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41話 熊さんがいるの? この森に

「で、なにすれば、いいんだ?」


「ん!? あぁ、そうだなぁ、まずはまきになるものを探そうか。ほんとは水を確保することを優先して、水場を把握して進むものなんだが──」


 アリエル曰く、冒険者の心得として、三の法則というものがあるらしい。


 毒などが蔓延まんえんしていたりして、呼吸ができない環境では、三分間が生死を分かつ目安とされるそうだ。


 気温が低すぎるか、もしくは高すぎるような、体温を保てない環境では、三時間。


 水の無いような、水分を補給できない環境では、三日間。


 水分が補給できても、食料を摂取できない環境では、三週間がぎりぎりのデッドラインになるため、その前に状況を打開しろといった具合にだ。


 今回は世界樹周辺ということもあって、降水量は相当多い地域のはず──あれほどの大樹が育つには、それなりの雨水が欠かせないだろうからな。


 ただ、それにもかかわらず、土の中に吸収されてしまうのか、この地域では大きな川の流れがこれまでほとんど見つかっていないらしい。


 つい先ほどまで、渓谷沿いに辛うじて続いている細い段丘面を歩いてきていたのだが、さすがに深い谷底にある小川まで下りていける場所は見つからなかった。


 それでも、岩から豊富に染み出す湧き水には、頻繁にありつけたから、今のところ水分補給になんの問題もない。


 それに、水を蓄えた植物がかなり豊富に自生しているのをアリエルは目聡めざとく見つけていたようだ。


 それだけでも、かわきは充分しのぐことができる。


 この地は現在、季節的には春先だという──東京と比べると、春先にしてはずいぶんと暖かい陽気に感じた。


 それでも、野外で夜を過ごすには、さすがにまだ肌寒いかもしれない。


 火をおこしてだんを取る必要が確かにありそうだ。


 辺りに魔物は見かけないものの、自然豊かな土地柄ゆえ、生態系も健全にしっかりと機能していそうだ。そういう意味でも豊かな森と言える。野生動物も多いらしい……肉食動物とかも。


「熊とかいるの?」と訊いたら、「ふふふ」と含み笑いをしながら、思わせぶりに頷いたので……いるらしい。熊が……いるのかよ!? こえーな。


 一度だけおりに入っているヒグマを間近で見たことがある。あれは本当にやばかった……人があらがえる次元なんてもの、はるかに超えていた。


 ジャラジャラと音立てる重たそうな鎖で繋がれていたけど、よだれまみれのきばき出して、食らいつくような感じで檻にぶつかってくるんだ。


 檻に組まれた何本もある鉄製の棒がまるでゆがんでくると錯覚するほどの物凄い勢いで、ガッシャン、ガッシャンと。


 家の近くにあった相撲部屋で稽古けいこしてる280kg超えの△錦とかを見たことあったけど、それがかわいいマスコットに見えるくらいに熊は別格だ。


 生物としての格が、まるで違う。


 あれはやり過ごすとか、逃げるとか、そういったことすら絶対にできないレベルだと痛感した。


 あれ以来、身体を鍛えるなんて、ほんと馬鹿らしくなったほどだ。


 どんなにプロアスリート並みの厳しい筋トレを積んでたとしても、あれと比較されちゃあ、「健康のための体操ですよ」とでも、とぼけざるを得ない。ごまかさないとやってられない。


 同じ生物として、あまりにも差がありすぎて。恥ずかしすぎて……。


 そんな恐ろこしい熊さんがいるの? この森に。


 ちょっとでもかわいく呼ばなきゃ、怖くてしょうがねえっての。


 そういえば、あれ以来かな……俺がびびりになったのって。


 精霊さん! どうか、迷える子羊……いや、この迷い人めを御救いください。


 とにかくだ。襲われる前に、早くやるべきことをやってしまおう。


 き火に向きそうな枯れ枝は、どこぞ?。


 それと、焚き付けに使う松ぼっくり、どこさ?


 そして、アリエルすら名前も知らなかった、さっき見つけたこの綿状の何かを使えば……。


「近くにいくらでも落ちてっから、薪と葉っぱは多めに集めとけよ」


 そう言い放って、木々の間に消えていくアリエル……えっ、置いてくの!? 一人で行っちゃうの? どこへ?


 おぉ、こうしちゃいられん。野生動物は火を怖がるとか聞く。早く火を熾さなきゃ!


 アリエルのために……アリエルのために。


 大事なことなんで、二回言いましたよ。


 早く帰ってきておくれ……勇者アリエル様。


 心細いから、さっさと火を点けようっと。


 テレテ、テッテレー、火熾しグッズぅ! ……別名、た~ぼらいたあ!!


 強風でも大丈夫! いつでもシュボォーッと逞しい音で着火に便利なターボライターだ。


 はあ、これがあってよかったぁ。なんせ風の強い屋上なんかじゃ、これが無いと、煙草一本吸うのも一苦労だったからね。


 おおっ! なにこれ、変これ……この綿、すご~く火がきやすいの!!


 あっという間に、松ぼっくりにも火が……次はできるだけ細い枝から順に……後は枝を格子状に組んでと……おっ、熱っ! 結構、ぜるぜよ。


 ……しまった! 先に枝を組んどくのが正解だったか……まあ、とりあえず、こんなもので良いのか?


「おっ、もう焚き火できたのか! 火熾しは得意なんだな」


 声をかけてきたのは、ドクドクと血が滴り落ちている野うさぎの足を引っつかんで戻ってきたアリエルさん。


「さっさと血抜きしないと、不味まずくなるかんな」と、野生的なことを仰るアリエル様。


 なんか心なしか、るされた野うさぎと目が合うのだけれども。その首をあっちに向けては……くれないのね……やっぱり。


 いやいや、俺だって切り身なら捌けるんだよ。切り身なら。


 魚なら一匹、丸のままでも平気だけど、さすがに動物をさばく機会なんて無かったから……。


 内臓とかどう処理していいか分かんないし、捨てたら捨てたで、「もったいない」って、アリエルにしかられそうだし。


 まあ、分からないことは訊けばいいのですよ。訊けば。


「内臓って、どんな風に処理してんだ?」


「そうだなぁ。水場の近くなら、よく洗ってから丁寧に処理するとうまいんだけど、ここだと、どうしても血が残るのはしょうがねえしな。野営中は心臓とか肝臓を肉から外さずに残したまま、串焼きにする程度かな」


 意外! なんか料理慣れしてそうだな……いや、冒険してたくらいだから、当然なのか?


 勇者になる前からチームで仕事をこなしてたみたいだしな。勇者になってからもソロで活動してるらしいから、当然、自分で料理せざるを得ないのだろう。


 それにしても、男勝おとこまさりな言動が多いから、料理とか適当かと思ったら、まさかの料理上手だったりして……ギャップえってやつですか? アリエルさんや。


 ──火であぶって、しっかり焼けたところを切り落としながら食べたうさぎ肉は……うん、旨いっ! 脂肪は少なめで、少し、ねっとりとした独特な食感だったけど、赤み肉の旨味たっぷりだ。


 ふぅあぁ、野性味あふれる結構なご馳走ちそうでございました。


「ごちそうさまでした」



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