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49話 温和しいなんてことはないですよねぇ

 熊の燻製くんせいも出来上がったようなので、ようやく出発の運びとなった。


 この辺りは亜熱帯ぐらいに属する暖かい気候なだけに、肉を生のまま持ち歩くわけにもいかず、燻製にしたわけだが、さすがに持ち運べる量にも限りがある。


 アリエルも一頭全てを解体していたわけではなく、栄養価や味わい、日持ちなどを総合的に検討した結果、部位をきちんと選別していたようだ。


 この近くに村でもあれば、狩った獲物の場所を教えて、引き取りに来させてもいいらしいのだが、まだまだ人家じんかは遠く、そうもいかない。


 とはいえ、放っておけば、すぐに森に棲息せいそくしている動物たちの腹に収まるから問題はないという。


 豊かな生態系はふところも深いというわけだ。


 自分の行動に支障が出ない程度の燻製肉を背負って、また旅を再開する。


 はぁ~、それにしても……今、思い返してみても、怖かったなぁ。


 俺は気が小さいんだから、荒事は本当に苦手なんだってばよ。


 あまりにも、びびりすぎて、恐怖の閾値いきちをすぐ超えてしまう。


 それがあまりにも日常化しているもんだから、逆に恐怖で固まることに慣れすぎて、感覚が麻痺まひしてしまってもいる。


 だから、普通の人が緊張して動けなくなるような状況下だと、かえって反応が鈍化してしまっていることもあって、内心びくびくしながらも、外見上は固まらず、普段通り落ち着いて振る舞えているように見えるみたいなんだけど……。


 結局は、年がら年中びびりまくっているだけなんだよね、実際のところは。


 そんな弱っちい肝っ玉のくせ、突然わけ分かんない正義感が湧いてきたりするもんだから、自分でも手がつけられない。


 いつも正義感に駆られているわけでもない。普段はなんなら下衆げすいことも考えてる……えっちなことなんかは割かし、しょっちゅうだ。


 俺って、本当に何なんだろうな?


 いくら考えても、いつも答えが出ない問いだ。


 まあ、今はもっと気にしなくちゃならないことがあるけど。


 それは、付き従ってくれている水の精霊の魔力残量だ。


 火の精霊と同様に、水の結界を常時張り続けてくれているようだし、対熊戦闘では、かなり手加減はしたものの、魔術に偽装した水魔法を一発放ってもいる。


 俺の場合、自身の戦闘力が皆無なだけに、精霊さんの魔力が尽きた瞬間に、丸裸同然の状態になってしまうのが困りものだ。


 それでは、この危険な世界において、命がいくらあっても足りない。まあ、不死身なんだけど、痛いのは嫌だから。


 だって、アリエル曰く、あの馬鹿でかい熊ですら、軽く素手であしらえる程度の、さして大したことのないごくごく普通の動物なわけですよ。


 しかし、この世界には魔物がいるそうじゃないですか?


 こうした野生動物よりも魔物の方が温和おとなしいなんてことは……ない……ですよねぇ。


 教会が信者の要望を受け入れて、わざわざ対策に乗り出しているくらいなんだし。


 魔物だったら、いったい全体、どんだけ~っ!? ってなもんでっせ、あ~た。


 アリエルにも確認すると、「まあ、厄介やっかいではあるな」と、含みを持たせたような物言い。


 問い詰めてみると、魔物対策に乗り出しているのは、教会だけではなく、【魔物防衛ギルド】──通称、魔防ギルドという組織も、事に当たっているそうだ。


 二十年前、突如として、この世界に姿を現した魔物。


 当初は今よりも発生件数は少なく、単発的に現れていただけのようだが、それでも、付近の村や町の住人から選抜された者たちで結成された自警団程度では、とてもかなわない存在だったとか。


 それこそ、そこに軍が出張って、やっとこせ討伐していた状況らしい。


 その後二年程度は何とか、街の防衛に成功してはいたそうだが……。


 三年目辺りから、小さな村や町では対処しきれず、限界に達するところが出始める。


 長引く魔物の被害にごうを煮やし、各行政機関を通して、領主への訴えが相次いだらしい。


 それを受け、専門的に対処する部署の必要性が検討されるようになり、一部の大都市では散発的に組織され始めたそうだ。


 これが後の魔防ギルドの前身となる。


 同じ魔物を隣り合う大都市の組織がそれぞれに追っていたケースや、別のチームが退治済みと知らずに追い続けた空振り案件、手柄の取り合いなどというトラブルが発生したこともあって、次第に組織ごとの代表者が集って、対応を相談──その結果、密に相互連携を取っていくことが決定される。


