43話 これか!? これっぽっちか?
「へへん。ちょろいね!」
俺がしりとりの負けを認めたと勘違いしたアリエルが、得意げに鼻先を指で擦って、ほざいてやがる。
あっ、そういえば、さっき他にも考えなきゃならんことに気が付きそうだったのに、話し掛けられた拍子というか、しりとりの間に消えちまってた。くそっ。
思案を邪魔したアリエルが疎ましい余り……。
「おまえ、もう少し、お淑やかに喋れないのかよ?」
「ふん、聖樹様だって、普段はこんなもんだろ?」
「そんなわけねえだろ! あれ? でも、聖樹様が口にすると思えば、それはそれで……良い!」
とんでもないことを言い出したアリエルの言葉で、あらぬことを想像してしまう。
聖樹様が仰る『へへん。ちょろいね!』は、じわじわと時間と共に、素晴らしいものに思えてくる。
こ、これはっ! 思わず頬が緩んでいくのが自分でも分かった。
「てめえー、ぶっ殺すぞ!」
聖樹様と比較されて、むかついてる様子のアリエル。
これはこれで決して悪くはないんだけど、それを言ったら言ったで、調子に乗りそうなので、口に出しては言わない。
好みの子だったら、どんな汚い言葉を発しようが、かわいく見えるものだからね。
じゃあ、なんでアリエルを窘めたのかって?
まあ、なんか悔しいじゃないの。大して深く考えてもなさそうな子に、先に言語翻訳の本質を示されたみたいで……それに、なんか思いつきそうだったのも消されちゃったしさ。
いやいや、分かってるよ。大人げないということぐらい……ただの八つ当たりだってことぐらいは。
そんな自分の居心地の悪い気持ちをごまかすように話を変える。
「ところで、夜の番はどうするんだ?」
「要らねえよ。こんなところじゃ」
おまえ、野生の熊いるとか言ってなかったか? 大丈夫なのかよ!?
「そんなことより、集めた葉っぱ、どこやった?」
「そこにあるだろ、そこに!」
「えっ、これか!? これっぽっちか?」
指で指し示してやると、アリエルは残念なやつを見る目で、こちらと葉っぱの山を交互に見た後、視線を逸らして、あからさまに、深いため息を吐いた。
なんか、むかつくんですけど、その態度。
「なんだよ?」
「あのなぁ、葉っぱはな! 寝床に敷き詰めるのに必要、な、の!! こんなちょっとで、どうしろって言うんだよ」
「知らねえよ! だったら最初からそういえばいいだろうが」
「言っただろ! 薪と葉っぱは多めに集めとけって」
「いや、だから……」
そうか、野営する上での常識だったか? そんなことは言うまでもないことだってわけか。
「すまん、アリエル。俺、本当に野営とかしたことないから、実際、そういうことすら知らなかったんだ。できたら、ずぶの素人だと思って、もう少し具体的に言ってもらえると助かるんだけど」
「……いや、あたしも悪かった。そうだったな。つい、昔の仲間と一緒な気になってた。あたしの方こそ、すまなかった」
俺のミスなのに、アリエルも謝ってくれた。
いたたまれなくなって、葉っぱ集めをしてこようとして立ち上がる。
「それじゃ、今から葉を集めてくるから。ちょっと待ってて」
「馬鹿言ってんなよ。夜に歩き回ると、思わぬ怪我するときがあるから、明るいうちに集めとけって意味で言ったんだぞ。怪我したら、どうすんだよ? 仕方ねえな、ちょっと待ってろ」
アリエルはそう告げると、すぐ近くの木によじ登って、葉が多く付いた枝をいくつも落としてきた。
しばらくして、木から降りてくると、落とした枝からナイフを使って葉を落とす作業を一緒にやろうと言ってくれた。
太い枝が残ると、寝心地が悪くなるから、多少面倒くさくても、葉だけにした方が良いらしい。
これとは別に、着火しやすい火口を作る方法なんかも、「ついでだ」と言って、教えてくれた──薪を繊維に沿って、薄く細く削ってやると、燃えやすい火口にできるそうだ。
こちらはすぐにはできなかったので、「練習あるのみ」と励まされた。
「この時期であっても、こうした晴れた日の夜に、地面へ直に寝ようものなら、朝には身体が冷えきって風邪を引きやすいから」と、丁寧に教えてくれた。
そうか、放射冷却で冷え込むわけか。
知識でいくら知っていようとも、いざという時、こうやって実際に使いこなせないんじゃ、ほんと意味がないよな。
経験に勝るものはないって感じか。
寝床を拵えて、横になってしばらくすると、アリエルから静かな寝息が聞こえてきた。
「ありがとな。アリエル」
小声で囁くようにお礼を言ってから、俺も目を閉じ、眠りについた。




