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15話 部屋付きの方の名は

 そうそう、先ほどから部屋付きの方と呼んでいるのは、俺の身の回りの世話を担当してくださっているウッドエルフのレイノーヤさんだ。


 俺の世話を聖樹様より授かった名誉ある仕事として捉えているらしく、なんの手抜かりもないように、気を張っている感がひしひしと伝わってくる。


 凛々りりしくきびきびと歩く姿は、まるで軍人さんのような雰囲気すら感じさせた。


 早速、ウッドエルフたちが暮らしている里の中をいろいろと案内してくれるそうだ。


 というか、妖精であるエルフ様方の暮らしている世界樹の中には、人族はおろか、ウッドエルフであっても入れない。いや、入れてもらえないのではなく、そもそも、物理的に入れないようなのだ。


 エルフが世界樹の中に棲んでいるというのは、木の中をくり貫いた部屋があるわけではなく、木の中へ透過するような、浸透するような感じで、幹の中を自由に移動し、暮らしているという……そう、正にファンタジーだ。


 そのため、肉体を持つウッドエルフのレイノーヤさんも、世界樹の中が本当のところはどうなっているのか、よく分かっていないような印象を受けた。


 それでも、今はただ、「妖精エルフ様は、肉体という実体を持たず、霊魂と精神体のみの存在──これは神に近く、かつて神に仕えていた存在として崇められています」と、熱っぽく語るレイノーヤさんの話をただただ黙って拝聴するしかない。


 ん!? となると、俺の肉体が希薄なのは、この世界ではどんな捉え方をされるのだろうか? そこのところが少々気になってくる。


 とはいえ、なんだか、暗にエルフ様に近い扱いを要求しているみたいに取られかねないので、迂闊うかつに訊くに訊けないけど。


 そういえば、しばらくレイノーヤさんと会話している内に、少し分かったことがある。忘れない内にちょっと整理しておこう。


 まず、教えてくれたことは、この集落は【エルフの郷】と呼ばれているということだ。


 世界樹をようし、様々な広葉樹がい茂る【妖精の森】という名を冠した森の真っ直中にあるらしい。


 【世界樹】は、エルフやウッドエルフにとってだけでなく、この世界の人々にとって、御神木ごしんぼくあがめられるほど大切にされている存在だそうだ。


 その世界樹の中にみ、中から管理するのがエルフ様だ。


 一方で妖精の森を管理し、外から世界樹を守るのが、ウッドエルフの大切な役割なのだという。


 といっても、妖精の森には常に幻影の結界が張り巡らされているらしく、警備の手間は掛からない。


 ごくごく稀に森の奥まで侵入してくるのは、人族の子どもくらいなものだそうだ。


 それゆえ、普段は侵入者に対する見張りはしておらず、森の管理のついでに辺りを見回りしてくる程度らしい。


 ただし、定期的に森におもむき、樹木や下草の手入れをしつつ、自然界のバランスを考慮して、動物たちの間引きはしているようだ。


 エルフほどでないにしろ、その血脈にあたるウッドエルフも相応に長生きとのことで、なんと平均寿命が千歳ぐらいなんだと。


 普通ならなんともうらやましい限りとでも思うのだろうけど、俺では絶対に持て余す。かえって気の毒にと思わずにはいられない。


 それにしても、人の十倍くらいの寿命なわけだから、見た目年齢を十倍してやれば、おおよその年齢が分かるのかもしれないけど……。


 ただこの里で見かけたウッドエルフって、今までずっと女性しかいなかったから、歳を訊くことははばかられたのだ。


 まあ、それはともかく、会話に関する検証でなかなか面白いことがわかった。


 聖樹様との間とは違って、俺とレイノーヤさんの間では念話ができなかったのだ。


 妖精と違って、ウッドエルフは念話ができないらしい。


 というか、そもそも、実体としての肉体を持つ種族間全般で、念話など成立しようがないと言われた。まあ、そりゃ、そうか。妖精が特殊なんだもんな。


 それはともかく、ウッドエルフであるレイノーヤさんと会話する際には、言葉ではっきりと発音しながら話すことが必要なことがわかったのだ。


 これがなかなか不思議で、お互いがお互いの母国語を話す形になる。


 相手が発音した言語をこちらが聞き取ろうとすると、瞬時に日本語へ変換された意味が頭の中にするっと入ってくる感じ、とでも表現すればいいのだろうか。


 レイノーヤさんにも訊いてみると、彼女としても、言語は違えども同じような感覚であるらしい。


 とにかく、相手の言わんとするところを聞き取ろうとする意志が大切なようだ。


 翻訳の仕組みは全く想像だにできなかったけど、同時通訳なんかよりも迅速じんそくで、意味的にもこなれている。こんなにも確実な意思の疎通そつうができているのは、すごく重宝する。本当に便利!


 もしも、これができないとなると、この世界の今まで聞いたこともない発音の言語を一から習得しなければならなかったわけで、四十過ぎの身としては、ほとほと困り果てていただろう。言語翻訳機能様々である。


 いったい全体どうしてこんなことができるのか? 今もって謎のままなのだが……。


 小さな集落だけに説明してもらえることもすぐに無くなって、見て廻るものもほどなくして終え、元の館に戻ってきてしまった。


 どうやらレイノーヤさんは他に用があるらしく、彼女とは館に入ってすぐに別れた。


 他にやることもなく、行くところもないので、自分にあてがわれた部屋へと戻る。


 部屋に一人で居ると、いつもながらどうにも考え事にふけってしまう。


 窓から集落の様子を眺めていると、ウッドエルフの数がやはり少ない気がしてきた。


 この集落の規模に比べると、管理すべき妖精の森があまりにも広すぎるのではないかと感じたのだ。


 妖精の森が全体でどれくらいの広さなのかはもちろん知らないのだが、それにしても、俺が現れた場所からこの集落まで見てきた範囲だけでも相当な広さがあった。


 この集落のウッドエルフだけで管理できるとは到底思えない。


 いや、もしかすると、こうした集落が他にも点在し、管理を分担しているのかもしれないけど。


 とはいえ、その辺は俺には関係ないことか……どうやっても森の管理のお手伝いが俺に務まるとも思えないしな。


 まあ、ウッドエルフの数が少ないのは、長生きなせいでもあるか。やはり繁殖する必要がそれほどないのかも。


 う~む、なにもすることがないと、どうにも落ち着かない。どうにも益体やくたいもないことばかり考えてしまう。


 なにかお役に立てることでもあればいいのだが……。


 明日にでも、レイノーヤさんに相談してみるか。


 それにしても、今日も里の昼は蒸し暑かった。


 相変わらず、飯は旨いが……旨すぎるゆえに、居候いそうろうの身としては余計に肩身が狭く感じる。


 ──そして、思いの外、日が落ちた後の里は暗い……それにも増して、静かすぎる夜が長い。


 常夜灯のような一粒の暖かみのある光だけが、俺の心をほんの少しだけ落ち着かせてくれていた。


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