 これが魔物が発生してから五年目のことである。


 その後、五年間の試行錯誤を経て、魔物が初めて確認された十年後、つまり、十年ほど前くらいに、ほぼ現在の【魔防ギルド】の形となったらしい。


 アリエルも教会の勇者認定を受けるまでは、この魔防ギルドに登録して、仲間と一緒に活動していたそうだ。


 ただし、そこで感じていたのが討伐の限界。


 魔防登録士こと、通称、【魔防士】たちが協力し合えば、魔物を倒すこと自体はそれほど困難なことではないらしい。


 では、なぜ、厄介なのかと問えば、それは容易に退治できないからという答えだった。


 魔物を倒した際、近くに弱った動物などがいると、今度はその動物が魔物に変異してしまうそうだ。


 これには人間も含まれる。


 だから、魔物にとどめを刺す際には、仲間の魔防士に重傷者がいないか、確認しないといけない。


 魔物に襲われている人たちを助ける際にも、同様の手順が必要となる。


 場合によっては、魔物にとどめを刺さず、動けないようにするしかないことも。


 こんなことがいつまでも続けば、いつかは破綻はたんすることは誰の目にも分かる。


 そこで【教会】の出番というわけだ。


 教会の伝承によれば、かなり古くから教会は【幻獣ユニコーン】とのつながりがあるとされている。


 それは、その昔、聖女様が傷ついたユニコーンを助けたことにたんを発する。


 命を助けられたユニコーンは、恩義を感じて、教会に加護を与えるようになったとか。


 その証と言えるのが、教会の前にささげられるようになった【ユニコーンの角】だそうだ。


 本来、ユニコーンは人間には決して近づいてこない稀有けうな存在だという。


 それでも、うら若い乙女おとめにだけ心を許すユニコーン……うん、気持ちはわかる。


 それゆえに、ユニコーンの角を手に取って回収するのは、若い修道女の仕事とされているそうだ。


 昔から光の妖精としても神聖視されている幻獣ユニコーンを傷つける行為はタブーとされているため、ユニコーンの角は特に稀少な素材とされていた。


 魔法薬の素材としても、非常に有効であり、そのユニコーンの角をせんじたものが【聖水】だ。


 これが魔物討伐の切り札の一つとなったそうだ。


 聖水は、怪我からの回復効果の他にも、呪い耐性の効果が非常に高い。


 魔物に聖水をぶっかけた後に倒せば、再発生を防げるほどだという。


 といっても、これは一般に提供されている聖水ではなく、勇者にのみ与えられている本物の聖水による効果だ。


 一般的な聖水は、魔物を退ける効果と怪我や病気からの回復を高める機能をぎりぎり得られる限界ラインまで薄められたものだそうだ。


 より多くの人たちが教会の加護の傘に入れるようにと。


 最後のは眉唾物まゆつばもので、拝金はいきん主義なだけだろうがね。


 とはいえ、それでも、こうした事情がある以上、この世界で教会の威信が高まるのも無理もない。


 それに、他の稀少な魔法薬に比べると、一般的な聖水の供給量はかなり多いらしい。世界中に広がっている教会網を通じて、広く流通しているため、教会の信用は高まる一方というわけだ。


 勇者には、ものほんの聖水に加えて、【破魔のネックレス】が授けられる。


 アリエルから襲われたときに俺がらった雷というのは、風魔術に属するただの雷ではないそうだ。この教会の秘宝に魔素を込めることによって、初めて行使できるようになる【神聖魔術】に属したものなんだとよ。


 どうりで消毒液みたいにまわしい、虫酸むしずが走る臭いがしたわけだ。


 危うく溶かされかけた……怖っ。


 そう、これが対魔物戦闘における切り札と言える。


 アリエル曰く、それでも死ななかった俺に納得がいかない反面、死なずに済んで、ほっとしているとも打ち明けられた。


 それはともかく、アリエルも修道院がらみで、教会の方針に対しては、いろいろと思うところもあったようだが。それでも、魔物から町の人たちを救うためには、どうしても教会から提供される聖水や勇者の三種の神器じんぎが必要と判断し、勇者認定を受けたんだって。


 偉いねぇ、アリエルは……よっ、勇者! 俺も認定しちゃうよ。



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