30話 とにかく肩身が狭いのだ
聖樹様への依頼達成報告のついでとして、俺の人間(?)証明も無事なされた。いや、結局、不死王リッチと言われただけのような気が……。
まあ、それはともかく、その後、アリエルも一晩の宿泊を許されて、どうやら客間へと案内されていったようだ。
さすがに、あれだけ魔術を使って戦い、疲弊した様子のアリエルを前にして、そのまま里の外に追い出すなんてことは、お優しい聖樹様にはできなかったのだろう。
俺の方はまだ残るように申し付けられて、聖樹様と念話の練習がてら、あの甘い会話を続けた。
それも終わり、今はここ数日使わせていただいている部屋に戻ってきていた。
今日一日の出来事を振り返ってみる。
──そういえぱ、今朝は久しぶりに少し肌寒さを感じた。昨日までは火の精霊さんが結界で暖めてくれていたのだと、その時ようやく気付いたのだ。
いよいよ精霊が滞留している問題の解決を図るため、早々に朝食を済ませ、レイノーヤさんと共にエルフの郷を出発した。
正直なところ、聖樹様から依頼内容を聞かされた当初は、いまいち精霊がどんなものか分かっていなかっただけに、果たして俺にできるのかだいぶびびってもいたんだ。
だけど、昨日、精霊魔法を行使した後、火の精霊の昇華に成功したことで、打って変わって、気楽になった。
それまでは、物語なんかで語られている精霊をイメージしていたため、下手に怒らせた場合、手が付けられないほど危険な存在に変貌することを恐れていたからだ。
これまでの精霊との交流の中で、そうした不安もすっかり消えた。決して危険な存在ではなく、それどころか俺にとっては心強い存在であることが分かったので。
里を出た途端、精霊ロスを意識し、逆に丸腰が不安に感じられたほどだからね。
そのため、再び火の精霊を見つけてからは、レイノーヤさんに森の中を案内されつつ、道中では森林浴を満喫しながら、散歩がてらの軽い気持ちで、聖域・虹の園へ向かえたというわけだ。
今回、レイノーヤさんはやはり聖域への立ち入りを許されていなかった。どうやら別の用事を申し付けられているということだったので、予定通り、聖域の入口手前で別れた。
聖域に到着してからはあまりの素晴らしい景色に惚け、いつもながら思念とも念話とも会話とも言えない独り言をぶつぶつ呟いていた気がする。
精霊たちとの交流を堪能しながら、ごくごく自然の流れに任せていたら、あんなことになってしまった。
正直、なにがきっかけで鎮魂の儀式魔法が発動したのか全く分からなかった。それでも一応、世界樹が担う輪廻転生の流れに精霊を載せることには、どうやら成功したみたいだ。
先ほどの謁見で、アリエルが奥の間を立ち去った後の話でも、『世界樹に棲むエルフで、さすがにあれに気づかないお間抜け者さんはいないですよ』とまで、聖樹様が仰られるほど、世界樹の周りを上昇していく精霊の流れがはっきりと分かったそうだ。
今回の件に関して、実は、事前に迷い人の存在自体が発動キーではないかとの推測もあるにはあったらしい。
そのため、儀式魔法の発動に伴う魔法同調のリスクを踏まえて、念のために虹色の園付近には他の者の立ち入りを許さなかったそうだ。その結果として、一人で行かせることになってしまったことを謝罪された。
魔力に富む妖精であるエルフならともかく、ウッドエルフの持つ魔素レベル程度では、儀式魔法が稼働する近くに居ると、最悪、魔素を吸い尽くされて、死に至る危険性もあるとのことだ。
聖域とまで謂われるエリアに立ち入るのに、なんの案内もなく、ただ一人で行かされるのは、どうにも変だとは感じていたんだよね。なるほど、そういうわけだったか。
まあ、俺としてはレイノーヤさんに危険が及ばなくてよかったと思う。
実際にはその場に居たアリエルが平気だったところを鑑みれば、そういった危険は無かったのだろうけどね。
まあ、なんにしても、これで任務達成だ。
これでともかくは、俺の立場としても、穀潰しの誹りを免れる。やっと一安心といったところだ。
