123話 あれっ!? 濡れてない?!
さて、旅もこれで三日目に入った。
当初、徒歩で十日ほどの距離だと教えられていたのだが、俺たちはほぼ普通の旅人の二倍のスピードで進んでいることが昨日判明している。
って、ことは、あと残すところ三日程度で、次の街に辿り着くことができるはずだ。
【水反鏡】で先を窺う限り、相変わらず、見通しが良くて、気持ち上り程度の平坦な道がずっと続いている。これなら、それほど計算に狂いはないだろう。
森を抜けてから、ここまでずっと街道を道なりに歩いてきたわけだが、一部の傾斜地を除けば、全体としてかなり広い平野になっている。
そういえば、宿屋の主人も、南部の地は大農地が多いといった感じの話をしていたよな。
確かに、素人目にも農業に適していそうな土地であることが窺える。
──そして、しばらくして、目に入ってきたのは、一面の白い景色だ。
最初は、雪でも積もっているのかと目を疑った。
遠くから見る限り、枯れ木か、枯れた草かはわからないが、その上に降り積もった雪が、まだ解け残っているものとばかり。
目の前まで近づいて、確認できるようになると、膝丈ほどしかないそれがやっと何であるかわかった──綿花だ……おそらくだけど。
植物を見分けるのは苦手だが、これくらいなら俺でもわかる。
いや、でも、あれか。綿花って、夏に花が咲いて、秋になって実についた毛が綿状になっているという記憶があるんだけど……。
まだ若かった頃、偶々見た花がうちのベランダで栽培していたオクラの花にそっくりだったもんで、勘違いしたことがある。
綿花畑を「オクラですね」と俺が知ったかぶりして間違えたのを年輩者たちに笑われたことがあるから、よ~く覚えている。あれは恥ずかしかった。
ああ、そういや、新聞でインドのどこだったかは忘れてしまったけど、遺伝子組み替え技術を用いて、綿花・米・小麦の二期作が可能になったっていう記事も読んだことあったな。
ただなぁ。いくら二期作でも、この春も半ばというこの時期に開花を終えて、なおかつ綿をつけているというのは、どうなんだろう? 早すぎやしないか?
いやいや、ここは地球じゃなくて、異世界だった。
綿花に見えるけど、それに似た別の植物である可能性だってあるか。
世界樹付近は自然が圧倒的に豊かという違いはあったけど、人族の生活圏に関しては、どうにも地球のどこかと錯覚してしまうほど大差がないところが多く感じる。
例外的な妖精と精霊にしたって、今や俺にとってはもう日常化してしまっているから、ついつい異世界だということを忘れてしまいがちだ。
人間の慣れとは恐ろしいもんだな。
とはいえ、なんでもかんでも「異世界だから」と短絡的に納得してばかりいては、考えることを放棄しているみたいで嫌だ。それはそれで、さすがに抵抗がある。
なんにしても、今の状態では情報が少なすぎるけど……。分析の方は、もっといろいろ知ってからでも遅くはない。心に留めておけば。
遠くで綿花を収穫している人達もいるけど、わざわざ仕事の邪魔をしてまで、訊きにいくほどのことでもないしな。
街に着いたときにでも、何かのついでに訊いてみる程度でいいかな。
今はちょっと先を急ぐ……なにせ西の方から雲行きが怪しくなってきているので。
あの紫色した雲は、やばい。
うっ、雲足が早い。あぁ、駄目だな、こりゃあ……すぐに追いつかれそうだ。
どこかで雨宿りできそうなところはないかな?
「どうしたの? そわそわして」
「いや、ほら。西から雨雲が近づいているんだよ。どこか雨宿りができる場所を探そうと思ったけど、どうも無理そうだな。こんな畑のど真ん中を突っ切ってる街道じゃ、どうしようもねえや」
「雨ぐらい平気よ」
「いや、小雨くらいなら、我慢できるかもしれないけど。ありゃあ、結構酷い土砂降りになるぞ」
「そうじゃ、な、く、て。あたしが言いたかったのは、これよっ! これ」
スプライトが自分の頭を……いや、自分の頭の上辺りを両手の人差し指で指し示して、自慢げに微笑んでいる。か、かわいい……いや、そういうことじゃねえよ。
えっ!? なんのこと? 目を凝らして見ても、全くわからないんだけど……。
俺がはてな顔の表情を浮かべている間に、突然の豪雨に見舞われた。
どうやら、すっかり雨雲に追いつかれてしまったようだ。
あれっ!? 濡れてない?! おぉっ! そういうことか。こりゃあ、助かりますな。
そうなんだ。俺とスプライトを含む大きな半球状の何かに雨粒が弾かれている。
どうやらスプライトが常時纏っている風の結界を俺が入れるように大きくしてくれたみたいだ。
「ありがとな! スプライト。なんか相合い傘みたいでいいな」
「えっ、なに!? 一緒……なに?」
「一本の傘を二人で差すこと。相傘のことだよ」
「えっと、かさって、なに?」
「えっ?! あっ、そっち? ……えっと、雨水に濡れないように防ぐための……防水の布を半球状の形にした道具で頭の上に差しかざすもの、って言えばわかる?」
「あぁ、まさに、これのことね。布じゃないけど」
そうなんだよ。いや、それにしても、かねてよりの念願であった夢が一つ叶うとはなぁ。
子どもの頃からもうずっと思い続けてたんだよ──なんで未だに雨の日に傘なんて原始的な物をいつまでも差し続けてんだよ? なんかもっとこう、近未来的にバリアみたいのって、できないの? なんで傘の柄をいつまでも手で持ってんの? って。
これだよ! これ。まさにこれです。
「本当にありがとな! これって……俺の長年の夢だったんだよ。いやぁ感動だな」
「ふ~ん、そう。良かったわね」
あっ! そういえば、相合い傘の説明してなかった。
「そうそう! それでな。相合い傘って言うのは、仲の良い二人が一つの傘の中に入るから、相手との親密さの証拠みたいな感じのやつなんだよ」
「えっ!? へえ、そんな謂れがあるんだ。だからそんなに喜んでくれてるんだ……ふふふ、なんか、こっちもうれしくなっちゃう……えへへ、なんかそれって素敵ね」
おっほぉぅ! 凄まじい破壊力なんですけど……これほどの美人が照れ笑いするのって、こんなに眩しいもんなの?
まぶっ、眩しいっす……おまっ、ほんとは光の妖精なんじゃね?
光妖精スプライト光臨……みたいな感じでやってます。的な……。




