29話 それで、そちらは?
火の精霊さんを窓から昇天させてあげた。
しばらくして戻ってきたレイノーヤさんに、最初の謁見のときに通された控え室で案内が来るまで待つようにと告げられる。
控え室に行ってみると、アリエルが畏まったような姿勢でまだ座っていた。
そのまましばらく一緒に待った後、いつものように奥の部屋まで案内されて……。
えらく緊張した様子のアリエルと二人でいるせいか、サラリーマン時代の礼節などで本当に足りていたのかと、今更ながらに少々心配になってきた。
もう遅すぎる気もするが、できるだけ失礼にならないように気を配って、部屋の中で振る舞うことにした。
「失礼いたします。虹色の園より、ただ今戻りました」
「首尾はどうだったかい?」
「はい。事前調査のつもりでしたが、突然、魔法陣のようなものが発動したせい……いや、その御陰で精霊の鎮魂が思いのほか捗りました。懸案となっていた精霊の渋滞も現在はほぼ解消されたかと」
本日の恐・かっこいいバージョンの聖樹様が満足そうな表情を浮かべる。
「うむ、それで、そちらは?」
そして、俺の後方に視線をずらし、アリエルを連れてきた顛末の説明を促される。
「実は──」
虹色の園で魔王だと誤解され、襲撃された経緯を説明した。
「あはは、そりゃ、ぬしが悪い。いや、間が悪かったね。ふふふ」
「笑い事じゃありませんよ。危うく、死にかけたんですから」
おっと! 少し失礼な言葉遣いになっちまった。でも、聖樹様は気にした様子も見せず、なにが壷に入ったのか、いつまでも忍び笑いを続けている。
反して、側に控えていたエルフたちには睨みつけられた。
やはり俺の馴れ馴れしい物言いが癇に障ったらしい。
「いや、おかしいですって! あっ、申し訳ありません。おかしいかと存じます」
突然、聖樹様との会話にアリエルが割り込んできた。
「ふふふ、ほんとに笑えるねぇ」
「いや、聖樹様。そのおかしいではなく、この男の不死身さは常軌を逸しているかと」
「あはは、分かっているよ。もちろん」
聖樹様にからかわれたことに気づいたアリエルの緊張が少しほぐれた気がした。
「それじゃ、その辺も含めて、話をしてあげようかね。まず、この男、タカシに関してだ。彼は人族だが、この世界の人族ではない」
それを聞き、驚いて息を飲んだアリエルに頷き、話を続ける聖樹様。
「稀に伝え聞くことのある神隠しにあったとでも考えるんだね。ただし、こちらの世界側へのだけどね」
俺には既に話したことではあるがと前置きをした後、アリエルにも俺と関係のあることを語って聞かせてくれるみたいだ。
まず、神世の時代から世界樹を守って、妖精の森に生きるエルフの使命に触れ……。
二十年ほど前から、世界樹に導かれるように精霊がこの森に続々と詰めかけて滞留しかけていること。
記録も不確かになるほどの大昔にも、同じような現象が起きていたこと。
そのとき、迷い人と記録にある突然現れた人族に救われたらしいこと。
つい先日、また新たに現れた迷い人が俺であること。
迷い人はなぜか精霊との親和性が非常に高いこと。
妖精との魔法契約と同様に、精霊との親和性の高い者に対して、魔力の共有化によると思しき魔力強化の現象が確認されていること。
ここ数日の滞在中に、精霊を鎮めて、世界樹の働きによる鎮魂の流れに載せることが俺にも可能であるのが判明したこと。
そのため、聖樹様の依頼を受けて、虹色の園で任務に当たっていたこと。
こと、こと、ことと、じっくり煮含めるように一つずつ順序立てて、アリエルに説明し、俺が害のある存在ではないことを諭してくれた。
「それが魔王、いや、タカシ殿の魔力の秘密!? ……でも、そうであっても、あの不死身の理由には……」
「それは迷い人の身体の構造がおそらく関係しているはずだよ」
ここまでは既に俺の知っている内容だと思って聞いていたのだが、新たに追加された情報に基づく考察が、聖樹様によって語られ出した。
迷い人がこの世界で肉体の存在が希薄になっているのは、なんらかの理由で、肉体の大部分を元の世界に置いてきたからなのではないかと、ご推測されておいでのようだ。
その根拠となっているのが、この世界に存在する不死魔法の伝承──魔術を極めた魔術師だけが行使できると謂われる、自らの身体を不死者に変える魔法らしい。
その魔法によって作り変えられた不死者の身体には、物理的な攻撃が一切効かない。
不死魔法のからくりは、霊魂と肉体を分離させ、肉体のみを別世界に隠す秘法と目されていた。
非常に魔力が強い魔術師が、霊魂と肉体を別の世界に同時に存在させた場合、それらを同時に滅しない限り、互いが修復し合ってしまうため、不死に近い状態になるのではないかと考えられているようだ。
そう、まんま不死者の王リッチだ。
「タカシも肉体が希薄なばかりでなく、これまた原因は不明だが、霊魂と精神体の密度が非常に高く、魔力に秀でた構造の身体をしているとも言える。ふむ……あれほどの精霊たちに囲まれている状態であれば、たとえ損傷したとしても、たちどころに精霊から供給される魔力で回復し、不死者に近いレベルで復元されたとしても、なんら不思議ではないね」
俺のことを語っているとは到底思えないほど壮大な聖樹様のご高察だ。
「復元……確かに、何度攻撃しようと、無傷の身体に戻って……ひゃっ!」
初めは俺の方を訝しむ目で見ていたアリエルだったが、納得したように頷いた直後、急に顔を俯けた……なんだか耳まで真っ赤だけど、霜焼けか? いや、もう春先の陽気だしな……。
それにしても、魔法を使い放題なのに加えて、不死身とか、そんな都合の良い話なんて、本当にあるのか?
しかも、俺に限って……。
自分ではすぐ調子に乗るくせに、こうやって他人に褒められたりすると、途端に騙されてる気がするのはどうしてだろう?
ふっ、どうせ俺のことだからな。結局は落とし穴付きだろうがね。




