136話 誰だよ?三日で飽きるなんて嘘吐いたの
そんなこんなでクソ分隊長に紹介された宿であったが、予想外になかなか良さげな雰囲気だった。
アンバサダーガードが下町出身者で構成されているためか、極端に高級宿というわけでもなく、俺としては気兼ねしないで済む分、ほどよく寛げそうな感じがする。
どうやらスプライトも気に入ったようだし、この宿で問題なさそうだ。
南門周辺とは違って、この辺りは五階建てやら、六階建ての建物が連なっているが、逆に間口は比べようもないほど狭い。
まあ、日本人の俺からすると、東京で見かけるような狭小住宅よりは余程広いくらいなのだが。
アーチ状に積まれた煉瓦が、歴史のある古い教会や城などをイメージさせる──宿の開口部を通り抜ける。
清潔な印象を受けるエントランスホールを横切って、おしゃれな制服を着たホテルマンが立つフロントへと向かった。
フロントで部屋の空き状況を確認してもらうと、ツインルームの空きがあるというので、旅の疲れを考慮し、七泊分の料金を支払って、泊まることにした。
指定された俺たちの客室は三階の角部屋だった。
……フロントの人は何も言わなかったけれど、もしかすると、少し気を使ってくれたのかも……こんな美人を連れてるならと。俺には必要のない計らいだけに……ちょっとへこむ。
本来なら、スプライトをぐちょんぐちょんのねちょんねちょんにしてやりたいところではあるが、今日のところは許してやろう。いつかいつの日か、元気になった暁には……。
まあ、身体が元に戻ったとしても、結局はヘタレちまう気もするけどな。
まあ、それはそれだ……新しい宿に泊まるとなると、シェルタードームに泊まるのとは、これまた趣が違う。
なにせ、柔らかいベッドのある部屋に一緒ってだけでも、ちょっと心が躍る。
誰だよ? 美人は三日で飽きるなんて嘘吐いたのは……未だにどきどきして、落ち着かねえぞ。危うく騙されるとこだったぁ。
どうせ、そうやって誰かが手放した美人を自分が手に入れようとする魂胆だったんだろうが! けど、俺は絶対に手放さんからな。これは俺んだ! 誰にも渡さん。
「もう、いい加減にして……はずかしいよぉ。恥ずかしいったら……ばかっ……もぅ、ほんとに、ばかぁなんだから」
あれ!? またダダ漏れてたか。くっ、いっこうに思念を閉じられるようにならねえなぁ。
それにしても、街中でのスプライトのボンデージ系革鎧とホットパンツ姿がよろしくなかった。
俺が見たかったばかりに放置していたが、他の男共だって見たいに決まっている。そんな当然なことは気付いて然るべきだった……せめて、革鎧の方だけでも、通常モードに戻しておくべきだったのだ。
野の魔物を警戒するあまり、街の野獣の警戒を怠るとは、保護者失格だ……要らぬ危険に晒してしまった。
とはいえ、こと情報収集に関しては、思いの外、スプライトの存在が有効であることが証明されてしまった。これを使わないというのは惜しい。でも、なんか口惜しい。
少し気持ちを落ち着かせよう……うん、スプライトがいる限り、それもなかなか難しいけど。
「……えっ!? おっ、ああ、どうもありがと」
落ち着かない落ち着かないと、じたばたしている俺を見かねて、どうやらスプライトが気を利かせて、紅茶を淹れてくれていたようだ。全然気が付かなかった。
それに、これって、俺が前に作ってやったティーセットだよな……ユタンちゃんに色付けされて、随分とかわいらしくなっちゃってるけど。
ふぅん、余程気に入ってくれてんだな。街の中までリュックに入れて、持ち運んでたなんて。
まあ、時間もまだ正午前だし、ともかくこれ飲んで落ち着いたら、昼飯も兼ねて観光にでも出かけるとしよう。
紅茶を飲んで、ほっと一息──。
旅装束を解き、街中でも目立たないような服装に着替えて、フロントのある一階まで降りていった。
ホテルの従業員に昼でもやっている食事処を教えてもらおうとしたのだが、少々聞き方が悪かったようだ……あからさまに怪訝な顔をされてしまった。
「えっと、アンバサダーガードが立ち寄らないところと言ったのは、なにも悪いことを企んでいるわけではなくてですね……えっと、こんな年頃の娘を連れているからでして……その何かと彼らには刺激的すぎるきらいがあったものですから」
「あぁ、申し訳ございません。どうも勘違いしていたようで。はい、お気持ちは十分理解できますとも。そうですねぇ、それではこちらの店などいかがでしょうか? ──」
さすが大都市のホテルだ。こういったことを訊かれるのは日常茶飯事なのか、簡易的な街路図にアットホームな感じのかわいいイラストが書き込まれた地図を取り出してきて、説明してくれる。
俺がこちらの文字が読めないとわかると、すかさず指で一つ一つ指し示しながら、店の様子や出される食事内容などを補足しつつ、丁寧に教えてくれた。
最後には「申し訳ございませんでした。お客様に疑いの目を向けてしまったお詫びとして、こちらの地図は差し上げます。どうぞお許しください」と言ってきて、案内図まで差し出してきた。
イラスト中心の地図でもあるから、俺にも何かと役立ってくれそうだし、ご厚意に甘えることにした。
さて、まずは腹拵えからだ。
いろいろと教えてもらったので、スプライトとユタンちゃんにどんなものがあるのかを説明しながら、どれが食べてみたいかを聞いてみた。
「よし、わかった。それならこの店がいいかな。あっちの方みたいだぞ。えっと……ユタンちゃんはどうしようか? ユタンちゃんなら踏まれることはないだろうけど、大きな街だから往来も前の町よりもずっと多いし、迷子も心配だしな」
「なら、ユタンはあたしがだっこしていくよ。いいわよね? ユタン」
「おまかせ」
抱き上げられたユタンちゃんを見て、ちょっと気になった。
「ありゃあ、その靴、だいぶ傷んできちゃってるなぁ。まあ仕方ないか。結構な距離歩いてきたもんなぁ」
「差し出がましいようですが、お客様。それでしたら、この街は製靴の街としても有名でございまして。その靴というのも半妖精たちが作る靴でございます。当然、そちらの小さなお嬢様に合う靴がご用意できる店もあるかと存じますが」
「へえ、半妖精の作る靴ですか? それは丁度いい。いろいろと教えて頂いて、ありがとうございます」
「いえいえ、これもサービスの一環ですので、お気になさらず。ちなみに靴屋はこの辺りにありますので」
「そうですか、どうもです」
「はい。またいつでも気軽にお声掛けください」
にこやかに微笑み合って、ホテルを後にする。




