39話 異世界から来た本物の勇者
〔勇者アリエルside〕
「おい、聞いたぞ。町を目指すなら、なぜ私を頼らない?」
部屋付きのエルフ様にも聞いたし、門番役のエルフ様にも確認は取ったからな。
今度こそ、間違いない。
「いや、勇者様にわざわざ隣町までの道案内なんて頼めないだろ? 普通」
普通じゃないだろうがっ! あんたは。それにあたしに貸しもあるだろうに。
いや、ここは勇者らしく振る舞って、謝る方が先決だったな。
「困っている人を捨て置くことなどできん」
「いやいや、勇者様にそんなお手間は! お忙しいんでしょう? ……魔王退治とかで」
うっ。
「す、すまん! あれは私の勘違いだった。ご勘弁ください。平に容赦を」
あいたたた、痛いとこ突かれた。痛恨の一撃。いや、でも、そうだ! それでいいんだよ。
これでやっと……。
「冗談だ。俺こそ、悪ふざけが過ぎたようだ。すまなかった」
いやいやいや、違う! 違うだろ。あんたが謝って、どうする?! くっ。
「いや、昨日、自分の非が分かった時点で、まずは謝罪すべきだった。あまりのことに気が動転していたとはいえ、言い訳は立たん。本当にすまなかった。申し訳ない」
くそっ、これじゃあ、こちらのペースになかなか引き戻せない。
「もういいですって! 勇者殿」
そうはいくか。でも、どうする?
「すまん! そう言ってもらえると助かる。それにわざわざでもないしな。こう言っちゃなんだが、妖精の森は位置的にはど田舎の辺境。それも周りをほとんど険しい崖に囲われているもんだから、外に通じているのはこの渓谷沿いだけ。結局、かなりの間は帰り道は一緒になるわけだしな」
ふぅ、だめだ。喋り倒しちまった……しかし、こいつ、すかした顔しやがって。ほんとに腹の中にも、すけべ心を隠していないのか?!
男のくせに……清らかな心を持った、異世界から来た本物の勇者だとでもいうのか?
えーい、それならば、こちらが女の一人旅であることを意識させて、どう足掻こうとも、男の本性を引きずり出してやろうか!?
会話を重ねて、なんとか親密な雰囲気にもっていけるかは……うっ、自信ねえ……けど。
「それじゃあ、最寄りの町まで案内、よろしく」
「おう!」って、しまった! いつもの勇者言葉で喋ってた……くっ、もうちょっと色っぽく話すんだった。
でも、やった。ふふふ、これで勝負あったな。これでって……あれっ!? これって、なんの勝負だっけ?
しまったぁ。また、なんか……暴走してた!?
奴の勇者然とした振る舞いに、変に当てられてたのか?
はぁ~勇者認定を受けた辺りから、なんだか空回りばっかしてる気がすんなぁ。
ほんとにもおぅ、落ち着けよな、あたしったら。
──しばらく並んで歩いているうちに、少しずつこいつとの会話が弾むようになっていった。
迷い人は、タカシ・イトウという名前だった……最初に会ったときにも名前を教えてくれてたそうだけど、改めて、名乗ってくれた。
すごくバカ丁寧な……ここらではあまり見かけないタイプの人。
腹の内に打算を隠して、無欲を装って近づいてくる奴はいるけど、この人はなんか違う感じ……なんだか緩いんだよ──全体の雰囲気が。やたら隙だらけで。
知らず知らずの内に、子どもの頃のこととか、勇者になったいきさつとか、結構いっぱい話しちまった。
孤児院の兄弟たちとだって、これほど気軽にぽろぽろと話せたことなんて、無いのにな。
異世界人って話だったけど、そっちの世界の人って、みんなこんな感じなのか? それともこいつだけ!?
なんかやっぱり調子狂うんだよな。
そうそう、戦いが終わった後の、あんときもそう。
エルフの郷へ一緒に行く途中で思ったんだ。こいつに近づくと、なんだか心が温かいっていうか、心地好いというか、安心してほっとするみたいな、そんな雰囲気を内心……感じてはいたんだよなぁ。
それでも、あの時は戦いの興奮で熱くなってる影響とか、エルフ様、聖樹様から助力を得られるかもしれないという期待感だとか、そんな風に思い込もうとしていた気がする……今思えば……そう……間違いを認められなかった自分が。
でも、なに!? それが今はこんな……爽やかな澄み切った水のような印象!? なんなんだよ?
こう、見てるだけで、身体の中を清らかな水で洗い流されるように……自然と心が揺さぶられるような……ど、どんだけ奥の深い男なんだ!?
そして、年齢訊いて、またびっくり! えっ、あたしの倍以上なのかよ?!
でも、全然、皺ねえし、日焼けとかしてねえし、「いいとこのお坊ちゃんか?」なんて訊いたら、「事務職だから」と笑ってた。
事務職って、なんだ? そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
この人は何か、はにかんだような顔で続けて答えてくれた。
「一日中、屋内で書類とかを作ってたから」
なんて言ってたけど、それだけでほんとに仕事になるのか?
それが本当なら、よっぽど大きな商会とかだよな。
そちらの世界の勇者じゃないのか?
日焼けしてないせいか、すっごくきれーな肌なんだよな。
まるで聖樹様みてえだ。
エルフ様方も皆、嫌みなほどきれーすぎて、女としてなんか負けた気がするけど。
いや、違うな……この人は、なんかもっと、こう、違った現実感があって清潔な感じ!? いつでも、なんだか洗い立てみてえな。
うん、だからか、年齢ほどの歳には見えない……あたしより少し上って感じ。
こんな柔な見た目に反して、側に居るだけで、なんか落ち着く……こんなにも気を許せてしまえるほど。
本物の大人の男って、こんなにも包容力が備わっているものなのか!?
あぁ、やっぱりそうだよ。勇者なんだ。でなきゃ、おかしい。
くっ、あたしも負けてられねえ。勇者としても、女としても、少しは装わなきゃ格好つかないんじゃないのか?!
そういえば、孤児院を出るとき、シスターロアに「良い女は秘密があるものなのよ」なんて言われたことあったっけな。
秘密ってなんだよ!? どうすんだよ?
あたし、訊かれたら、黙っとけないんだけど。
秘密とか、絶対に無理。
いや、要は相手に分からなければいいんだろ! なんか嘘でも吐いとけばいいのか?
あんときも、修道女が嘘なんて吐いていいのかよって、思ってたっけな。へへへ。
シスターたち、今頃、どうしてっかな? って、まあ、いつもどおりか。
ここはあたしも良い女を装うのに、いっちょ嘘の一つでも吐いておくべきか? ……勇者としてはよく分かんねえけど。
う~ん……何がいいかな?
そんな考えに耽っていたら、どうやって【幻影結界】を抜けて、妖精の森に入れたのか質問された。それに正直に答えてやったってのに……。
そしたらどうだ!? あたしが道をうろ覚えじゃねえかと疑ってきやがって……まったく、素人じゃねえっつうの!
それにしても、これだけ速いペースで、しかも話しながら移動しているっていうのに、息も上がらず余裕で付いてきやがる。ぜってえ一般人じゃねえだろうが。
やはり、そっちの世界の勇者か……でも、日焼けしていないなんてのは、ありえねえか。
いやいや、そんなことよりもだ。昼飯の、あのパンは、いったいなんだったんだ?
あんな旨いもん、食ったことねえぞ!
食材の良さもさることながら、なんて凄腕の料理人なんだ!?
異世界、侮れねえ! この料理人勇者は凄い。




