに? 俺ってば、天才!」って、声高に叫びたいところだけど。なにせ俺のやることだからな、全くもって信用ならねえ。
でも、無詠唱魔法は確かに使える。
アリエルに訊ねてみても、詠唱短縮ですら、人族で使える者は滅多にいないそうだ。
へえ、するってぇと、あのレイノーヤさんもやっぱり凄かったんだな。
妖精魔法──あれも魔術じゃなくて、魔法だものな。むしろ、当然か。
俺のは、自分で勝手に精霊魔法とか、ほざいてるだけだもの……まあ、俺しか使えないみたいだけど。
でも、一言であっても言霊を発声しなきゃならないのと、無詠唱でも行使できるのは、全く利便性が異なるんだよね。
もし仮に、二つの属性魔術を同時に使って、合成しようとした場合、間髪容れずに続けて二つの言霊を唱えたとしても、合成されるかは微妙なところだと思うし。
後でこれも検証しておく必要があるな。敵が使ってくる場合とか、味方の魔術師がどう動くかの参考としても。
確実に二つの魔術を合成した結果を得たいのであれば、たぶんだけど、詠唱呪文から新たな魔術を組み上げなければならないはずだ。
でも、無詠唱なら、イメージ一つでどうとでもできるから、便利なのさ。
実際、アリエルとの連携で使用したウォーターは、本来、水の球をぶち当てるだけの初級魔術──それが実際にはダイヤモンドも切り裂く超高水圧レーザーをイメージしたもんだから、さあ大変。
結果はあのとおり……もう別人28号だ。
問題はここから……もし仮に、複数の精霊を従えることができたら、魔法の合成もイメージし放題。それも二つに限らずって話だ。
思い起こしてみれば、虹色の園で勝手に発動したと思っていたあの儀式魔法──あれも精霊を鎮魂する手助けをしたいという俺の想いを汲んで、イメージから発動しただけかもしれないな。うん、そんな気がしないでもない。
あのときは六属性全てだったし、なんだか凄いことになってたみたいだけど……。
あの魔力を間違って、攻撃にでも使ってたらと思うと、ぞっとする。
それこそ、アリエルじゃないけど、魔王認定まっしぐらだろう。本当に何もなくて良かったぁ。
しかし、そう考えると、益々、教会とは距離を置いた方が良さそうだよな。
言うこと聞かなければ、異端審問だとか言われるのは目に見えてるし。
今更ながら、アリエルのパーティーに参加しなかったのは正解だったな。
人間万事塞翁が馬とも言うから、所詮人には何が正解なんてことは死ぬまで……いや、死んでも分からんのだろうが……。
教会の動向も少しは調べておいた方がいいかもな。
そうこうしている内に、町らしきものの壁が見えてきていた。
「あれが最南端の町【クリークビル】だ。もっとも、こっちは裏門側だから比較的静かだけどな」
やっと着いたというか、もう着いたというか、アリエルと一緒だと、そのペースに引っ張られて、東京にいた頃では考えられない速度で、ぐいぐい進んだ気がする。
それでも、肉体的な負担は微塵も感じないってのが不思議なんだけど……ほんと、どうしちゃったんだろうか? 俺の身体は。
もしかして、この世界って、地球よりも重力が弱いのだろうかとも考えはしたものの、別に身体がふわふわするような感覚なんて、まるで無いんだよね。
せっかくなんだから、こんなことは気にせずに、異世界を楽しめるだけ楽しめばいいとは、自分でも分かってはいるんだけど、これも性分なんで、仕方がない。
これでも、俺なりに十分堪能してますから。
さて、行ってみようじゃないの! この世界初の人族の町へ。




