128話 朝飯は……あさ、めし!
食事が終わって、まったりとした時間を過ごしている。
紅茶をすっかり気に入った様子のスプライトが、さっき用意してやった魔法瓶から、ティーポットへ熱湯を注ぐ。
時間を少し置き、程良く茶葉を蒸らしてから、みんなのカップに注いでくれた。
なんですかな? この充実感というものは。
家庭持ちの連中は、こんな感じで普段の疲れを癒していたのか……うん、いいな、なんかこれって。
誰もが羨む美人でしっかり者風の奥方と、かわいい子どもはんのおる家庭……風妖精と半妖精だけに。
ふふふ、前の世界にいた頃には、想像すらできなかったな。
いいのかな?! こんな幸せで……幸せすぎて。
さて、もう寝る時間か。うん、夜が近づいてくると、どうにも不安になっていかんな……。
──今日も昨日と変わらない朝がやってきた。
一晩中シェルタードームの分厚い壁に囲まれていると、どうしても閉塞感が否めない。夜の内は外敵から守られている感じを与えてくれるのだが……。
室内の空気に関しては、しっかり循環させているから、空気が悪いとか淀んでるということもないはずだけど、こうやって外に出てみると、開放感が全く違う。
早朝のまだ冷ややかな空気が、肺に染み渡ってくる。
そういえば、煙草が切れてから、もう随分と経つ……それなのに、ちっとも口が寂しくない。今回こそは本当に止められそうかな。
随分と言えば、旅の行程も予定よりもだいぶ速いペースで来られているようだ。おそらくもう何日もしない内に、街へ着けることだろう。
これなら食料を追加で現地調達する必要もなく、このままで行けそうだ。
物々交換とかの可能性も考慮して、かなり多めに仕入れてきたのだけれど、これまでの道中、交渉する相手を探すのにも苦労しそうなほど閑散とした有様だった。
それに、結局のところ、結構なハイペースで食べてきてしまったから、かえって量としてはちょうど良かったくらいだ。
旅のリスク管理で必要だった事とはいえ、食料を無駄にすることがなくて、本当に良かった。
道中、ユタンちゃんが卵やキノコを見つけてきてくれたお陰で、予定になかった料理も作れて、俺自身も楽しめたしな。
さて、朝飯は……あさ、めし! ……そうだ、御飯物にしよう。
ただ手持ちには長粒米しかないから、炊いてそのまま食べるとなると、合わせるおかずが……。
いや、炒飯だ。炒飯がいい。それなら、長粒米を食べ慣れてない俺でも、違和感なく、美味しく食べられるはずだ。
米を炊くのにも、土鍋があれば、充分だしな。
なにせ、炊飯器が壊れてからというもの、ずっと家でも土鍋で炊飯してたくらいだ。使い勝手も十分承知している。
以前は、高機能が謳い文句の馬鹿高い炊飯器をよく買っていたけど。
ただ、すぐに内釜の部分が傷ついて、内釜だけ買い換えようと思っても、それすらもかえって高くつくくらいだったから、結局のところ、別の炊飯器を丸々買い換え続けていた。
そして、あのときは本当に壊れた。
それまで鍋焼きうどん用にしか使ったことがなかった土鍋──飲んだ後、酔い醒ましに何かないかと思って、偶々立ち寄ったコンビニで見つけた一人用の土鍋──を使って、米を炊いてみようと、そのとき、ふと思ったのが大正解。
今思えば、最初はたまたま成功しただけだったのだが、思いの外、これが美味しく炊きあがったのだ。
今でもその味を鮮明に舌が覚えている……今まで高い金出して炊飯器買ってたのは、なんだったのか? という思いと共に。
その後、何回か失敗することもあったし、少々面倒なところもあったりするから、俺みたいに意地にならなければ、確かに炊飯器を使用した方が楽には楽だ。
でも、きっと、周りが抱いている印象よりはずっと簡単にご飯が炊けるはずだ。
さて、料理を始めようか。
まずは米を研ぐ。
といっても、これは前の世界と違って、この世界の精米技術が少し甘いからだ。
玄米の表面というのは、米を乾燥から守るための脂肪分を多く含んだ糠で覆われている。
米を研ぐというのは、こうした糠が付いた玄米同士を擦り合わせて、表面の糠を削る作業でもある。
ヤスリで物を研ぐのと一緒……だからこそ、研ぐというわけ。
もし玄米を炊くのであれば、こうしてしっかりと研いでやらないと、脂が水を弾いてしまって、米の中に水分が入りきらず、米が十分に膨らんでくれない。
玄米はきちんと研いだとしても、その後、十時間以上水に漬け置きしないと、充分に水分を吸ってくれない。それほど、糠の脂が水を弾く力は強い。
玄米でなくとも、糠を残す分づき米では、まだ表面に糠が薄く残っているので、米を研ぐ必要がある。
ただし、スーパーで売られている白米は、精米によって、この糠を完全に落としきってあるので、研ぐ必要なんて全くない。というか、白米を研ぐと、米が割れて、炊きあがりが悪くなってしまう。
白米の表面に付いているかもしれない精米時の汚れ滓を軽く洗い流してやる程度で充分だ。
白米を研ぐというのは、精米していない玄米やつきの薄い米を食していた時代の名残に過ぎない──これも本来の意図が伝わらずに、もう不要となったやり方だけが残ってしまった悪い例の代表と言える。
子どもの頃に誰でも感じる「なんでお米は研ぐって言うの? 洗うんじゃないの?」という当たり前の疑問に対して、そのまま放置してしまった結果だ。質問された大人も、疑問を抱いた子ども自身も。
なんであっても、疑問に感じたことは、きちんと調べられるときに調べた方がいい。
今はスマホで簡単に調べられるようになったんだから、昔よりずっと簡単だろ?
……異世界に来て、調べものをするのにも困難な状況に陥っている俺が言うのだから間違いない。
ん!? またやっちまったか……納得がいかなかったことを思い出すと、どうにも感情が抑えきれなくなっちまう。ふぅ、やれやれだ。




