13話 この毒はどうでしょうかね?
〔側近エルフ side〕
迷い人が現れてからというもの、聖樹様の御様子がおかしい。
初対面から強烈な威圧をお掛けになった後、無言で相対していらっしゃるのかと思えば、最初からずっと念話で話しかけ続けていらしたのに気づいた時は、誠に驚きました。
何か深い思惑があって、計略でも仕掛けておられるのかと傍観していれば、まさかの悪戯……。
まあ、あれほど可愛いらしく御話しする御声を拝聴することができたのは重畳でしたがね。
でも、いきなりあれほど気を御許しになるなんて。
なにやら、迷い人とやらは念話での遣り取りの最中に、思念で聖樹様を褒めちぎっていたようでしたが……。
それにしても、あれほど無邪気な笑顔を見せる聖樹様をわたくし達でも拝見したことはありません。
あれは誠に良い仕事でした。
内密にですが、褒めて差し上げましょうかと思っていたのですが……くっ。
しかし、あの聖樹様から直接、念話のコツを伝授される、なんて! なんとも羨ましい限りです。あやつを殺してしまいたい。
ふん、勘違いされては困りますよ。念話中に思念を漏らすなどと、子どもでもあるまいし……ふっ、当然のことながら、念話のコツなど承知しておりますとも。
ですが、ですが……聖樹様から手解きを受けられるなどと……そのようなこと自体が身の程を弁えぬ勿体ないことだと申しておるのですよ。
しかも、言うに事欠いて、聖樹様に対して恐れ多くも非礼を指摘するなど、言語道断! それこそ胴を切断してやろうかと……やはり廃棄処分にすべきですね。
あのときだって、同僚の制止さえなければ、間違いなく、実行していたことでしょう。
さて、この毒はどうでしょうかね?
『痛いっ、本当に痛いから、もう止めて! もう、しないから! なんなんですか? 加減をなさい……いや、してくださいませ』
もう、そういつまでも睨まないでくださいまし。ただ、あやつを殺す算段を改めて整えてただけでしょうに……それにしても、なぜ分かったのですか?
……いや、話が逸れましたね。
まあ、それはともかく、今回の聖樹様の御失態は先任様・先々任様に全て抜かりなく報告させていただくつもりでおります。
なんですか? 『聖樹様親衛隊特認別動隊の貴方が告げ口のような真似をなぜするのか?』ですって。
ふっ! 知れたことを。そんなもの、決まっているではありませんか。
先任様達の叱責をお受けになっておられる時の聖樹様こそが垂涎ものなのです。
聖樹様が円らな瞳に御涙をうるうるさせて、精一杯に堪え忍ぶ御顔を拝見できるのですから。
ふふふふ、その愛らしさといったら、それだけでお代わり何杯でもいけますわ。
もっとも、純粋な妖精である高貴なエルフのわたくしが、食事などという外界の下賤の者のような行為をするわけもなく、単に視聴するだけではありますが……まあ、気分の問題ですよ、気分の!
三聖樹制が採用されて以来、初の未成年聖樹──それが我らが麗しのファトゥム様です。
千五百歳という御若い御歳にもかかわらず、制度の枠をはみ出して任命された逸材中の逸材なのですよ。
さあ、さあ、神の裁きファトゥム様の前に跪きなさい! あーっはっはははぁ。
ファトゥム様と先任様は同格である聖樹様同士。本来は優劣の差など無いのですが、いえいえ、もちろんファトゥム様の方が本質的に勝っておられるのですが、さすがに未成年ということもあって、見習いが取れるまでの間、まだ先任様の教育を御受けになっている真っ最中の御身分なのです。
でも、間違いなく、未来を担う御方、エルフの星なのは間違い御座いません。ええ、そうですとも。
それにしても、迷い人と御話をすればするほど、あどけなさと愛くるしさが倍増してくるように感じたのは気のせいでしょうか?
も、もしや、聖樹様、恋をしていらっしゃいませんこと?
どこをどう見ても、恋する乙女にしか見えないのですけど……くっ、眩しすぎます! これではわたくしの身が保ちませぬ。
くぅっ、あのようなお人好しを装った人族ごときに騙されるなんて、もぉぅっ、そういう可憐で純真なところも、また愛おしいのですが……。
そうでした、そうでした。最後の最後に迷い人の視線から逃げるように世界樹の中に御隠れになったところなんかも……ふふふ、それはそれは御可愛らしかったのですよ。
でも、聖樹様、乙女として、ぐふふ笑いだけは頂けませんことよ。
ほらまた、先ほどのことを思い出してぐふふ言ってます。あらっ! 涎まで垂らして。
ふふふ、これも貴重なので、しっかりと記憶に収めさせていただきます。本日もごちそうさまでした。




