27話 寂しさが10上がった
この世界にやって来てから、ずっと一緒だった火の精霊とのお別れ……なんだか半身を裂かれたような想いだ。なんだか肌寒くもある。
俺って、こんなにもセンチメンタルだったっけ?
年のせいで、涙もろくなったのかな。
そういや、最近はちょっとしたことで涙ぐんでる気もするし。
ラノベ読んでても、結構、頻繁にうるうる来てたし。
たった一人、異世界へ連れてこられたのが……意外と心に堪えてるのか?
いやいや、でもですよ。これで、トュルル、トゥットゥルゥーッ!
『レベルが1上がった。タカシは精霊とのコラボ魔法を修得した! 寂しさが10上がった』
うん、これからは君をこう呼ぶとしよう! より格調高く、精霊魔法とっ!!
あれっ!? あんまし特別感が……ない。つうか、普通だな。
さて諸君、我が輩も件の魔法をやっと手に入れ、魔法使いとなったわけだが……。
んっ!? あ、そっか。早速もって、失ったわけだよね? これって。
あぁ、精霊さんが役目を終えて、天に召されちゃったということは、火の精霊の加護も……今の俺っちには、もう無い。
丸裸状態……いや、ただ布装備に戻ったわけか。
あれっ!? これって、やばくねっ?
森の中で動物とか魔物に襲われて、美味しくいただかれちゃうんじゃねっ?
ぴんぴんころり……は、違うか……ぽっくり……も、なんか違うし……いや、そんなの言い方なんてどうでもいい。突然、死にそうな目に遭うとかも充分ありえるんじゃねっ!?
やべぇーすっ、はよ……早? いや……「急く、新たなる精霊よ! 我が元へ集え!!」
がははは……なんてな。そんな都合よくはいかねえか。
はあ~っ、精霊さんをどうにか見つけに行かねば、心配で夜も眠れん……いや、それじゃ、いつもと変わらんか、はは。
まあ、この集落にいる分には問題ないとは思うけど……。
大丈夫だよな? うん、平気平気。さすがに、そこらへんの安全はしっかり確保されてるもの。
あんなちっちゃな少女が広場で無邪気に遊んでいるくらいだし。
あんなにも小さな少女と同列なのがなんとも恥ずかしい限りだけど……。
いや、それは仕方ない。俺が無力なのは今に始まったことじゃない。それよりもだ。
「ありがとうございました。先生方! お陰様で無事、精霊との魔法制御も修得できたようです」
レイノーヤさんはもちろんのこと、一応、スプライトだって、ちゃんと協力してくれたわけだしな……正直感謝してなくもない。いや、してるって。あんがとよ。
「これも任務の内です」と言って、いつも通り冷静な様子のレイノーヤさん──それとは対照的に、またいたずらでも思いついたのか……『えへへへ』と、にやけているスプライト。
俺も期せずして、精霊を鎮める方法が判明したことで、こちらも思わず笑みがこぼれてしまう。
これでなんとか聖樹様のお役に立てそうな目途が立った……と考えても良いのかな?
レイノーヤさんは魔法講習が終わる度に、毎回、聖樹様宛の報告を上げている様子であった。今回の報告の際、聖樹様ともう一度謁見する機会を設けてもらえるように頼んでおく。
「精霊鎮魂の件は、聖樹様直々の依頼なわけですからね。早めに報告した方が良さそうですし」
この言葉がまずかった。
「! 早速、報告しに行って参ります」
言うや否や、スプライトに瞬動の魔法まで掛けさせて、疾風迅雷のごとく、レイノーヤさんは勢いよく駆けていってしまった。
手持ち無沙汰で、辺りを見回すも、あのかわいらしい無職仲間である少女は、もう広場に見当たらなかった。仕方なく部屋に独りで戻ろうと思って、ゆっくりと歩き出す。
館に着こうかという頃合いで、先ほどの勢いのまま、建物の中から飛び出してきたレイノーヤさんと鉢合わせしそうになった。
早速、聖樹様との面会が叶うようだ。
今回は館入り口付近の控え室には通されず、自室で待機しているようにと言われた。準備が整い次第連絡をくれるらしい。
おっと、忘れない内に、レイノーヤさんに杖と魔導書をお返ししておかないと。
さて、どうしたものか?
部屋に着いたものの、なにもすることが思いつかない。
少しの間、窓を締め切っていたため、やや空気が籠もっていた。とりあえず、部屋の窓を開け、空気を入れ替えよう。
すっかり入れ替わった新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、やっと人心地つけた。ふぅ……それもこれも精霊を鎮魂する術をようやく見つけられたからだな。
何の成果も上げられないというのは、端から見たら何もせずにいるのと変わらない。
これでようやく、ふうてんの居候から脱却し……住み込み従業員クラスくらいにはジョブチェンジできるはずだ。
結構かかったのか、そうでもなかったのか、よく分からんけど。
まあ、仕事の遅い俺にしては……相当順調な部類に入るだろう。
そうこうしている内に、先方の準備が整ったようで、俺にお呼びがかかる。
いつもどおり、案内の方の後に付いて、最奥の部屋に向かった。
聖樹様とは、今回で三度目のご対面だ。
こちらから呼び出すような形になってしまったことをまずは謝罪する。併せて、これまで受けたご恩の礼をなかなか返せていないことを詫びておく。
そして、今回、期せずして火の精霊を鎮めることができたことを改めて、自分の口から聖樹様に報告した。
「随分と早かったんですね。ん!? 人族にとってはそうでもないのでしょうか? ウッドエルフたちもせっかち屋さんが多いみたいですけど……それにしても、あなたはそれに輪をかけたせっかちさんなんですね」
「いやはや、申し訳ありません。ですが……」
聖樹様に平謝りしつつ、こちらの心情を説明してみた。
小さな動物と大きな動物では、一生に打つ鼓動の回数は同じであっても、小さな心臓の鼓動の方はずっと速くなっていて、実は寿命もずっと短いというねずみと象の喩え話で。
「もしかしたら、我々お互いの鼓動も違っていて、時間感覚なんかも随分と違うのかもしれませんね」
「小さなねずみさん……ですか」
少し陰のある表情の聖樹様。
どうやら、こちらの意図は伝わったらしい……それに、この世界にもねずみはいるんだね。やつらどこでも増えるからね。
いや、哺乳類の祖先らしいから、俺たち人の祖先でもあるわけか。
うじゃうじゃ増えるのは人も一緒だし、確かにねずみの血を引いてるのかもな。
いや、いかん。またしても思念が逸れていってしまうところだった。
ようやくだけど、本題へと戻るとしよう。
先日依頼のあった精霊の事前調査──聖域とされる【虹色の園】への立ち入りが、明日でも問題ないかを確認しておいた。
問題なく了解を得られたものの、「あんまり生き急がないでね、ねずみさん」という少し悲しげな声音が妙に耳の奥へと響く。
でも、ゆっくりしてると、人はすぐに死んじまうから……みんな。
あぁ、胃がどうにも重く感じる。




