44話 どんな感じで振動するの?
初めて野営した朝の目覚めは、お世辞にも快適とは言い難いものだった。
疲れなどは微塵も感じていないはずだったのだが、それでも知らない内に疲れがどこかに溜まっていたのか、はたまた丸まって寝てたので寝方が悪かっただけなのか。
それでも、アリエルに教わった簡易ベッドには助けられた。
小振りな枝葉と落とした葉っぱをクッション代わりにして、マントを被せただけの簡易ベッドではあったが……もしもこれが無かったら、もっと背中が冷えて、本当に風邪を引いていたかもしれない。
やっぱり、野外の夜は、春でも結構冷えるのな。
寝心地はそれほど悪くはなかったんだが、これでも身体の芯から凍えた。手の甲に触ってみると、皮膚が異常に冷たい。
ん!? これって、血流の問題か? おいおい、大丈夫なのか?
立ち上がって、伸びをしたり、身体を動かしたりしてみるが、他には特に異常が見当たらない。
至って健康そのものだよな……気のせいか?! 単に冷えただけかな。
あれっ!? そういえば、アリエルが居ない。
辺りを見回しても、どこにも見当たらなかった。用を足しにでも行ったのだろうか?
とりあえず、毛布を綺麗に畳んで袋の中へと仕舞う。
ベッドカバー代わりに使っていたマントの埃を払っていると、そこへ──丸々と実ったソフトボール大もある黄色い果実を腕いっぱいに抱え、戻ってきたアリエルの姿が。
「やっと起きたのかよ。ほれっ!」
アリエルは抱えていた実の一つをこちらへ投げて寄越した。
少し慌てるも、放物線を描いてきた実を受け取った腕には、ずっしりとした衝撃が──見た目よりも随分と重い。柑橘系の果実のようだ。
「結構、美味いんだぜ! 食ってみ」
言うや否や、アリエルが少し厚めの皮を剥いて、房ごと口に放り込んで食べてみせた。
やはり、オレンジ系の果実のようだ。
柑橘系独特の爽やかな香りがこちらまで漂ってきている。
俺も真似して、外皮を剥こうとしたら、結構な量の飛沫が迸った。危うく目に入りそうな勢いで向かってきたので、顔を背けて回避した。
随分と瑞々しいな。先ほどよりもずっと強い香りが辺りに立ちこめている。
これは! と思い、すぐに口に入れ、噛みしめた。
おっほぉう、やっぱりだ。ネーブルみたいだな。あぁ、好きなんだよね。この味わい!
ほんのりと渋皮に苦みは感じるものの、完熟した果汁は甘酸っぱくて、果肉たっぷりの食感だ。
まるでフレッシュなオレンジジュースを飲んでいるかのように瑞々しい感じがする。いや、これじゃ、あべこべか。とにかく朝の渇いた喉によく合う味わいだ。
でも、ネーブルにしては、ちっとばかし大きすぎるか?
いや、世界樹からはだいぶ離れたけど、それでもこの辺だって、これほど大きな木々を育むことができるほどの土地だ。
この大きな果実も、その肥沃な土地の恩恵かもしれない。
「サンキュー! アリエル」
自分でも分かるくらいほころんだ顔で礼を告げると、アリエルも同じく幸せそうに満面の笑みを浮かべていた。
旨いものはいいよね。
旨いもの食ってるときは、どんな悪人だって悪さする暇もないだろうし……うん、世の中、平和が一番だ。
アリエルの話では、彼女が住んでいる地域だと、春先には、食べられる果実とか、木の実の類は、相当少なくなるそうだ。
言われてみて、温室栽培でなければ、確かにそうかとも納得した。
それにしても、植生が変わるほどとは……アリエルは随分遠くからやってきてたんだな。
幸いにも、この地は南の亜熱帯に属する気候みたいで、甘い果実がなる木が豊富だったようだ。
他にも種に毒があるけど、果肉はそこそこ食べられる赤い実なんかもあったそうなのだ。でも、俺が間違って、種を噛み砕くと心配だったからと言って、取ってこなかったとか。
「こっちの方が甘くて旨いしな!」
どこの世界も、女の子が甘いもの好きなのは一緒なんだね。
「ちょっと話があるんだけどいいか?」
神妙な表情を浮かべて、訊いてくるアリエル。
なにかと思って聞けば、勇者任務のお供、所謂、勇者パーティーに加わってほしいとのことだった……。だがな。
「すまん。俺は教会のしがらみが付いて回るような仕事はちょっと……な。それに、魔物どころか、肉食動物と戦ったことすら無い。そもそも、怖くて、とても務まりそうにないから」
