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14話 わんこ蕎麦みたい

 翌朝、目覚めて早々、見知らぬ天井に戸惑いはしたものの、エルフの郷にある館で一晩ご厄介やっかいになったことを思い出し、ほっと一息ついた。


 とりあえず、朝の一服と思ったものの、煙草とはいえ、火を扱うことがエルフにとっての禁忌きんきに触れるかもしれないと思い直した。しばらく様子が分かるまで喫煙きつえんは控えるとしよう。


 代わりに窓を開け、朝のきれいな空気を吸い込んだ。自然豊かな地であるだけに、空気にも新鮮さが感じられた。かすかな葉の香りがさわやかだ。


 元々、俺の煙草は、会社内で他部署の人との交流の機会になればと始めたものだけに、余程ストレスがかかっていなければ、それほど吸いたいとも感じない。


 周りからはチェーンスモーカーだと思われていたようなふしはあったが、実のところ、あれだけ吸っていたにもかかわらず、なぜだか俺はニコチン中毒にはならなかった。


 禁煙中でも中毒症状で手が震えるなんてことはもちろんないし、少し口がさびしくなる程度だ。


 ともかく、この異世界にあっては、好きな香りの煙草が簡単に見つかるとも、手軽に手に入るとも思えない。結局のところ、吸う機会は減ってくるだろう。


 病気になっても、文無しの俺が異世界で医者にそうそうかかれるとも思えない。いい機会だから、この際、また禁煙でもしてみるか。


 そうこうしている内に、部屋付きの方から声を掛けられ、互いに挨拶あいさつわした後、朝食を取るため、食堂へと案内される。


 廊下を歩いて、食堂に向かっていると、奥の方から焼きたてパンのいいかおりが漂ってきて、なんとも食欲を誘う。


 そういえば、一昨日の昼飯を最後に、ほとんど何も口にしていなかった。


 昨日などは保護された後、里へ向かう途上の休憩中にも、ウッドエルフのリーダーから水を勧められたりもしたが、飲み慣れていない水にあたるのを警戒して、固辞していたしな。


 こんなにも長い間、水すらも口にしなかった経験は、これまで無かったはずだ。


 それなのに、のどかわきはさほど感じていない。


 おなかも程良く減っているくらいで、体調的にはすこぶる万全だ。


 これほど肉体的に調子のいい朝を迎えられたのは、いったい、いつ以来だっただろうか?


 朝食の匂いに誘われるようにして、木の食卓につく──巨木を縦に真っ二つに割り、その平面をテーブル面とした見事な丸太で作られた食卓だ。


 出された料理は、食欲をそそる匂いばかりか、見るからに彩りのバランスも優れ、目をも楽しませてくれるものだった。


「いただきます」


 手のひらを合わせて、目をつむり、料理にありつけた感謝として、軽くお辞儀をした後、一口運んでみると……旨っ!! なんじゃこれ?! うっひゃーっ、それはそれはも言われぬ幸せな味わいが口いっぱいに広がってくる。


 その後はひたすら、幸せな薫りと味を逃さぬように、一口一口、丁寧に味わっていくしかなかった。


 ──気がつくと、ほほにすっと冷たいものが伝わっていく……。


 はあ、生きてて良かったぁ。これだけで異世界にやってきた甲斐かいがあった。


 そんな想いに満たされた素敵な朝食の余韻にひたっていると……。


 なぜだか、追加でお代わりがやってきていた。


 それほど空腹といったわけでもなかったのだが、それでもこの美味しさだ。このくらいの量のお代わりなら、まだまだいただける。というか、ありがたい。


 ……ふぅ、旨かった。んっ!? いや、なんかまたお代わりが──その後、次々と山盛りで出てくるお代わり!? なんだか途中からわんこ蕎麦そば状態になっていた気もするが……。


 あれっ!? 欠食児童とでも思われちゃったか?


 散々、食った末、さすがにこれ以上は料理に対する冒涜ぼうとくになりそうな気がしたので、ストップしてもらった。


 最後は戦場と化していたような炊事場すいじばに顔を出し、美味しかった食事に対する感謝を伝える。あいにく言葉しか持ち合わせがないので、せめて心だけでもと思って、できるだけ誠意を込めてお礼を言った。伝わるといいけど。


 満腹の腹を押さえ、部屋付きの方と共に自分にあてがわれた部屋へと戻った。



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