2話 死んじゃうからね、普通
「やめろっつってんだろ! この馬鹿!!」
やっと立ち上がり、相手に聞こえるほどの大きさで、ようやく怒鳴ることができた。はぁ、はぁ、息が……苦しい。
「バカじゃない! なっ!?」
幼い子どものような反応を返してきた、赤い髪の女が、剣を振りかぶった状態のまま、こちらを凝視している? ──それも少し下の方を。
女の視線を辿って、下を向くと、自分が裸であることに気づいた。
えっ、まっぱ、なんで!?
かろうじて左肘の辺りに、ぼろ切れが残っているだけで、ほぼ真っ裸。
辺りを見回すと、少し離れた場所に、衣服らしき物が残っているのが、目に入った。
前を隠しながらも慌てて、服のあるところまで駆け寄ると。……良かったぁ! パンツとズボン、それに靴と腕時計も無事だ。
女の方を警戒しつつ、そそくさと、パンツに足を通していく。
なぜかその間も、女は俺が元居た場所を凝視したまま、何かぶつぶつと呟いている。
あぁ、なんだよ! やっぱシャツはお釈迦か。しかも、借り物の服なのにぃ。
くそっ! あいつが斬りかかってきたせいか。
着替え終えて、いつまでも固まっている女に対して、幾分か戻ってきた声で呼び掛ける。
「危ないだろ! 死んじゃうからね、普通」
びくっと一瞬、身体を震わせた後、女は再起動を果たしたようだ。
「……死んでないし……死ぬようにも見えない」
また幼稚な返しをしてくる──女の子にしては、やや背が高めの、髪を纏めた女。
「つうか、むしろ、ぴんぴんしてるし。傷だって治ってるし」
こんがりと日焼けした腕を、掲げるように振りかぶったまま、こちらを睨みつける姿──なにやら不満たらたらのご様子だ。
でも、確かに……身体だけは無傷なのに気づいて……愕然とした。
「あれ?! 斬られたよね?」
思わず洩れた呟きに対して、思いがけず、返事があった。
「ああ」
……なんか散々やられたけど……今は痛みの欠片すら、感じてない……あれっ!? あれあれ、いったいどうなってんの?
「必殺のぉ~」
「やめろって!」
再び斬りかかろうとしている女に、制止をかけた。
「魔王、死すべし!」──唾がほとばしるほど叫ばれた声。
「魔王じゃないけどね」
一応、冷静に否定しておく。
いったい何と勘違いしてるんだよ。
ん!? いるの? 魔王。いちゃうの?
「魔王、滅ぶべし!」──躍起になって、再び吠える声。
「人の話、聞けよ! まったく」
「おまえは人じゃないだろうが!!」
「人ですぅ!!」
剣を突きつけて、叫ぶ女に釣られて、つい、こちらもむきになって返してしまった。
「人にあんな膨大な魔力を扱えるものかっ!」
うん、もっともで~す。でもな──「できちまったんだから、しょうがないだろうがっ! そもそもが俺の力じゃねえし!!」
そう、そうなんすわ──精霊さん達の間に魔力が共鳴したような形で、勝手に魔法が連鎖反応しただけだ──俺が触媒のような役割になったかもしれないけど、ほぼ見惚れていただけだしな。
「な!? 借り物の力だと? 背後に……更に凶悪な存在が!」
……話にならねぇ。
「とりあえず、この近くに俺が今住んでる村里があるから、付いてきな。えっと……おまえ、名前は?」
しなやかそうな筋肉質な身体から、まだ警戒の色を見せ、面と向かって構えている女に、言葉を掛けた。
「魔王に名乗る名は無い! あっ、村人を人質に取るつもりか?」
くそ、埒が明かねえ。
とりあえず、名乗り合えば、人であることを意識させられるか?
「俺は伊藤 崇だ。えっと、【いとう】が家名で、【たかし】が名前。俺は名乗ったからな」
「ふん! (仮)魔王タカシ……なんちゃらよ。私は勇者、アリエルだ!!」
はぁ~っ、なんか(仮)が付いたし、名前もうろ覚えだし、自分で勇者とか言っちゃうのかよ。痛いやつ。
「村里の人たちに俺の素性を証言してもらうから、いいから付いてこい!」
説得を半ば諦め、言い放った後、俺は里へ向かって、先を歩き出した。
「嘘を言うな! この近くにはエルフ様の集落しかないはずだ」
確かにな。でも──「そのエルフ様の集落が俺の住んでるところ、な、ん、だ、よっ」
「はん! 語るに落ちたな。私でも門前払いなのに、魔族、ましてや魔王をエルフ様が受け入れるはずもない!!」
おまえなぁ。勇者とか自称してるから、逆に怪しまれたんじゃないの?
いい子だから──「もう、黙って付いてこい!」
「良かろう。だが、エルフ様に何か良からぬ事をしようとするそぶりでも見せたら、その場で叩き斬るからな!」
はい、はい。つうか、おまえ知らないの? ここはそのエルフ様にとっての、大事な大事な聖地なんだぞ。
あ~あぁ、こんなにしちゃってまあ……おまえの方こそ、袋叩きに遭うからな! きっと。
「はぁ~、置いてくぞ」
一定の距離を置きつつも、アリエルとかいう女も、なんとか付いてきてはいるようだ。
しかし、なんなんだ? この人の話が通じないお馬鹿さんは……。