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31話 背中を押されて

 ──翌日、朝食の席で、レイノーヤさんに昨晩考えていたことを打ち明け、聖樹様との会談を設けてもらえるようにお願いしておく。


 すると、連日にもかかわらず、今すぐにでもお時間をいただけるとの連絡をくださった。ありがたいね。


 相変わらず、かわいらしいお声の聖樹様にお会いして、また見つめ合いながらの念話練習をさせてもらった。


 何回やっても、本当にどぎまぎしてしまう。


 ただし、全くもって、こちらも相変わらずのダダ漏れ状態……念話が上達する気配すらない。


 それでも、気を取り直して、今回の訪問の意図を伝えてみた。


 この地を発ち、世界を廻って、精霊の状態を確認しつつ、各地を巡礼する旅に出かけたいむねを伝えると、唖然あぜんとした表情になった後、残念そうにだが承諾していただけた。


 聖樹様との会話は機知に富み、たのしかったことは事実だ。聖樹様の優しげなお声も凛々りりしいお声もどっちも聞く度に心がはずみ、つい自分の立場も忘れて気軽に話せてしまう。


 だが、そのせいもあってか、日増しに従者方から身を切るような鋭い視線を感じることが増えて、非常に居心地が悪かったのだ。


 今日も早々に退散してきた……いや、今日に限っては、この地を去ると伝えたことで、いつもの刺すような視線が一切消え、かえって俺にはそのことが恐ろしいことのように感じられて、とてもその場に居られたものではなかったのだ。


『やはり俺はここでは歓迎されてなどいなかったのだな』と、実感した。


 部屋に戻るとすぐに荷物が届けられた。


 どうやら聖樹様のご厚意で用意して頂いたのであろう旅に必要な装備一式だった。


 それに加え、人族の町では稀少とされる、妖精の森で採取された薬草類とのことだ。


 早速、荷造り……といっても、こちらに来てまだ日も浅く、持ち物もほぼこの身一つなので、旅の支度もすぐに終わる。


 元々身につけていた物と今日頂いた物が、今現在の全財産だし。


 とりあえずは、近くの人里を目指すことになろう。


 そう思って、レイノーヤさんを始め、お近づきになった知り合いのウッドエルフさん達に近隣の町についてたずねてみたのだが、基本的には妖精の森から外に出ない彼女たちは、ほとんど外の様子を知らなかった。


 常に【幻影結界】が掛かっていることから、妖精の森の中に人族が入り込んでくることは稀だという話だったし、外の情報も一切入ってこないようだ。


 それでも、森の管理で廻っている際、妖精の森よりも更に外周にある北の森の辺りには、狩人らしき人の気配を稀に感じられることもあったらしい。


 北の方に山村や農村のようなものがあるのかもしれないな。


 改めて、ウッドエルフが外の世界との交流が一切無く、隔離された環境で生活していることに驚いた。


 これほど交流がないとなると、あの差別意識が芽生えたこともうなずける。知らないということがいけないのだ。無知は蒙昧もうまいの温床だから。


 そうそう、無知で思い出した。


 ここ十日ほどの観察で、同じ時間にほぼ同じ位置から日が昇るのを確認できた。


 腕時計があったお陰で、多少の誤差はともかく、一日が地球とだいたい同じ二十四時間であることが分かったのは収穫と言える。


 このことが分かったときには、偶々たまたまとはいえ、なにか縁のようなものを感じたものだ。


 現在、この地では午前六時頃に日の出、午後六時頃に日の入りを迎えている。


 最初は日の出の方角が真東か、日の入りの方角が真西かの確信が持てなかったが……何度かの検証で、大丈夫そうだと手応えを感じている。


 手持ちの腕時計がアナログ式だったので、これを利用すれば、大まかな方角を知ることができる。デジタル時計をしていた日に転移しなくて幸いだった。


 地球と同じように、太陽の位置に時計の短針を合わせれば、その方向と文字盤の零時の方向のちょうど真ん中の方向が南の方角になるはずだから。


 太陽が180度移動する十二時間で、時計の短針が360度回転するわけだから……太陽に短針を合わせたとき、零時と短針の中間方向が南だと推測することは、ここでも成立するはずだと思ったのだ。


 まあ、とりあえずは、この方角を目安として、どの方向に向かうかを決めて、歩いていくしかないだろう。


 人が住んでる形跡が見つかったり、人の気配を感じたりでもしたら、寄り道をして情報を集めつつ、村や町へと足を伸ばしていくしかあるまい。


 とはいえ、精霊との邂逅かいこうが第一目的だから、無理して町に辿り着かなくてもいい。まあそれでも、自分の生活水準向上のために、偶には立ち寄りたいところだ。


 人が多いところであれば、精霊魔法を応用して、俺にもできる仕事がありそうだしな。


 ただファンタジー小説などの情報からすると、精霊のような超自然的な存在は、大抵、人混みを嫌う傾向にある。


 果たして大きな町にも精霊がいるのか、その地で精霊魔法が行使できるのかも、現状では不明な点が気掛かりではあるのだが……。


 正直なところ、普段の臆病な俺なら、こんな大雑把おおざっぱな見込みで旅立つのはどうかと思うはずなのだが……今はなぜか不安を一切覚えない。それが不思議と言えば、不思議だ。


 リスクを正しく評価できなくなっているのは、危険な兆候なのだけど……。


 今思い返すと、子どもの頃からやっていたゲームですら、これまで一度も死なずにエンディングを迎えたことがない。


 そう考えると、大人になって、いくらかは慎重に行動しているつもりだったが、自分が思っているよりもはるかに粗忽者そこつものなのかもしれないな。


 こうも不安を感じないのは、仮初かりそめにも不死を経験した悪影響なのか?


 異世界とはいえ、現実世界として考えれば、軽率すぎる決断だけに……もっと慎重に行動しなければと思うものの、心のどこかで『お行きなさい』とささやかれているようにも、背中を押されているようにも感じるのだ。


 うん、行こう。ここは俺の居場所じゃない。


 最後にお世話になった方々に別れの挨拶をしたら、この里を立つことにしよう。


 今日は久しぶりに少しは眠れそうだ。


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