48話 いくらなんでも臭すぎるぞ! おまえ
「危ないだろ!」と危険を顧みないアリエルの行動を叱りつけると、「まったくだ」と呆れたように返してきた。
「そう思っている割には、あまりにも行動が軽率すぎるんじゃないか?」
「いやいや、あんたの魔術のことだろうが」
「いいや、魔術の話じゃねえよ」
「あん!? じゃあ、なんの話だよ?」
あんなに馬鹿でかい熊相手に……。
そうなんだよ! こいつが大したことないなんて抜かしやがるから、てっきりマレーグマの子どもくらいのを想像してたのに、ヒグマ、いや、グリズリー並のどでかい熊なんだもの。それも、よりにもよって、そんなのと素手でやり合うなんて!!
無茶にも程があるって……あれっ!? 全然、余裕綽綽だった……か?
「モシカシテ、コッチノヒトッテ、スゴク、ツヨイノ?」
「いやいや、あんたも大概やからな!」
俺のは違うんだけどなぁ……おまえのはどう見ても、自力だろうけど。
まあ、お互い様ってことにしとくか。
「さて、こいつの血抜きをするから手伝えよ」
「これ、食うのか?」
「食わない動物を殺すわけねえだろうがっ! まったく」
ですよね~……これもトラウマから脱却させるために必要とか言うんだろ? どうせ。
はいはい、食べますよ。食べればいいんでしょ、食べれば。
ごめんよ、熊さん……う、恨まないでおくれよぉ。
さすがに一頭丸々吊るすことはできないので、四肢を切り落とした。もちろん、アリエルさんが。
その後、胴体を吊るすのに適当な大きさに切り分けていった。当然、アリエルさんが。
ごめんよ。役立たずで……うぅ。
俺の作業用ナイフじゃ無理だ……きっと……おそらく……たぶん……はいっ! やらせていただきますです。
アリエルにじろりと睨まれて、反射的に頷いてしまった。こえーっ、まじに。
まあ、仕方ないよな。この世界で生きていく上で、これも学ばなきゃならないことのようだし。
アリエルに頼り切りでは、さすがに格好悪いしな。
しかし、捌く様子にしても、かなり手慣れた感じでなんか惚れ惚れする。
なんですか!? この俺とのギャップは! なんて男らし「ひぃっ!」
今まで体験したことのないような凄まじい殺気に、森全体から音が消え、静まりかえった……ひょえぇーっ、なんつう勘の良いやつ。
「あはは、さて、お手伝い、お手伝いっと!」
あっと、いけね。お手伝い気分じゃいけなかったんですね。
ちゃんと、やります……やり遂げますです……はい。
こえーっ、ちょーこえーよ。
この世界には熊よりも、ずっと怖い生き物がいることを魂に刻みつけられました。
ちなみに、昼飯にいただいた熊肉は超臭かった。
いくらなんでも、臭すぎるぞ! おまえ。
二度と狩ってやらねえ。
せめて美味しくあれよぉぉぅ。
あれか! わざと不味くしてんのか? 食べられないために。
襲わないよ、おまえなんか。
おまえは凄く強いんだから! もっと自信持てよぅ……持って……肉を臭くするなよぅ……余計なことするなっての!!
まあ、燻製にすれば、ちょっとはましになるそうだけど、燻すのにも時間がかかって、一苦労だしよ。
それでも、そのお陰で、燻製に使う樹木とか、食材に適した燻製方法とかをアリエルからいろいろと教えてもらえたからいいけど。
「『臭い、臭い』と言ってるけどなぁ。それはあんたのせいだかんな!」
「えっ!? なんで?」
アリエルによれば、血抜きの問題らしい。
意図したわけではなく、偶然とはいえ、俺の水魔法で心臓を切り裂いてしまったのが、直接的な原因だそうだ。
ヒグマよりも更に巨大な熊だけに、心臓を止めてしまうと、血抜きが不十分になるみたいで。
俺がぐだぐだしていたのも悪かったのかも。
なんでも血抜きさえ上手くやれば、癖は強いが、むしろ脂身の旨味と甘みが強い肉だそうだよ。
冬の寒い季節、スープの出汁には最高らしい。
すまん、熊さん! おまえのせいじゃなかった。俺が悪かった!!
それにしても、アリエルって、ほんと料理上手な。
こうして美少女がほんの近くで、真剣な表情を浮かべて、てきぱきと料理してると、なんかドキドキすんのよ。おじさんは……ほんまに。
精神的に保たないから、とにかく何でもいいから喋っておくれよぅ。
おじさん、こういう美少女との沈黙には免疫ないから。
綺麗な見た目とは、ちぐはぐな印象を受けるいつもの物言いの方が、なんだかほっとするんだよぅ。
黙ってると、おまえ、まじ襲われるぞ!
「よしっ! そろそろ、いいぞ!!」
おぉぅっ、びっくりしたぁ! 襲ってもいいのかと……危うく勘違いするとこだった。
黙ってたのって、単に料理の出来上がりを見極めるためだったの!?
「なんだよ!? じっと見て……さては惚れたな!! あたしに」
「うん」「なっ!」──「ぐはっ! ……って、ち、違う……」
思わず頷いてしまった俺の同意に驚いたのか、いかにも癇に障ったという顔で俺を一発殴り、それでも怒りが収まらないらしく、俺に背を向け、耳まで真っ赤になって、堪えるようにぷるぷるしているアリエル。
あぁ、おじさんに、そんなこと言われたら、確かに気持ち悪いよね……やっぱり。
なんか、ごめんね。




