38話 見せてみろ!! その本性を
〔勇者アリエルside〕
しまった! 寝坊したぁ。
正直、昨日は戦いで全てを出し切っちまって、精魂尽きた状態だったからなぁ。
くっ、仕方ないとはいえ、初めて世話になったお屋敷で寝坊するとは……。
恥ずっ、なんで起こしてくれない?!
いや、紛いなりにも客人扱いだからって、気を使ってくれたのは分かるけどさ。
でも、あたしだけ朝寝坊っていうのは……。
そうだ! 謝らなきゃと思い立って廊下に飛び出していくと、あいつの部屋だと教えられていた扉が開きっ放しだった。あ、なんかいい香り……。
……その部屋の中をそれとなく覗き込むと、掃除しているエルフ様とばっちり目が合ってしまった。
「あのぉ~……えっと……」
「睡眠は充分取れたようですね。既に食事の用意はできています。……ええ、これで迷い人さんの要望にも答えられましたね。任務完了」
え、迷い人って!? ……あいつの指示かよ?! よ、余計なことをっ! それに──「任務って?」
「『長旅で疲れているみたいだから、目を覚ますまで、今日はゆっくり寝かせてあげてくれませんか?』と頼まれていましたからね」
え!? ……。
「起きたのなら、さっさと食堂へお行きなさい。食堂の方にも『人族に思うところがあるのは知っているけれど、彼女に食事を用意してやってもらえないだろうか。なんなら俺の分を回してくれても』と要望を出していましたからね。貴女の分もまだ食堂に用意されているはずですよ」
えっ、彼女って……あたし!? あたしのため……。
──な、なんなんだよ!? あいつ。
食堂で用意してくれてあった飯をかき込みながら、毒づいてたら、あいつったら、もう、この里を旅立ったって厨房のエルフ様たちが話しているのが聞こえてきた……。
なんだ、馬鹿なのか?
男なんて生き物は、女に貸しができようものなら、女の体をじっとりと舐め回すような目つきで嬲りながら、「借りはすぐに返すもんだよなぁ。人としてよぉ。ぐへへ」とか言い出すのが、普通のはずだろ?
道理を説くような口振りで、その実、やってることは倫理に反することばかり。人の弱みにつけ込んで、人としてどうしようもない最低なことを要求してきやがるんだと、先輩方から聞いてっぞ!
あれっ!? ……なんの話だっけ?
そ、そうだ! あいつが馬鹿だって話だ。
昨日だって、そう。あたしから斬りつけられたり、魔術喰らったりで、散々な目に遭ったはずなのに……いっこうにやり返してこなかったし。
そうだよ。魔法かと見紛うほど、あれだけ魔術に長けてるんだから、こっちに敵意をほんのちょっと向けただけで、あたしなんて一瞬で消し炭にできたはず……なのに……。
散々、貸しをつくった挙げ句、何も見返りを求めずに自分から居なくなってどうすんだよ!? どう返したら……。
いや、出立してまだそんなに時間は経ってないはず。
今から急げば、まだ追いつけるはず。
どうせ、ここからしばらくの間は、どこにも抜けられない一本道だ。
とっとと追いついて、ひとこと言ってやる。
でかい借り拵えたまま、置き去りにされた、こちらの身にもなれ、と。
よしっ! そうと決まれば、お世話になったエルフ様方にお礼の挨拶して、すぐに追っかけないと!!
押っ取り刀でエルフの郷を出ると、すぐに瞬動の魔導具に魔力を注いで、全力で走り出す。
この加速感がたまらない!
……うっ、つ、疲れた。だめ……もう駄目だ。ふうっ、はあっ、こ、これはっ……長距離……向きじゃ……ない。
走り出してすぐに気づきはしたけど……ふぅ、ふぅ、はぁ。
物見台にいるエルフ様の視界から外れるまでは、どうにも格好悪くて、止まれなかった。
しかも、なんでいつまでも、あたしの方をずっと監視してんだよ?
はっ、はあ、少し……落ち着こう。ふぅ~っ、はっ。
あいつ、どの辺まで行っちまったかなぁ。
そもそも、なんなんだ? 他人に手を差し伸べた挙げ句、なんの対価も要求せずに人知れず立ち去るなんて、おまえは物語に出てくる勇者か!?
ほんとは他の男共のように、醜い面が少しぐらいはあるんだろ? 見せてみろ!! その本性を……でないとあたしは……勇者としてのあたしの立場が……。
くそっ! さっさと追いつくぞ。
今度はペースを守って、効率よく走ることを心掛けていく。
見えた! あれか? 意外とのんびり歩いててくれて助かった。
まずは主導権を取るため、こちらから話しかけよう。
「おい、聞いたぞ。町を目指すなら、なぜ私を頼らない?」




