113話 これは期待できるぞ
ふふふ、この匂いに釣られたのか、どうやらスプライトも戻ってきたみたいだし、そろそろユタンちゃんを呼んで、みんなで食べるとしようかね。
鍋の蓋をそっと開けると、蒸気と共に、海鮮独特の食欲をそそる香りが辺りへ一斉に広がった。
香草がいい仕事をしてくれたみたいで、魚臭さなんて微塵も感じられない上々の出来だ。
とはいえ、料理屋で出された魚料理に対して、「ちっとも生臭くないです」なんてテレビのレポーターなんかが表現するのは、全くもって時代錯誤も甚だしい。
そもそも、調理した魚が生臭いなんてことは、流通が整った現代日本では、まずありえないことなんだけどね。余程食材に酷い扱いをしていない限りは。
いったい全体いつの時代の話だっての。誰の真似なんだ?
高度成長期とかって、まだエネルギー不足だったのか? その時代に収録されたレポート映像とか、今や偉くなった先輩方の真似でもしてんのか? 忖度してのことか?
なにも考えずにただ漠然と、いつまでも過去を引き継いでしまっているのだろう。
現代の流通事情が改善した料理店に対する評価としては、どうにもとんちんかんな表現だということだ。
そもそも、そんな生臭い魚料理を自分ちの料理であっても、食べた経験があるのだろうか?
作ったのが母ちゃんか、父ちゃんか、はたまた婆ちゃんかは知らんが、身内の恥になるから、その表現は止めた方がいいと思う。
買ってきた魚を冷蔵庫にも入れずに、いつまでも外にほっぽり出しているくらいしないと、そんなことにはならんはずだ。君んち、そんながさつな家族だ、と思われっからな。
魚を調理した後の生ゴミは、確かに翌日になれば、すごい悪臭を放つけど、それって常温で長時間放置し、バクテリアが増殖した結果だからね。
それにしても、「ちっとも生臭くないです」なんて、おかしな表現が生き残っちゃったもんだよな。
捌いた後のまな板とかが生臭いのなら、まだわかるけど……おっと、いけねえ。せっかくの出来立ての料理が冷えちまう。
こんなおっさんのしょうもない愚痴なんてどうでもよかった。なんかごめんね。
うん、貝の口も全て開いているし、魚屋の目利きどおり、中の身もぷりぷりで、新鮮な物揃いのようだ。
これは期待できるぞ。
おそらく二人は盛りつけなど、やったことがないだろうから、それぞれの皿に美味しそうに見えるよう取り分けてあげる。
さあ、食べよう。
「「「いただきます(いたます)!」」」
事前に教えておいた食事を始める際の挨拶をみんなで合掌しながら、合唱した。
つまらない駄洒落が言語翻訳の関係上、二人には伝わっていないのが幸いではあるが、少し寂しくもある。
もっとも、俺のはダダ漏れ状態だから、心の呟きなんだか、魔法線会話なんだか、もうどうなってるのかすら、わからなくなってきているが。
それでも二人の視線が冷たい気がする。俺の皿だけ妙に冷たい……わけもないか。
待ちきれなくなったのか、俺を無視して、蒸し魚の料理を食べ始めたみたいだ。
いや、あれだからね……また、火傷しないように、丁度いい温度になるまで、間を持たせてあげただけなんだからね。それと空気を冷ややかに。
おやじギャグが抑えきれなくなっているわけじゃ……いや、抑制しきれてないような……気も……。
うん、そこでいちいち反応しなくてもいいから。ささ、食べなさい。
あっ、違ったのね! 美味しすぎて、一瞬だけ感動に震えていたと……ふふふ、そういうことね。
ただの酒蒸しなのになぁ。
確かに新鮮な魚介類だと、これだけでとんでもなく上手い料理に仕上がっちまうから、不思議なんだよな。
簡単なのに、本当にうめーな! これ。
お代わりもたっぷりあるし、みんなも好きなだけ食べてな。
──うん、白ワインにもよく合ったし、言うことなしの夕飯でした。
後は寝るだけ……というわけにもいかないか。なにせ魔物が出る地域に入ったことだしな。
俺が一晩中ずっと起きてるにしても、さすがに十日間眠らずってのは無理があるだろうしな……。
さて、どうすっかな?
「あたしが起きてるからいいわよ」
「おきてる」
「いやいや、スプライトもユタンちゃんもだめだめ。妖精のときは平気だったかもしれないけど、今は肉体を授かったんだから、寝なきゃだめ。スプライトの美容のためにも。特にユタンちゃんみたいなお子様は論外ね」
「半妖精はそういうの全然平気なのよ。人族やウッドエルフなんかとは違って。あたしだって、少しぐらい役に立ちたいし……」
「よる へいき」
そういえば、雑貨屋でも深夜に、商品の色分け作業をしちゃってた、って話だったもんな。
妖精たちは夜行性!? にしたって、今は昼に起きてるんだから、夜はしっかりと寝ないと……いや、でも、俺の価値観を勝手に押しつけるのも違うのか?!
うぅむぅっ……それじゃあ、今日ばかりは協力し合うかね。その間に解決策を捻り出しておこう。
睡眠のサイクルを考えると、個人差はあっても、大体一時間半で一サイクルだから、三時間ずつ三交代でいいな。
六時間ずつ寝るわけだけど、二番目の見張りだけが睡眠時間が細切れになっちまうわけだ。それならそこは俺だな。
本来、睡眠には七時間半の五サイクルが理想だけど、魔物のいる地の野営でそんな悠長なことは言ってられない。
「うんだば、三交代制で見張りな。最初は悪いけど、スプライトにお願いできるか?」
「いいわよ。任せなさいっ!」
「それじゃあ、俺が二番目で、ユタンちゃんは最後ね」
「らじゃー」
アリエルに教わった寝床の作り方を、スプライトに見せながら作って、教える。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、なんとやらというやつだ。
ユタンちゃんについては、歩いてくボックス内のハッチの近くの床面に、宿でも使っていたタオルを重ねた寝床を作ってあげた。
こうして、三人での初の野営──その夜が更けていった。




