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20話 こっぴどく叱られちゃいました

 更に翌朝、この世界に迷い込んで五日目──エルフの郷の館で食事付きで、もう四泊もお世話になったかと思うと、さすがに心苦しい気持ちでいっぱいになってきた。


 早々に御恩を返しておきたいという思いから、せめてレイノーヤさんにこれまでお世話になったことに対する感謝を伝えておきたかったのだけれど……。


 きょとんとして、なんとも感じていない印象だった。


 言語翻訳の関係で上手く表現が伝わっていないのだと思って、更に丁重に礼を述べてみると、「……なぜそれほどまでに感謝されているのかが全く理解できませんが」と、心底不思議がって、小首をかしげてしまっている。


 なんか、すみません。悩ませてしまったみたいで……。


 ここで、ふと思い浮かんだのが、ウッドエルフと人の寿命の差だ。


 彼女らの平均寿命は、およそ一千歳もある。


 人族の十倍の時を生きる彼女らにとって、四泊のお世話とは我々が数時間軽く付き合った程度の感覚なのかもしれないと。


 逆に考えると、こちらが目一杯努力して奉仕したとしても、これほど寿命が長い方たちからしたら、いかほどに感じるのだろうか? ……少し不安になってくる。


 これとは反対に、平均寿命がこちらよりも圧倒的に短い種族に対して施した行為が、一体どれほど感謝されるのだろうかとも想像したりと。


 こんな打算的な自分の根性に、ほとほと嫌気が……。さもしい。なんで俺はいつも……。


 とはいえ、そうなると、中途半端な仕事をしては、かえって迷惑になるだろう。ここは早急な恩返しはひとまず我慢して、今はできるだけ知識や力を蓄えることに専念した方が良さそうだ。


 受けた恩以上に礼を返すことは難しいかもしれないけど……まあ、がんばるしかない。


 そんな自分の非力さに落ち込む俺とは対照的に、レイノーヤさんは相変わらずのやる気満々状態だった。


 俺にレクチャーする必要性からか、エルフの方々より秘匿ひとく事項を教えてもらっているらしく、それがまたはげみになっているようでもある。


 さあ、昨日に引き続き、レイノーヤさんの講義が始まった。


 女教師風のクールな見た目に反して、説明に熱がもりすぎて、宗教観増し増しで、分かりにくかったため、今回も頭の中で置き換えて要約してみる。


 妖精の森の中にあって、特に【虹色の園】と呼ばれる聖域は、昔から水妖精、風妖精、土妖精に好まれる地のようだ。


 それもそのはず、というのも虹色の園というのは、世界樹が大地にそびえ立つ正にその幹の周辺区域だからだ。


 聖樹様からも聞いたが、世界樹を目指して、続々と精霊も集まってきており、今や虹色の園は精霊までもがあふれかえっている状態らしい。


 精霊の形状はいずれも同じみたいだが、色違いが存在しており、青、緑、黄、赤、白、黒とそれぞれ違う色に光っているため、見た目で判別できるようだ。


 ただ白色と黒色に光る精霊の数は、他の四色に比べて少ないと報告されている。


 ここで問題となっているのは、精霊が世界樹を取り囲む形で滞留しているということだ。


 以前、聖樹様がおっしゃっていた精霊による世界樹への悪影響という話になった。


 これには世界樹による霊魂の輪廻りんね転生が大いに関わってくる。


 世界樹には、この世界における生物の霊魂を循環させたり、浄化したりする役割を担っているとの言い伝えが古くからあるそうだ。


 この世界で生き物が死んだ場合、その肉体から離れていく霊魂を視認することができるらしい。


 とはいえ、あくまでも、それは霊魂と精神体のみで構成される妖精や、その妖精の影響下にある魔法契約者であればこそ、という話のようだが。


 当の妖精たちには、死後の霊魂が世界樹の根に吸収されていくのを実際に目で見て確認できるとか。そのため、妖精社会はもちろんのこと、エルフの従者的位置付けであるウッドエルフ社会であっても、霊魂の離脱が常識とされている。


 ただし、根といっても、土の下で水分を吸っている細い根から霊魂が吸収されるのを確認したわけではなく、地表から露出している太い根茎の部分でのことのようだ。


「根を掘り起こして確認はしないのですか?」と相手の宗教観も考えずに何気ない質問をしてしまったら、「世界樹の根を掘り起こすなど、もってのほか──」と、ことのほか厳しく注意された。ええ、延々とこっぴどく叱られちゃいました。女教師フェチではないんですけど……目が、目つきが。これか!? これなのか?


 いや、すまん。話を戻さないと……うん。


 とはいえ、それでも地面に浸透していく霊魂も確認されているため、地中の根でも吸収されているのはほぼ間違いないようだ。


 世界樹はその名に違わず、世界中に根を張り巡らせているという。そのため、どこにあっても死後の霊魂は死者のすぐ近くにある世界樹の根に吸収される──霊魂がさまよわずに昇天できるのは、世界樹の御陰というわけだ。


 これなら世界樹が信仰の対象となるのも、確かに頷ける。


 ただ、ここからの続きの話はどこまで信じていいのやら、ちょっとおとぎ話的な感じの話になってくる。


 吸収された霊魂は世界樹の中を流されて、いずれ葉っぱに溜まる。


 霊魂は上空にある葉の中で、長い間、日の光を浴びて、ゆっくり細かくされ、月の光を浴びて、次第にやされていく。


 それゆえ、世界樹の樹液には、霊魂を癒やす力が備わっているというなんともロマンチックでファンタジックな内容の話だった。


 そうやって清められた霊魂は、根を通じて土に戻されるというのが、この世界で信じられている輪廻転生的な考え方だ。


 そういうこともあって、この世界では土葬が禁忌きんきとされている。腐った肉体に霊魂を宿らせようとする行為と同義となるために。


 実際、過去には土葬によってアンデッド化する例が後を絶たなかったようだ。その経験から今では火葬しか行われていないらしい。


 ここで精霊の話に戻る。


 虹色の園にいる精霊の中のごく一部ではあるが、世界樹の幹に沿って、そのまま空へ上昇を続けていくものがあることが最近になって確認されたとのことだ。


 ただし、それでもほとんどの精霊は虹色の園に滞留したままであり、過度に集まってしまった影響からか、この世界の霊魂を循環させている世界樹内の樹液の流れも悪くなっていると、エルフ様方がおなげきになっているそうだ。


 そのため、精霊の移動を促すように、風妖精や火妖精の加護持ち達が物理的に風の勢いを強めたり、上昇気流を発生させたりと、いろいろと試してはいるが、あまり目に見えた効果は出ていないらしい。


 そこで出番となるのが、はるか昔、古い記録ではあるものの、精霊を鎮魂ちんこんさせたという実績のある迷い人というわけだ。


 もちろん、俺じゃないよ……前任の迷い人さんの話ね。


 さて、俺に何ができるものやら、本当に何かの役に立つのかね?


 この日の講義は、これにて終了。


 明日からは魔術に関する実践演習がいよいよ始まる。


 正直、楽しみだ。


 気が高ぶっているせいもあってか、やはり今日は殊更、暑く感じた。


 夜になっても、まるで遠足を前にした子どもが興奮してなかなか寝付けないみたいだ……ああ、眠れない……相変わらずの自分にあきれる。


 夜は長く、今日も寝苦しい……。


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