36話 お忙しいんでしょう? 魔王退治とかで
水の精霊が仲間となり、決意も新たに歩き出して、しばらくすると、後を追いかけてくる奴がいる。
アリエルだ。
こいつの用事はもう済んだのだろうか?
なんの用があって、この地を訪れたかは知らんけど……。
妖精の森はファンタジー小説などでも冒険の要所になっているからね。なんらかのミッションをこなしてきたのだろう。
はて、そういえば、戦闘中にエルフの郷で門前払いを食らったと言っていたような?
まあ結局は、里の中に入れたことだし、用事は済んだのだろう。
俺が勇者と関わることはもうないだろうし、所詮、関係ないか。
「聞いたぞ! 町を目指すなら、なぜ私を頼らない」
そうこうしている内に、アリエルに声を掛けられた。
「いや、勇者様にわざわざ隣町までの道案内なんて頼めないだろ? 普通」
こっちは無一文だからね。そもそも依頼料が払えんのよ。
「困っている人を捨て置くことなどできん」
「いやいや、勇者様にそんなお手間は! お忙しいんでしょう? ……魔王退治とかで」
つい最近、その困っている人を殺しかけてなかったっけ? お前さん! という想いから、つい嫌みが口を突いて出ちまった。
「す、すまん! あれは私の勘違いだった。ご勘弁ください。平に容赦を」
少しばかり言葉が過ぎたようだ。
もう少し嫌な奴かと思っていたが、勇者として、存外、生真面目なだけかもな。
おざなりな対応で済まそうと思ってたんだが……仕方ない。
「冗談だ。俺こそ、悪ふざけが過ぎたようだ。すまなかった」
「いや、昨日、自分の非が分かった時点で、まずは謝罪すべきだった。あまりのことに気が動転していたとはいえ、言い訳は立たん。本当にすまなかった。申し訳ない」
まあ、この世界の勇者がどんな役割を果たしているのか知らんが、人のために好き好んで戦いの場へ赴くのだから、余程のお人好しなのだろう……自己顕示欲が強いだけっていう可能性も無くはないが。
発言と雰囲気から察するに、こいつは一本気なだけっぽいから、あまり虐めても悪いな。
「もういいですって! 勇者殿」
「すまん! そう言ってもらえると助かる。それにわざわざでもないしな。こう言っちゃなんだが、妖精の森は位置的にはど田舎の辺境。それも周りをほとんど険しい崖に囲われているもんだから、外に通じているのはこの渓谷沿いだけだ。結局、かなりの間は帰り道は一緒になるわけだしな」
初対面のときとは、えらい違いだ。
最初の頃の剣幕はどこへやら、影も形もありゃしない。
もっともあれは……魔王に対しての怒りを露わにしていただけか。
「それじゃあ、最寄りの町まで案内、よろしく」
とにもかくにも、旅は道連れ、世は情けとも言う。しばらくは世話になるとしようかね。
「おう!」と、美少女風の見た目に反した凛々しい返事に、吹き出しそうになるのを堪えたものの、ついつい頬が緩んでしまう。
この後、アリエルはよく喋った。
口が軽い質なのか、訊いてもいないのに、子ども時分からの身の上話を結構してきたのだ。
凛とした勇者口調はどこへやら、口調もすっかり変わって、威勢のいい姉ちゃんって感じ……こちらが素の話し方みたいだな。
ただ言葉以上に雄弁なのが、身振り手振りだ。
言葉が足りない部分を補って余りある感じで、全体として、表現力豊かになっているところが妙におかしくて微笑ましい。
修道院運営の孤児院で生まれ育ったようで……子どもの頃から修道院の炊き出しを手伝ったり……孤児院を卒業した先輩たちの助力で、やっとこせ教会の勇者認定を受けたり……教会が何かと言うと孤児院運営の予算を削ってくるから、勇者認定の支度金まで孤児院に送っていたりと……結構な境遇ではあるようだ。
当然のことのように語っていたので、それほど苦労とは感じていない様子なのが救いと言えるかもしれない。そっかぁ……俺よりも……ずっと……。
それに、この子は、まだずいぶんと若いんだ。
俺の歳の半分にも満たないのに、一人で元気に勇者をがんばっていると思うと、なんだかこちらも応援したくなる。
まだ若く、人生経験が浅いせいもあってか、奸雄的なずる賢さとは無縁だ。勇者という言葉から受けるイメージどおり、本当にバカが入るほどの正直さ……真っ直ぐな性格をしている。
すぐに騙されやすそうで、なんとも心配になってしまうくらいだ。
そうなんだよな……今さらながら、歳の差を再確認した。
ウッドエルフたちも見た目こそ若かったが、中身は俺よりずっと長く生きた堅実な大人ばかりだったから、精神的な隔たりは全く意識することがなかった。
この世界に迷い込んでからというもの、身体が軽くなって、どこも不調が無くなったせいなのか、自分が若くなったような気でいた。だが、若い子とこうして話をしてみると、やはり感情の起伏の大きさなど、微妙なギャップを感じる。
異なる世界観によるギャップというよりも、単に老成した者と血気盛んな者との違いだと思うにつけ、遣るせない寂しさを感じてしまう。
それはそうと、アリエルは見た目だけで言うなら、正義の勇者というよりも、健康そうに日焼けした小麦色の肌が、元気いっぱいな笑顔によく似合う、陸上部系のすっきり美少女だ。
それでいて、首筋に滲んだ汗を珠のように弾いている瑞々しい肌に、妙な色気があったりする……。
最初は繕っていたせいもあってか、少し大人びた印象を受けたが、こうして笑顔で話していると、あどけなさが見え隠れして、それも絶妙なバランスなのだ。
聖樹様やレイノーヤさんが妖精系統の世間離れした美しさであるのに比べ、アリエルは同じ人であるだけに、妙に身近で現実味のある美しさに思える。
雲の上の存在であるアイドルよりも、隣のきれいなおねえさんの方がずっとそそるみたいな感じとでも言えばいいのか? いや、ちょっと違うか。アリエルはそのまま地球に連れていっても、トップアイドルだって、裸足で逃げ出すほどの美貌でもある。
こっちの世界は、とにかく美形揃いで困る。
それこそ、日本であれば、俺なんかがこんな若くてかわいい子と話をしようと思えば、いくら貢がされるか、分かったもんじゃないくらいに。
……ははは、金、無いんすけど。
若い子、怖い。




