22話 空気止めたろか
──えっと、結論から言えば、無罪でした。
『引きずりこまれる』と言ったのは、魔法契約的な話らしい。
風妖精は言葉少なに、なんでも端折って語るので、なかなか要領を得なかった。けれども、よくよく訊いて、レイノーヤさんが話をまとめてくれると、風妖精とレイノーヤさんとの間にできている魔法契約を引き千切るほどの勢いで、俺との回線が太くなりそうだったらしい。
いやいや、だから……また他の人が聞いたら、誤解を生むから、『穴をむりやり』とか『強引につながれた』とか、紛らわしい表現するのは止めて! 肝心な部分の説明を端折らないで!!
既存の魔法契約が解除される可能性があるから、俺との間にちょっと距離を置いて、リスクを管理しているという状況なんでしょ? きちんと周りに説明してあげてね。
こえーっ、超怖えよ、妖精。
俺を社会的に抹殺する気かよ。
やる気満々か?! 殺す気満々なのかよ?!
目の錯覚かな? なんだかもう、風妖精がドスを舌舐めずりしてるチンピラにしか見えなくなってきたぞ。
世間的なおじさんの弱点をピンポイントで突いてくるつもりだよ。
……これか、こういう意味なのか? 妖精のいたずら好きって。なんか悪意をひしひしと感じるんだけど。
えっ、違うの!? まじな話?
『つうか、大丈夫なの? 俺と話してても……なんだかんだ俺の思念読んで、がっつり話してるじゃん!』
『あははは……けっこう平気みたい。つうか、あきらめた』
おいおい、そんなあっさり諦めんなよ。
いつの間にやら近くまで戻ってきて、あっけらかんとしている妖精に、なんか無性に腹が立ったので、少しの間、睨みつけてやる。
『えへっ、あたし、エアリエル、よろ? ……しく……あっ! スプライト、よろしくね! はいはい、スプライト、スプライトですよ』
なにかを口走った後、慌てて訂正してきた羽妖精。
訊き返すと、スプライトというのは、この羽妖精……いや、風妖精シルフの通り名だそうだ。
そう、こいつったら、契約者にしか明かさないはずの【真名】を通り名と間違えて、うっかり明かしちまいやがったんだと思う、おそらく。
通常であれば、契約者としか話せないわけだから、油断したのかもな。
それにしても、大丈夫なのかよ? こいつ。
普通のファンタジーなんかだと、真名を他者に知られると、相手に心を支配されたりとかするんじゃねえの?!
まあ、とりあえず、聞こえなかった振りしてやったけど。
また後で、『大事なものを奪われた』とか言い出しかねないからな。
んっ! ……わざとか!? わざとなのか?! これもわざとだったりするのか?
くそっ! こいつの場合、どっちだか分からんな。
あれっ!? ちょっと待てよ……魔法契約者しか妖精と話ができないって、言ってなかったか?
「えっ!? あれあれ? だったら、聖樹様って、妖精エルフなのに、なんで俺やレイノーヤさんと話ができてたんだ?」
いつの間にか、口をついて出ていた疑問に対して、レイノーヤさんが答えてくれた。
「ああ、それはですね。あの最奥の間が特殊なのです。妖精であるエルフ様が、我々のような肉体を持った下々の者とお話しになるために、誂えてくださった謁見のための間ですから。我々もエルフ様の御声が拝聴できて、奏上すらもできる特別な部屋なのです」
へえ~、聖樹様たちエルフとは、あの部屋でしか話せなかったというわけか……ふ~ん。納得。
特別な場所だったのね。
あ、そういえば、妖精って、特定の場所に縛られるって言ってたもんな。聖樹様も世界樹から離れられないということか。
スプライトも妖精だから、この地に縛られているのかと訊いたら……。
『ふんっ! あたしは風妖精なのよ。大気があるとこなら、どこでも行けるわ』と、ちっちゃなくせに偉そうに宣ってきた。
属性を司ると謂われる四大妖精クラスは、土地の性質的な縛りはあるものの、かなり広範囲に出没できるらしいのだ。
『シルフともなると、大気のない【虚空】か、水の中以外なら、どこでもへっちゃら。あはは、まさに天空の覇者なのよ』
だとよ……たぶんだけど、話の感じからすると、虚空とは宇宙空間のことだと思う。それよか、てめえ、ちゃんと端折らずに喋れるんじゃねえかよ。
『なんか文句ある? 空気止めたろか』
あはは、なんか懐かしい。
でも、こっちの世界にも、事ある毎に「なんか文句ある? 琵琶湖の水、止めたろか」とか言ってくる滋賀県民みたいな人がいるんだな。
元の世界なら、『滋賀県民か!』って、ツッコミを入れたいところだ。
だから、そこっ! 『つっこみ入れたい? なにを? どこに?』とか、言わないの。また、レイノーヤさんに誤解されるでしょうが。
滋賀県民とか琵琶湖とかは、確かにわかんねえだろうけどよぅ。
それだと、ねっ、ほらっ、ナニをあそこに突っ込みたいみたく聞こえちゃうから。
「てめぇ、本当はわかってて、やってんだろ」
『てへ、スプライト、わかぁんなぁ~い』
くっ、こいつのせいで、大切な魔術演習の時間が、時間が……尽きた。
レイノーヤさんだって、暇じゃないんだよぅ。
俺のために貴重な時間を割いて、午前中、講義してくれているというのに……。
魔術の実践は翌日への持ち越しとなってしまった。
とほほだよ……こんな漫画的なベタな表現でこぼす日が来ようとは……。
でも、いつの間にか、暑苦しさだけは和らいでいた。
夜は相変わらず長い……。




