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35話 ほらっ、やっぱり、まだ小さいから

〔とある食堂の料理長 side〕


「だから、何遍なんべん言ったらわかるんだい!? 料理は引き算。なにかを足してる内はまだまだ未完成なんだよ」


「でも、この旨みにこっちの旨みも足したら、更に美味しくなるんじゃないかと思って……」


「いいかい? よくお聞き。足りないものを別のもので補うことは大事さ。でもね。食材一つ一つが神の恵みで完成してるんだよ。なにかが足りないということは本来ないの。それぞれの良さが重なって隠し合わないように、余すことなく引き出してやるのが料理人の腕さね」


「でも、デメルには……」


「デメルはデメル。あんたはあんただよ。あんたはもう料理の引き算しても、いい段階にきてるのさ。最近、足し算しても上手くいってないんだろう?」


「!」


「わかったら、もっとよく食材と向き合いな」


「はい!」


 いつものように厨房ちゅうぼうで料理を作っていると、疲れた顔をした一人の人族が食堂に連れられてやって来た。


 ふんっ、人族に何を食わせたらいいんだい?


 でも、聞けば、聖樹様のお客だと言うじゃないか。それじゃあ、もてなさないわけにもいかない。


 勘違いするんじゃないよ。


 今までだって一度たりとも、料理に関しては手を抜いたことはないからね。


 最高の手料理で、ぎゃふんと言わせてやるよ。


 そう思って、テーブルに一皿運ばせた後、厨房で料理を作りながら、食べる様子をうかがっていると……。


 ふむ、美味しそうな顔をして食べてるね。ふん、当然だよ。


 いかにも大切な宝物みたいに、一さじずつ丁寧に、あたしの料理を口に運んでくれてるじゃないか。


 おや、どういうことだい? 食べながら泣き出しちまったよ!? まるでようやく訪れた幸せを精一杯に噛み締めているかのように。


 いったい全体、今までどんな生活を送ってきたんだいと思って、側にいる奴に訊いてみたら、まさかもまさか、たった四十そこそこの子どもだって言うじゃないか!? もうこっちはびっくりだよ。


 あん!? なんだって?! 人族は四十歳にもなれば、もう大人だって?


 ふんっ、バカ言うんじゃないよ! どう考えたって、生まれて四十年そこそこで何ができるって言うんだい。


 身体がいくら大きかろうが、幼子は幼子だろうにっ! 知らないよ、そんなことっ!!


 もう周りの大人は、いったい全体、今まで何をしていたんだろうね。


 ……悲しいよ……悔しいよ。


 もう分かった! このおばちゃんに任せておきな。


 これからは美味しいものをたらふく食べさせてあげるから。


 まずはこれだ。そう、山盛りのお代わりを出してやったのさ。


 そしたら、どうだい。あの子ったら、またゆっくり大切そうに一口ずつ味わって食べてくれたんだよ……おなかが空いてるだろうに。それでも丁寧に残さず。


 いつも来ている衛兵たちなんて、豚の餌か! というくらいバカみたいな量をいっぺんにき込んで、ちっとも味わおうともしないのに比べて……あの子ときたら……。


 まだまだいけそうだから、どんどんお代わりを出してやったさ。


 あははは、最後の方はあんまりいい食べっぷりに、こっちも半ば、むきになっちまったけどね。


 大丈夫、大丈夫、心配要らないよ。


 衛兵たちの夕食のお代わりをちいとばかり減らせばいいだけだからね。


 味の良し悪しも分からないような馬鹿連中のだから、なんら問題ないさ。


 そんなことより、明日の仕込みをしなきゃね。みんなもさっさと働き。


 ふふふ、明日も楽しみだね。


 こんな気分で仕事をするのなんて、いつぶりだろうかね。


 あたしもがんばっちゃうよっ!



 ──ねえ、ねえったら、ねえ、聞いておくれよ!


 昨日に続いて、今日も良いことがあってね……うふふ。


 あの子ったら、あたしのこと、「おねえさん」って呼ぶんだよ。


「今日も美味しかったよ、おねえさん!」って、お皿を下げにきてくれるときにさぁ!!


