47話 にっ……苦手ですけど、なにか?
そんなこんなで、連携を試してみることになった。
なにごとも経験が大事だ。
練習しておいて損はない。
だからといって、最初から熊はないでしょ!? 熊は!
「ん?! なんか不満そうだけど……あれ?! だってあんた、熊、好きなんだろ?」
「え!? なんで?! ……いや、好きではないけど、むしろ……」
「えっ!? あ、そうなの? あたしはてっきり熊肉が好物なのかと……ん! まさか、熊が怖いのか? 熊、苦手なんか?」
「にっ……苦手ですけど、なにか?」
それにしても、なんで熊が好きだなんて思うんだよ!?
あれだけびくびく怯えてたのに、分かってくれてなかったの? ちゃんと言っといたら、ずっと側についててくれたの?
「ふ~ん、だったら、尚更だな。そんなの克服しといた方がいいだろ? あたしがいる安全な状況で」
まぁ! アリエルさんったら素敵。なんて頼もしいこと!! 好きになっちゃいそう。
でも、熊は駄目。熊だけはあかんのよ。やつだけは……。
もう少し手加減して……お願いだから。
「ほれっ、さっさといくぞ! さっさと」
なにか当てがあるのか、地面や木の幹、枝なんかを確認しながら、森の中に踏み入ってしまうアリエル。
きゃーっ、置いてかないでっ! 一人にしないでぇーっ!!
こうして心の中でふざけてなきゃ、一歩目すらも怖くて踏み出せないってのに……。
頼むよう、アリエルさん。大丈夫なの?
なにやら熊の足取りらしいものを辿っているアリエルのところへ足早に駆け寄って、アリエルの影に隠れるように、少しだけ後ろをくっついていく。
「そんなに怖がるなって……たかが熊じゃねえか?」
「いやいや、熊は最強なんだぞっ! たぶん!? ……俺の国では」
「まじかよ!? もしかして、こっちの熊とは違うのか? まあ、この辺のは魔物でもねえし、南方熊は小型で大したことないから安心しな」
えっ、そうなの? な、なんだよ!? 脅かしやがって。
熊のプーさんみたいな、かわいいやつだったりするのかよ。
でも、それだと、なんか狩るのはかわいそう。
少し安心した後、アリエルから熊に相対するときの手順を教わる。
敵前に飛び出す旨のハンドサインをアリエルが出す──と同時に詠唱を開始し……アリエルが牽制してくれている間に、魔術を放つ準備をする。それができたら、連絡用アイテム【共鳴鈴】で合図を送った後……一拍置いて、魔術でとどめを刺すという運びとなった。
「おっ! こっちみたいだな」
うっ、そうこうしている内に、アリエルが熊のいる形跡を発見してしまったようだ。
その痕跡を指差して教えてくれているみたいなのだが、俺には普通の地面や樹木との違いがさっぱり分からんかった。
アリエルは立ち止まって、耳を澄ませたり、匂いを辿ったりしていたが、森の奥の方を凝視したかと思うと、静かに背負い袋を下ろした──と思ったら、今度は音を立てずに歩き出す──抜き足でも、差し足のようにも見えないのに……ごくごく自然な忍び足──大したもんだな。
「少し間隔を置いて、できるだけ静かに付いてこい」──忍びのような動きに感心するあまり、アリエルがここから動き出す前に小声でそう告げてきた言葉が、今頃になって、意味を伴って頭に入ってきた。やっべ。
理解するまでに幾分、間を要してしまったので、こちらも慌てて、行動に移す。
するするっと前に出たアリエルは、しばらく進んだ後、立ち止まって、茂みの先を指で差し示した。
直後、ハンドサインで合図するや否や、背後から黒い熊にあっという間に近づいてしまった。
「なっ!」
アリエルは剣で斬りつけるのではなく、背中に蹴りを入れやがったんだ。
『なにしてんだよ! あいつ』と思ったのも束の間、蹴飛ばされて、辺りの木ごと薙ぎ倒される熊。
ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる熊の胸に白い斑紋が見える。
鼻先だけが黄褐色で、毛足の短い熊を前にして、アリエルはまだ剣も抜いていない。
悠然と構えたまま、熊の振り下ろした腕を平然と素手で受け止めている姿には、呆気にとられてしまった……さすがにそれはないだろう。
その間も、熊の攻撃をなんでもないことのように──ひらりひらりと──あしらっているアリエル。
よほど余裕なのか、こちらの方へちらちらと視線を送ってきている……あっ、そうだった! すまん!! すっかり詠唱のこと忘れとった。
違った! 詠唱もいらんのだった……えっと、水魔術の言霊は? っと……おっとその前に合図、合図……どうだ?!
間髪容れずに、アリエルが素早く熊から離れる。
それを確認した瞬間、魔術の発動キーである【言霊】を叫んだ。
「【ウォーター】!」
イメージしたのは、超高圧で圧縮された水のレーザーだ。
一条のレーザーが熊の胸を一気に貫くと、余程痛かったのか、熊が避けようと横に動いた──すると、身体をずらした分だけ胴体がずばっと裂けた。それだけに留まらず、避けた勢いで上半身のみが慣性で停まらず、辛うじて繋がっていた脇が蝶番になって、捲れ返り、そのまま崩れ落ちた──ズッドーンという物凄い音と共に。
あまりの重低音に腰が引ける。
それにしても、アリエルのやつ、なんてことしやがるんだ!