「うん……そっか、分かった。こっちこそ、無理言ってすまなかったな。でも、荒事に慣れていないのなら、怖くて当然だ。それは決して悪いことじゃない。恐怖のきの字も感じてないような奴もいるけど……そんなのはすぐおっ死んじまう。生き抜く上で恐怖を感じることは大切なことなんだぞ。その感覚を大切にしろよ」
俺が断ると、珍しく滔滔と語るアリエル。やはり、自分の専門分野だけに、いろいろと思うところがあるようだ。
確かにな。先天的な無痛症患者なんかも痛みを感じられないせいで、危機回避がままならず、なかなか長生きすることができないとも聞くものな。
「びびりなのも悪いことじゃないのか」
「いや、それでも、いざというときに怖くて動けなくなっちまうのはダメだぞ! まあ、そんなときはあたしらみたいな前衛陣が敵との間に割って入って、目を引きつけてやっから、安心しな!! あんたは後衛の魔術師なんだから、その間に落ち着いて魔術ぶっ放してくれれば、なんの問題もないから」
「いや、断ったつもりなんだが」
「別にあたしのパーティーで、って話じゃないぞ。あんただって、その内、誰かと組むかもしれないだろ? いつまでも一人ってわけにはいかないんだし。あたしがこんなところまで一人でやって来たからって、誤解しているのかもしれないけど、あたしだって一人で戦えるなんて思っちゃいない。この辺りは危険がないから一人なだけで」
アリエルなりに心配して、アドバイスをくれてたらしい。
見た目もかわい子ちゃんで、年下の新米勇者とも聞いてたから、どこか侮っていたところがあった。だが、やはり経験を積んで、勇者として認められただけあって、頼りになるな。
「そうか、悪かった。で、どんな感じで連携取ったらいいんだ? 勝手に魔術放ったら、まずいよな? やっぱ」
「基本的には敵に悟られないように、最初の内はお互いの合図を決めておく感じだな。発動キーをでっかい声で叫ぶ場合もあるけど、それだと退避すんのに間に合わない場合もあるし、盗賊だったり、知能が高い魔物なんかの場合、あからさまな合図だと、避けてくれって言ってるようなもんだからよ。まあ、一緒に戦ってりゃ、その内、自然と雰囲気で分かるようになるんだけど。なんの魔術唱えてるとか、大体どれくらいで詠唱終わるかとかも分かってくるしな。まあ、敵に魔術がばれたとしても、避けられないように牽制してやるのも、あたしたち前衛の役目だけどな」
味方を燃やしちゃ、洒落にならないもんな。
「だったら、敵との射線上に味方が入らないような、雷みたいに相手の頭上から落ちる魔術だったら……あっ! だめか?!」
「そうなんだよ。あんたも気づいたとおり、前衛はたいてい近接戦闘してっから、上から狙ってくれたとしても、魔術が来る直前の一瞬で、敵から距離を取らないと、こっちも丸焦げさ。そのための合図に使うのがこれだ!」
アリエルが取り出して見せてくれたのは、連携が浅い者同士のための連絡用支援アイテム【共鳴鈴】──鈴と言っても、音は鳴らず、対になっている鈴が、元の鈴と同時に震えるらしい。
「六つで一セットだ。一つ預けとくから、利き腕じゃない方の指に填めとけよ」
二つじゃなくて、六人パーティー用連携アイテムなのか。
見た目は指輪形状のアイテムだが、指に填めたまま強く握り込むと、内蔵された鈴同士が共鳴し合う仕組みのようだ。
「この鈴って、どんな感じで振動するの? おっ!」
「そんな感じだよ」
すぐさま共鳴鈴を鳴らしてみせてくれたらしい。
特定の周波数で共振作用が起こるように、全く同じ固有振動数を持たせた構造の鈴なのかな? いや違うか。今の感じからすると、タイムラグが無いものな。
へえ、異世界の職人さんもやるもんだ。
「そっか、そうやって連携して強力な魔物を倒していくわけだ。その先に待つのが魔物たちを統べる王──それが魔王と言うわけなんだな?」
「……いや……その……しゅまん……まぉぅは……ぃなぃ」
アリエルの声がちっさすぎて、全然聞き取れない。
「うん!? よく聞き取れなかったんだけど」
「だから、いないと思う」
「いや、だから、なにが?」
「魔王」
「え!? ……いねえのかよ? 魔王。じゃあ、なんで?」
問い質してみると、子どもの頃に読んだ勇者物語に描かれていた魔王──その魔王が魔法を使っているシーンにあまりにも似ていたもんだから、つい錯覚してしまったんだと白状しやがった。
おいおい、アリエルさんや、気をつけなさい。
俺じゃなきゃ、殺人犯になってたところぜよ。