 もう、子どもがお世辞なんて言うもんじゃないよと思ったんだけど。


 ぜんぜんお世辞でも、あたしをからかっている風でもないんだよ。


 にっこり笑って言うの。おねえさんって、うふふ。


 あ、あたしだって、わ、分かってるよ、そんなことぐらい。もう結構なおばちゃんだからね。


 自分でも自分のこと、おばちゃんって言ってることあるし……。


 あんだって? 今、なんつった! 飯抜きにするよ!!


 人に言われたかないんだよ、まったくこいつらときたら。


 これでも若い頃は引く手数多あまただったんだからね。


 ふふふ、なんだよ、いいだろ……思い出し笑いくらいしたって。


 人生楽しんだ者勝ちなんだからね。


 嬉しいときは笑う。楽しいときも笑う。悲しいときも笑い飛ばしちまうのが秘訣さ。


 本当に……なんかうちの子どもが小さかった頃、思い出しちゃったよ……。


 そんな楽しい日常を満喫しながら、あの子が来てから何日か経ったある日、いつものように目一杯厨房で動き回っていると、突然、とんでもなく大きな爆発音が。


 見習いのどいつが失敗して、何やらかしたのかと一瞬疑ったけど……違ったんだわ。


 食堂棟全体が揺れてたからね。


 なにごとかと驚いて、勝手口から外に飛び出してみたら、こりゃまたびっくり。空が焦げてるじゃないか……遠くの空が赤黒く……。


 ありゃぁ、ドラゴンのブレスだね、きっと。間違いないよ。


 いったいどこからと辺りを見回したら、広場の真ん中で空を見上げて呆然ぼうぜんとしてるあの子が目に入ったんだよ。


 びっくりしたんだろうね、そりゃあ。


 怖かったんだろうね。


 あたしだって、びっくりしたんだから。


 そしたらどうだい、衛兵の奴らが広場に勢いよく駆け込んできたと思ったら、あの子をみんなで押し倒したじゃないかい! なにしてんだい!? まったく。


 そんなことしてる場合じゃないだろ! 辺りを警戒しな!!


 ドラゴンに対処しなくてどうするんだい?


 里の外にお行きよ。


 えっ、なんだって、バカ言ってるんじゃないよ。


 この子がどうしたって? あんたもう一度言ってみなっ!


 そうだよ、分かればいいんだよ。


 ちょっとお前さん、お前だよ! なんでまだ取り押さえたままなんだい? 早くお放し!


 あんたねぇ、まだそんなこと言ってっと、金輪際こんりんざい、お代わりは一切無しにするよっ!


 まったく遅いんだよ。今頃になって。


 ほんとに大丈夫だったかね、あの子。怖かったろうに。



 ──翌日も引き続きなんか凄いことが起きたと噂になって、みんな仕事が手につかなかった日の更に翌日、あの子がこの里を出ていくって言い出したんだよ……突然。


 一昨日のドラゴンブレスの騒ぎで、この里に居るのがきっと怖くなっちゃったんだよ。ほらっ、やっぱり、まだ小さいから。


 くそっ、うらめしいドラゴンだね。


 奴ら、見つけたらただじゃおかないよ!


 いや、なに言ってんだい。お礼なんていいんだよ。


 それにしても、こんな急に出ていかなくても。


 あと百年ぐらいは面倒みてやるつもりだったのに……早すぎるよ! そんなの。まだ幼子おさなごだってのに。


 あっと、そんな場合じゃなかったね。


 急拵きゅうごしらえの料理になっちまうけど、ご馳走ちそう作ってあげなくちゃ! 倉庫から秘蔵の食材を引っ張り出してこないと。


 汁物系はダメだね……えっと、食べやすいもの、持ち運びやすいものと。


 待ってなよ! とびっきり美味しい弁当をちゃっちゃと作っちまうからね。



 ──後から聞いたけど、聖樹様もあの子にたくさん食事をらせろと指示してたそうじゃないかい。


 ははは、やっぱり聖樹様は分かってるねぇ。


 ほらっ、あたしが言ったとおりだろ! あの子はまだまだ子どもなんだって。



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