23話 生えてくるんだよ
翌朝、改めて、風妖精シルフこと、スプライトを呼び出してもらい、仕切り直す。
「そういえば、スプライトってさぁ。妖精全体を総称した意味合いの言葉だったよな?」
この発言がまずかった。
烈火のごとく、怒り散らす風妖精。
風妖精なのになぁ……。
背後に炎が……おまえ本当は火の妖精じゃ……いや、冗談です。はい、すんません。
『あたしはねえ……そのことを……言われるのが……いちばん……あたまに、く、る、のぉっ!』
度々、妖精仲間からも、からかわれているとのことらしい……まあ、俺の名前に人間って付けるようなもんだからな。
そうとは露知らず、音の響きから自分で名付けてしまったようだ。
……頭の上でぷんすかするのはまだ我慢するとして、髪の毛を偶にブチブチ毟り取るのはいい加減止めてくれないかなぁと、ぼーっとしながら、怒りが収まるのを待つ。
危うく聞き流しそうになったけど、気になったことを訊いてみた。
「へぇ~、通り名って、親が名付けるんじゃないんだ?」
『ん!? おや、って、なあに?』
スプライトのきょとんとした質問に、いたたまれなくなる。全身から、どっと汗が吹き出した。
さすがに、これはまずかったかと焦ったが──どうやら、妖精にはそもそも親とかの概念自体が無いらしい。
知らぬうちに握り絞めていた拳から、力を抜いた。ふぅ……。
にしても、あまりに配慮の足りない質問だった。
でも、それと共に、こいつに興味も湧く。一人でどうやって育ったんだろう?
「妖精って、どうやって生まれてくるんだ? 自然発生か?」とふざけて訊くと、『起きる!?』といった、また訳の分からん回答に混乱する。
問いただしてみても、『だから、起きるのぉ』の一点張りで、埒が明かない。
どうでもいいかと思い直した。
ほんとこいつと一緒に居ると、些細なことなど、どうでもいいと思えてくる。
レイノーヤさんに視線を注ぐと、魔術の実践の話に移ってくれた。
「それでは、まず、一番簡単な風魔術を使ってみます。よく見ていてください」
レイノーヤさんが左の手のひらを正面に向け、腕を突き出した姿勢で構える。
次第に身体全体がうっすらと淡く光り出す。その直後、手首の周辺を取り囲むように、真紅よりも少し明るめの猩々緋色に光り輝く魔法陣が現れた。
「【ブリーズ】」
一言、唱えたかと思うと、身体全体を包んでいた淡い光が一瞬で手に収束したように見えた──次の瞬間、一陣の風が巻き起こって、辺りの落ち葉を一所へ掃き集めていった。
横から見ていた魔術発動の流れは、だいたいこんな感じかな。
お手本を見せてくれたレイノーヤさんにそのことを伝えると、満足そうに頷いてくれた。
きっと今のだって、俺に手本を見せるということもあって、特にゆっくりとした手順で、魔術の発動過程を意識的に区切って、発動までの流れを理解しやすいように示してくれていたのだろう。
俺が初心者であることをきちんと配慮してくれていたのだ。
普段のレイノーヤさんは、質問をしたことにはきちんと答えてくれるけど、必要以上のことはあまり語らず、どこかあっさりとしたイメージがあった。けれど、こういうちょっとした気遣いに、ドキッとさせられる……ギャップ萌えかな。
まあ、それはさておき、こうした初歩の魔術であっても、通常は詠唱を必要とするそうなのだ。とはいえ、風妖精の加護を持つレイノーヤさんは、この程度の魔術であれば、発動キーとなる【言霊】の発音だけで、魔術、いや、妖精魔法が発現してしまう。
というか、普段からそうしているわけだから、詠唱呪文をど忘れして出てこなかったのが真相……みたいだ。
無表情なりにも、とぼけて隠そうとしてる雰囲気をなんとなく微かに感じるのだけど……もう、うっかりやさん。見た目は淡々としていて、できる教師然とした風貌なのにな……うん、これもギャップ萌えだな。
本当は腰に差していた杖を事前に構えてから、呪文を詠唱し、杖に仕込まれている魔術錬成補助機能を使って、魔法陣を形成するのが正式な手順だそうだ。
口早に「しばしお待ちを」と告げてきた後、スプライトを引き連れ、レイノーヤさんは金色の髪を風に靡かせて、走り去り、居なくなってしまった。
後には、陽光を受け、やけに輝く金色の一本の糸だけが、湧き起こる風で宙を舞っていく。
広場に一人ぽつんと取り残され、それを目で追う俺。
手持ち無沙汰で辺りを見回してみると、こちらの様子を物陰からこっそり窺っていた愛くるしい少女と目が合った。
手を振ってあげると、途端に顔を赤らめて一目散に逃げ出していってしまう。
あはは、驚かしちゃったかね。
それにしても、男を見かけないな。うん、そうなんだ。この集落で男を一度も見たことがない。
最初は力仕事か、狩りにでも駆り出されているのかと思い、それほど気にもしていなかったけど、こう何日も見かけないとなると、ちょっと気にもなってくる。
しばらくすると、レイノーヤさんが風格すら感じさせる分厚い本を大事そうに胸に抱え、疾風のごとき速さで舞い戻ってきた。
どうやら魔導書を取りに戻ってくれていたようだ。
急いで走ってきて、急に止まったものだから、魔導書を投げ出しそうになって、慌てて抱え込んだようにも見えたが……。
「それにしても、速いですね」
「これも風妖精の恩寵です」
そう応えるレイノーヤさんは、無表情なのに、どこか得意気な感じがした。
実際、物理的に身体が軽くなる恩恵があるらしい。
世の女性たちからしたら、誰もが羨む現象と言える。おそらくは垂涎の的なのだろうな。
あれほどスレンダーで、スタイル的にはこれ以上望むべきものがないように見えるウッドエルフさんであっても、これだ。
それ以上痩せて、いったいどうしようてんだと、男の俺としては思うんだけど……。
女の子って、ぷにぷにしてるからこそ、かわいいのに。
まあ、こういう女心は俺には理解できんな。いや、できなくはないか……あはは、俺のはちょっと違う理由だけど。
「そういえば、里の男衆はどこで、なにしてるんですか?」
先ほどの疑問を早速ぶつけてみたのだが、その回答がこれまたびっくり仰天の内容だった。
なんと! ウッドエルフには性別がありませんでした。
普段は誰もが女性の見た目。見た目が女性。
カップル、あれっ、カップルって、言い方古い? おじさんだからその辺よく分からないけど、まあいいや……えっとね、お互いに意気投合して、とにかくカップルができて、しばらくすると、片方が一時的に男性化するらしい。
といっても、一部だけ。そう、あそこがね。
しかも、両性具有になるそうだよ。
なんとも淫靡な音の響きだ。
後はご想像にお任せします。
これ以上、おっさんが口にすると、倫理的に問題になりそうなので……。
いやいや、すごくなぁ~い?
見た目があの美麗さのままで、生えてくるんだよ。
百合的なイメージというより、☆塚的なイメージ?
ここまでが限界ですか? はい、すみません。
はあ、なかなか魔術の実践に進めないな……って、俺のせいか!? うっ、失礼しました。