食堂のおねえさん達からは総じて優しい視線を感じるのだけれど、遠目で眺めてくる他の里の方たちの中には未だに厳しい目が混ざっている。
もしかすると、引け目があるこちらの気持ちの問題かもしれないけど、長年の差別意識というものがそう簡単に解消されるとも思えないからね。
実際、なんの役にも立たず、働きもしない奴を養ってやる義理など彼女たちにはないのだから、余計だ。
そう、ウッドエルフは見た目には全員が女性ということもあって、この集落でたった一人俺だけが男っていうのがまた自分が穀潰しのヒモになったように感じて……なんだかとっても、辛いんだっての。
もしも、なにか恐ろしいものにこの集落が狙われていて、仮に俺が物凄く強くて、それから守ってやっているという状況であれば、多少なりとも、心が落ち着く要素が少しはあるんだろうけど……。残念ながらというか、幸いというか、この【エルフの郷】は極めて平和そのものだったから。
まあ、これで少しくらいは、これまでの恩義を返せたかもしれないけど……。
ただ、精霊は今もなお、【虹色の園】に向かって集まってきているらしい。今後も精霊が滞留する可能性があるのなら、その発生源とか、なにが原因でそうなっているのか、もう少しこの世界の様子を探っておく必要性を感じる。
うん、そうだな。精霊の現状を調べる旅に出るのも良いかもしれない。
聖樹様はこの地の鎮守のお仕事もあるのだから、そうそうここを離れるわけにもいかないだろう。俺が代わりに様子を見てくるのにも少しは意味があるというものだ。
ついでに異世界観光も楽しんでみたいしな。
そうだった、そうだった! 聖樹様にも『この世界に長居したいなら、いっぱい食べなきゃだめですよ』とも言われてたんだった。
なんでも肉体が希薄なのが関係しているらしく、肉体を完全に失うと、もしかすると、こちらの世界では存在を維持できなくなるかもしれないと……少なくとも、土地に縛られて動けなくなる可能性は高そうなのだと。
俺を妖精さんと同列に考えてくれているのか、それとも単に地縛霊になって、この地に取り憑かれるのを嫌がってのことなのかは定かじゃないけどね。
ともかく、この世界に来てからというもの、すこぶる体調は良く、食欲も旺盛だ。
いくら食べても満腹感は得られず、底なしでどこまでも食べることができてしまう。それこそ、フードファイター並みだ。かといって、それほど食べなくとも、空腹感に苛まれるということもない……不思議な感覚だ。
肉体が希薄と言われたから、最初は食欲とか性欲とかも希薄になるのかと気にはなっていたけど……。
どこまでも美味しくいただけるので、文句はないのだが……もしもこれが自分で食費を支払うとなると、ちょっと恐ろしいことになる。
それよりなにより、居候の身としては、とにかく肩身が狭いのだ。
いい年して、自分の食い扶持ぐらい稼げないのは、どうにも居心地が……。
何日かここで滞在していた感じからしても、この地で俺ができることなんて、もうそれほど無さそうだし。
精霊魔法があれば、なんとか俺でもこの世界で生活していけそうな気がする。
元の世界で暮らしていた頃は、旅の目的のほとんどが各地の旨い物を食べ歩くことだっただけに、美味しそうな料理を探してみるのも良いかもしれない。この希薄な身体を維持するためにも。
日本のように食文化が発達していると良いけど……まあ、どこにでも何かしら旨いものはあるはずだ。
とはいえ、各地にどのくらい精霊が存在しているかも分からないし、念のため、油断せず、慎重に行動した方が賢明だろう。
精霊に頼りきりの魔法だけではなく、自分の魔素を使った魔術なんかも是非とも覚えていかないとな。
でも、魔物までいるという危険な世界にあっては、自分が肉体的な死とは縁遠いというのが、なんともありがたい。
気が弱い俺としては、大助かりだ。
見聞を広めつつ、一から勉強するつもりで楽しんでみようと決意し、横になっていると、いつの間にか眠りこけてしまっていた。




