34話 非常に軽~いの、すっごく
いつまでも名残を惜しんでいても、かえって迷惑だろうから、切りの良いところで別れを告げ、エルフの郷を後にした。
とはいえ、妖精の森を出る前に、是非とも懸案事項を解決しておこうと思う。
そう、今の俺は、ほぼ丸腰だ。
いやいや、いろいろと用意していただいた装備はある。エルフ謹製の逸品らしいけど、スレンダーで動きの素早いウッドエルフ用みたいで、見た目には軽装備だ。
ちゃちいというわけじゃなく、非常に軽~いの、すっごく。
防御力は結構高いと聞いたのだけど、余りの軽さと、見た目が地味なので、なんだか少し頼りなく感じてしまうんですよ。
どんなに丈夫だと言われても、羽のように軽い鎧とか着せられたら、そらもう不安に感じてしまうのは仕方ないはず……たぶん、誰でも。
他にも背負い袋、毛布、水筒など、野営に必要そうな物資が取り揃えられている。本当にありがたい。
武器に関しては杖だけ。
弓矢も用意してくれていたのだけど、俺自身が全く使える気がしないので辞退した。
弓はどうにも嫌な思い出が蘇ってくるんだ。
高校の時分、文化祭のときに弓道部の道場で、和弓……それも女子用の弓を射させてもらった経験がある。結果は惨憺たるもの。
女子用の弓を引くのにも、腕がぷるぷる震えて、超恥ずかしかった……。
無理です……俺には。
言い訳に聞こえるかもしれないけど、瞬発力はあるんよ。
実際、腕相撲は負けたことがないし……いや、一度だけ、中学のときにあるか。でも、あれは無理もない。160kg以上あった柔道部員相手で、体重差にして三倍だもんよ。
元々、俺は線が細いんだよ。いくら鍛えても、筋肉が大して太くならんの。
昔のプロテインなんか消化不良起こして、かえってダメだったし。
だから、弓を引くこと自体はできるのだけれど、そこで静止して狙いをつけるのができなかったわけ。
腕がぷるぷる震えるもんだから、袴姿でいつもより三割増しで凛々しい美人に見えた女の子たちのくすくす笑いに耐えきれず、一射しただけで逃げ出すようにして、教室に戻った嫌な記憶が……。
今思えば、慣れない動作だけに、腕だけで無理矢理弦を引こうとしていたのも悪かったとは分かる。もっと、足や体幹の筋肉を使って、全身で引けばよかったのだろうけど、当時はな。
表面を取り繕おうとして失敗したのだ。
まあ、どちらにしても、今のところ、実戦で使えるレベルになるまで、弓の練習に割く時間は無いしな。弓は俺には不要と判断した。
あと、ナイフも頂いたけど、これは武器というよりも作業用か、調理用のナイフだ。
なので、魔術・魔法中心でやっていく方針と割り切って、武器はこの杖一本だけというわけ。
この小さな杖の見た目からしても、物理でぶっ叩くようなタイプではなく、あくまでも魔術発動の補助具的なものらしい。
実はこれらを用意してくれたのは、聖樹様と思いきや、まさかの知らないエルフ様だった。
レイノーヤさんから手渡されたとき、聖樹様からですか? と問えば、聞き覚えのないお名前。
どなたかお聞きすると、レイノーヤさんは、「聖樹様の側近のお一人のエルフ様ですよ」と教えてくれた。
聖樹様以外のエルフ様とは、直接やりとりをした記憶がないのだが……。
とはいえ、特別な計らいであることは、周りのウッドエルフさん達が装備類を眺めた際に浮かべる驚きの表情で理解できた。
面識がないことから、礼状を書いて渡してもらおうとも考えたのだが、自分が読み書きできないことを思い出し、苦悩した。
仕方ないので、感謝の旨を伝えていただくように、レイノーヤさんに頼むくらいしかできなかったのが辛い。
こんなにも大層な代物を用意して頂いたわけだが、どうにも俺には使いこなせそうもなく、結局のところ、精霊さん頼みでしかないのが、また情けないところでもある。
そして、その精霊さんが側に居てくれてない現状、攻撃手段がない。まさに丸腰同然なのだ。当然、不安なわけでして……なんせ、相当なびびりなもので……。
その懸念を解消しようと、現在、精霊さんを鋭意探索中なのであります。
だが、さすがは幻想的な妖精の森だ。
精霊鎮魂の儀式魔法の後だから、もう全く居なくなっちゃったかと思えば、あっという間に見つかりました、精霊さんが。
じっと観察してみると、精霊さんはごくごく小さいながらも、やっぱり真球ではなく、少しだけ上下方向に押しつぶしたような三角柱の光の結晶のように見える。
光を結晶と表現するのも物理的には間違っていることは分かるのだが、なにせ氷の結晶みたいなのがきれいに光り輝いているのだから、そう表現するしかないんだ。
単純な光の粒なら丸く見えそうだが、ただ光っているのとは違うとの直感がある。
この子は淡く青色に光っているから、イメージ的に考えて、水属性の精霊なのかな?
妖精の森から抜ける前に、再度、精霊と契約関係的なものを結んでおきたいのだけれども……。
火の精霊が張ってくれていた守護結界がどれくらい魔力を消費するものだったのか、正直よく分からないところではある。けれど、最後の方であれだけ派手にぶっ放した初級魔術であったり、鎮魂儀式に耐えたり、アリエルの火魔術を防いだりしたことによる消耗の方が負担が大きかった気はする。
それにしても、たった一粒の精霊なのに、水の精霊のせいか、ぼんやりと明滅しながら上下左右へ微かに揺れ動く様は、あたかも岩を廻り込む清流のようだ──青い残像が余韻に残る。
その様子は、まるでステレオのイコライザーの光が波打つようで、見ているだけでも、なんだか愉しげな気持ちになってくる。
水の精霊のイメージどおり、澄み切った爽やかな印象を与えてくれるような……眺めているだけで、清らかな水で身体の中を洗い流されているようで──自然と心を揺さぶられた。
あ、またもや、知らぬ間に……今度は水の守護結界を張ってくれていたようだ。
なんだか、この世界に転移してからというもの、ファンタスティックな経験ばかりだな。
良い精霊、良い妖精、良い人たちとの出会いに感謝しなくては、本当に罰が当たりそうだ。
『それじゃ行きますか!』と気合いを入れると、不思議と精霊が僅かに明滅したようにも見えた。
いくぜ、相棒!




