28話 門衛さんに頼んでみた
〔話は勇者アリエルとの戦闘後に戻って……〕
そう、アリエルに襲撃された場所が、エルフたちの聖地──【虹色の園】だ。
そこは、正に世界樹が聳え立つお膝元。
【妖精の森】と呼ばれる神聖な森の中でも、特に妖精種が数多く集う最深部──精霊が溜まっている場所でもあったというわけだ。
この虹色の園から北西に位置する【エルフの郷】は、熟練のレンジャーであれば、二時間ほどの距離にある。
とはいえ、現代日本社会を生きる一般人、それも運動不足で、とんと体力の落ちきっている自覚はある俺だ。ここまで来るのに結構な時間を要した。
往きに関しては、道程が緩やかな下り坂ということもあって、レイノーヤさんの案内の下、辺りを散策しながら、のんびりとやってきていたのだ。
……いや、ちょっと嘘を吐きました。
確かに時間をかけてやってきたのは事実だけど、本当のところは、エルフの郷を出た瞬間、びびりまくってしまって……なにせ精霊の加護を失った身だったもので。
そんなわけで、レイノーヤさんにお頼みして、寄り道を承知で、精霊さんを探し廻っていたんですわ、はい。
幸いなことに、ほどなくして火の精霊さんを見つけることができて一安心。すぐに火の守護結界を張ってもらっていたというわけだ。
ははは、でなければ、こんな深い森の中を一人で帰ってくるなんてのは、小心者にはさすがに辛かったんで。
結局のところ、変なのと一緒に帰る羽目になっちまったんだが……。
いやいや、そうじゃない。俺が言いたいのは、そこじゃない。
そういった事情もあって、往きは森の風景を堪能し、よそ見もしつつ、そこそこ時間をかけて移動してきただけに、いまいちあやふやだったのだが、それでも、俺にとっては結構な距離に感じられた。
それが、この帰りには気が急いて、やや速歩きになっていたであろうが、逆に上り坂になった行程を明らかに一時間にも満たない内に戻ってきてしまったのだ。
行きよりも道を覚えた帰りの方が短く感じることはよくあることだが、そんな心理的な感覚以上の確かな足取りの軽さに驚きを感じている。
だって、相変わらず、警戒して一定の距離を置いて付いてくるアリエルがはぐれたりしないかと気にして、何度も何度も後ろを振り返りつつだったのにもかかわらず、だったから。
身体の軽さに驚きを抱えつつ、深い森の中を抜けて、エルフの郷が下に見える開けた丘の上に辿り着いた──その瞬間を見計らっていたかのように、アリエルが下にいる門衛に向かって、なにやら「魔王が来たぞ。警戒しろ!」とかどうとか喚き出したが……。
俺は無視して、里の入口に向かって、葛折りの坂道を下っていく。
「ただいま戻りました」
「ご苦労……さん、って、どしたぁ!? その服!」
気軽な感じで門衛さんに帰還の挨拶をしたのだが、さすがに破れた服の原因を問われた。
まあ、そりゃあ、そうだ。これが門衛さんのような女兵士だったら、おっぱい丸出しで大変だもんな。
男の俺の胸の辺りを終始気にしながらであったが、それでも、事情を説明したら、早く中に入るように勧めてくれた。
心配もしてくれるさ。だって、朝の出発のときにレイノーヤさんに優しく声を掛けてくれた門衛さんだったからね。
アリエルが驚きの表情を浮かべ、一緒に付いてこようとするも、案の定、門衛たちに押し止められている。
そのまま知らん顔して、一人で館に戻っても良かったのだが、こいつに勘違いをさせたまま、この後も付け狙われては、それはそれで困る。
ここは完全に誤解を解いておいた方がいいだろう。
とりあえず、アリエルの入場の許可だけでも警備責任者の方に問い合わせてほしいと門衛さんに頼んでみた。
しぶしぶながらも控え室で交代休憩していた衛兵の一人を許可伺いに向かわせてくれた。
アリエルを警戒する門衛二人の緊張をできるだけ解すように、今日森で見かけたことなどを話しながら待つ。
しばらくすると、先ほどの衛兵が警備兵らしき方達をぞろぞろと引き連れて戻ってきた。
彼女らが同行して見張られる形ではあるが、無事に二人共、里の中へ入ることが許されたようだ。
静かになったアリエルに視線を向けると……顔を上げず、なんだか俯いている。
少しは反省してくれたのかな?
これで、ある程度の誤解は解けたことだろう。
虹色の園でのアリエルの発言からすると、エルフに対しては味方認定しているようだったから、その中でも最も位の高い聖樹様の話ならば、アリエルも聞き入れてくれるはずだ。
聖樹様へ任務の報告のついでに、俺が人であることを証言していただこう。
早速、騒ぎを聞きつけて、入口まで迎えにやってきてくれたレイノーヤさんに無事帰還報告をした。加えて、服を駄目にしてしまったことを詫びる。
レイノーヤさんが「すぐに着替えを用意します」と言って、この場を立ち去ろうとしたので、それを引き留めた。
そして、レイノーヤさんが聖樹様へ俺の帰還報告を上げる際、アリエルと共に二人でお目通りができないかというお伺いを立ててもらえるように頼んでおいた。
どうやら、アリエルの方は、警備兵に連れられて、控え室に向かったみたいだ。
聖樹様と謁見するのに、さすがに俺も破れたままの服装ではまずい。
報告に向かう前に、いつもの部屋へ一度戻った。
とりあえず、一張羅のスーツに着替えておく。
そこで、突然、火の守護結界が消えてしまった。
どうやら虹色の園に行く途中に出会った火の精霊が、もう力尽きてしまったようだ。
あれ!? なぜだ? 前と比べて、随分早かった気がするけど……。
あぁ、精霊の鎮魂儀式による影響か!?
いや……なら、なぜ?! この子は、あのとき一緒に昇華しなかったんだ?
あ、俺と魔法契約してたからかも……なんか悪いことしちまったな。
いや、それにあれか! アリエルに火魔術で攻撃されたときにも、炎に焼かれなかったのって、きっと、この子のお陰だ。
だって、その後に喰らった雷では、全身真っ黒焦げにされて、ひどく痛みを感じたもの。
はあ、ありがとな、火の精霊さん。
ほんじゃ、成仏するんだぞ。




