42話 なあ、いいだろ、ちょっとだけ
野趣に富んだ食事を堪能し、腹が膨れた状態で、暖かな焚き火にあたっていれば、おのずと睡魔にも襲われるというものだ。
とはいえ、眠気覚ましのコーヒーなんてものは、ここには無い。
食後の一服も、これまた格別なので……それでは、久々にと、なけなしの煙草をポケットから取り出して、火を点けた。
久々の煙草ということもあって、肺に吸い込まずに、大きく吸いつつも、口の中に一度溜め、口の前に軽く吐き出した紫煙を周りの空気ごと一気に吸い直して、肺いっぱいに吸い込むように味わってみたのだが……。
あぁ、なんてこったい……せっかく取っておいた煙草だっていうのに。
さすがに封を開けて十日も経っちまうと、香りもすっかり飛んでしまっていた。そればかりか、少し黴臭くすらある……はぁ、残念──。
「なあ、しりとりでもやろうぜ!」
しばらくの間、しんみりと落ち込んでいたら、アリエルのやつがそんなことを抜かしやがった……あのなぁ、いいおっさんがしりとりって、おまえなぁ。
いくら若い子と話すのが楽しくても、さすがにそれは……。
それならまだ他にも訊きたいことが結構あるんだけど……。
「なあ、暇すぎて死にそうなんだよ。世界樹の近くには魔物なんて出ねえし……」
心底つまらなそうに唇を尖らせながら、アリエルは不平を口にした。なんか物騒なことまで、ぶつぶつと。
いやいや、忙しすぎて死んだ奴は聞いたことあるけど、さすがに暇して死んだ奴なんていないだろう?
ん!? あぁ、今考えると、俺も過労死寸前だったかもしれんのか。
あれっ!? まさか俺って、過労死して……異世界転生したんじゃ?!
いやいや、俺は生まれ変わってなんかいないし、そのままの姿でこの世界にいるから……転移……のはず……だよな!?
しかし、こんな状態の身体を、そのままなんて表現してもいいものなのか? アリエルも俺の年齢を聞いて驚いてたように、確かに若返っているみたいだし、時間遡及か!? それに……。
「なあ、いいだろ、ちょっとだけ」
……おいおい、それは男が女にいう台詞だぞ! それも、それに「先っちょだけでいいから。なあ、先っぽだけでいいから」とか付くやつ。
別の尻取りなら、いくらでも付き合ってやりたいところだけど……。
いや、このままだと、やばいことまで考えてしまいそうだ。ちっ、ちょっと相手をしてやるしかねえか。
「仕方ねえな、先っちょ……いや、少しだけだぞ!」
「よし! じゃあ、あたしからな!! えっと、相方、あいかたの、た!」
「太刀」
「はい、負けぇ~っ! ん・がついたぁ!! あんた、弱すぎ~」
なに言ってんだ? こいつ。
「いやいや、太刀だぞ。た、ち」
「えっ、大剣つったろ、ずるいぞ! 最初、絶対に『たいけん』って、言ったねっ!!」
子どもに言って聞かせるように、一音ずつ発音してやったのに、アリエルは駄々を捏ねて、おかしなことを言い出す始末……はあ? おまえ、口だけじゃなく、耳も悪いのかよ。
「言ってねえよ」
「なんだよ? 認めねえのかよ。せこい奴」
「いやなら、止めるぞ」
挙げ句の果てに、こちらを罵ってきやがったアリエルに対して、最後通牒を突きつけた。
まったく、付き合ってやってるこちらの身にもなってくれよ。
「くそ、じゃあ、畜生、ちくしょうの、う!」
余程、退屈なのが嫌なのか、渋々って顔だけど承諾したみたいだ。律儀にも、ちゃんとさっきの続きから再開してるよ。ははっ。
「うっとうしい」
「いだな? い、い、誘い。いざないの、い!」
「遺棄」
「き、か。き、き、きっ? ……きっかけ。きっかけの、け!」
「外連味」
「み、かよ? み、み、みぃ? ……味方。みかたの、た!」
「漂う」
「う、だな? う、う、うっ? ……埋める。うめるの、る!」
まったく、いつまで続けるんだ! これ。
「類別」
「つ、だよな? つ、つ、つぅ? ……繋ぐ。つなぐの、ぐ!」
「軍需」
「じゅ? ゆ、ゆでいいな? ゆ、ゆ、ゆ……ゆぅ? ゆ……許す。ゆるすの、す!」
「素顔」
「あっ、はい、負け~! また、ん・がついたぁ!」
「いやいや、すがおだぞ。す、が、お」
「またかよ……こりねえな! すっぴんつったろ! 最初、絶対にすっぴんって、言ったね!」
また、いちゃもんをつけ始めたアリエルに、ゆっくりと発音し直してやるが、今度は聞き入れそうにない剣幕だ。
あれ!? なんだ? この違和感……あっ。
そうか! 音声翻訳のせいか!!
余りにも便利すぎたから、ろくすっぽ検証もせずに使っていたけど……やはり微妙な齟齬があったのか。
『太刀』と『大剣』、『素顔』と『すっぴん』……どちらも大差はないが……完全には一致しないこともあるわけだ。
互いの言語概念を摺り合わせた上で、最も近い意味の言語表現に変換しているのか? でも、一体どうやって? どうなってる? う~む、分かんねえ。
まあ、会話の最中では、普通の文脈の中に紛れ込んで、相手も深く追求しにくい程度の齟齬みたいだけどな。
しかし、しりとりなんて、こんな子どもじみた遊びをしなかったら、これは絶対に気が付かなかったはずだ。
……ふっ、アリエルのおかげか。
「まいったな……負けたよ」




