52話 ごめん、アリエル! 驚かせちまったな
アリエルに何かしてやれることはないかと思案していると、目の前に湯気が立ったお椀が差し出された。
あぁ、良い匂いがする。
うん、見るからに、『早く食わせろ!』って感じで、お腹がぐぅ~ぐぅ~きゅるきゅると、うるさく騒ぎ出しそうなスープだ。
この彩りの良い肉野菜スープが……これまた旨かったぁっ!
はあ、なに?! 本当にどうなってんの?
しかも、これって、あの臭かった熊肉だってよ……まあ、臭い部分の大概は俺のせいなんだが。
スープに浮かんでいる溶けた脂が甘~いの! 旨~いの!!
それに賽の目状に細かく刻んで、よく煮込んだ野菜にも、この旨味が染み込んで、とろとろのウマウマ!
野菜の種類や肉の部位なんかによって、大きさ変えて火の通りが均一になるようにしっかり考えてるところに、アリエルの細かな気配りを感じる。
がさつそうに見えるのに、勇者になるくらいだから、やっぱり優しいのな。
なに? この女子力の高さは。
胃袋をがっつり掴まれてる感じ……この料理だけでも結婚してくれって言い出す奴なんて、ごまんと居そうなんですけど。
あーっと、そうだった! 借りを返す算段してるとこだった。あまりの料理の旨さに忘れとったわ。
──晩飯が終わって、食器類を水魔法で洗って、焚き火の前で乾かす。
ぼーっと、揺らめく炎を眺めながら、先ほどの思案に耽っていると、奥の暗闇の中をゆっくりとこちらに漂ってくる光の珠が視界に入った。
うん、火の精霊だ。
当然、以前にお世話になった子とはもちろん違う子だけど……なんか、うん、ほっとする。
最初に助けてもらったせいかな? 俺が刷り込み状態なのか。
カルガモの親の後を雛が付いてく気持ちが今なら分かるよ。
おっ、そうだ! アリエルって、確か。
「なあ、おまえって、火の魔術が得意なの? 確か、火の天使の名前授かったんだよな?」
「へへへ、まあな! 火は得意だ……他はからっきしだけどよ」
あれ!? あの風魔術系の雷……いや、あれは神聖魔術系の雷だって、言ってたか。
「おろっ?! そういえば、最初に遭ったとき、でっかい岩石を生み出してたろ? あれって、土魔術じゃねえの?」
「あ、あれは……う、くぅっ」
なんと! 餞別にいただいた属性剣の力を解放した結果だなんて……おいおい、俺のせい? もしかしなくても。あっちゃあ……。
そうなると、やっぱり、あれしかないか……できるかな? まあ、やってみるしかねえけど。
「なあ、アリエル。火の加護って、欲しかったりする?」
「ああ、あったらいいよな。でも、サラマンダーを探しに火山まで行くとなると、ちょっと時間がなぁ。ちぃっ、そっちを優先するべきだったかもな。あぁ、また失敗したかも……」
へえ、そうなんだ。火の妖精サラマンダーの加護を得るには、火山まで出向く必要があるのか? それなら丁度良いかな。
『お願いできますか? 火の精霊さん! えーと、こんな感じで』
刹那──びくっと一瞬で反応したアリエルがその場から跳躍──したのだが、どこからともなく現れた赤い炎環が逃げたアリエルの周りを幾重にも取り囲んだ──かと思うと、徐々に薄く見えなくなっていった。
ほぉ~、外から見てると、こんな感じで守護結界が張られるんだな。
「くそっ! あんたの仕業か」
「あはは、ごめん、アリエル! 驚かせちまったな。えっとな──」
火の精霊について、俺の知ってることをアリエルに説明してやった。
「へぇーっ、そうなんだ。火の妖精サラマンダーとは違って、一時的なものなのか?」
「そうだな。その守護結界がどの程度の攻撃を防げるのかとか、どのくらい持つのかも検証してないから、いつ消えるかも分からんし、火魔術の威力も一気に上がるはずだから気をつけてな」
アリエルとの話のお陰で、半ば魔力だけの存在とも言える精霊とは違って、妖精も俺たちと同様、魔素が回復するという情報を得られたのは朗報だった。
あのスプライトも風妖精のシルフだ。
連日、レイノーヤさんに召喚されて、俺の講義に付き合ってくれてたくらいだから、実際そうなんだろうとは予想してたけど……。
だって、あいつ、最後の別れの日に顔出さなかったからさ……もしかしたら、魔素が尽きて消えて無くなっちまったのかと、ちょっとだけ心配になってたんだ。
ふふふ、そうか、それは良かった。
「ありがとな! それでも正直助かるよ。手ぶらじゃ、ちょっと格好つかねえところだったからな。あはは、せっかく時間もらって遠出してきた手前な」
「いや、俺こそ、悪かったな。そんなことぐらいしかできなくて……ってか、それも俺の力でもないけどな」
「いや、ありがたく頂いたよ。あんたの気持ち。へへへ」
そう言ってもらえると、ほんと助かるよ。
そうかぁ、もう少しでアリエルともお別れなんだよな……。
なんか寂しくなるな。元気いっぱいだったからな、アリエルは。
本当に見ていて、飽きのこない子だったもの。
色気は無いけど。
まあ、あったらあったで、こっちが困ったんだろうけどさ。
それにしても、二人にとっては最後の夜かぁ……ふふふ、何にもないんだろうけど、なんか良い響きの言葉。いやが上にも、おじさんの妄想を掻き立ててきやがるよ。
しまった! ……もうちょっと、寝床大きく作っとくんだった。
一応、ねっ……いや、万が一があるから……って、あ……そういえば、俺って、そもそも起たないんだった。
はあ、むごい、酷すぎる。
ふっ、もう寝よう。




