107話 ちょっとしたこだわり
『ユタン、わざわざ外へ出てこなくても、こういうときには魔法線で話せばいいのよ』
「むり」
「「えっ!?」」
……そう、ここで思わぬ事が発覚した。ユタンちゃんが魔法線でお話しすることができないことが判明したのだ。
ただし、幸いにして、こちらからの言葉を聞き取る分には、なんら問題がないみたい。
ただただ思念を魔法線に乗せるということができないようだ。
「まあ、ユタンは普段から寡黙なんだから、さほど問題にならないでしょ。あたしたちの声は伝えることができるわけだし、中から外の様子がわかるのなら」
スプライトはそう言うものの、外からは中を見通すことはできないわけで……となると、なにかと心配なんだよな。
なんて思っているうちに、ユタンちゃんときたら、【歩いてくボックス】を転がし始めてしまった。それも、凄い勢いで飛び出していっちゃったのだ。
『だめ駄目、ユタンちゃん。一人であんまり先に行ったら駄目だよ。ゆぅっくり……みんなと一緒にね』
物凄い勢いのまま、今度はバックしてくるでかい球──ど迫力だ。
いや、違うか! 中で向きを変えて、こっちに向かって走っているだけか!?
まあ、これでこちらの意思は通ずるのがわかったから、とりあえず、様子を見るしかないか。どうせユタンちゃんが飽きるまでだしな。
しっかし、球体って、結構面白い動きするのな。まあ、大概はユタンちゃんの異常なほどの健脚が原因だろうけど。
とはいえ、『あまり離れないのであれば、好きにして構わないよ』と伝えて、できる範囲で自由にさせてあげた。
緩やかであっても、気持ち上り坂が続いているから、早々に疲れて飽きてしまうと踏んでいたのに、あっちへころころ……こっちへゴロンゴロンと、ずっと無駄な動きをしつつも、全く動きのキレに衰えが見えない。
これは想像していた以上に、ユタンちゃんはタフみたいだ。
なんだか見てるこっちの方が首が疲れてしまったよ。
これまでも気が向くと、最近よく普段使いするようになった水魔法主体の反射望遠鏡【水反鏡】で、前方の様子を確認している。
もう、半狂乱の状態ではないので、【反鏡乱】は使っていない……そもそも、魔力の無駄でしかないから。
さっき上からの視点で見たときに、少し街道からは離れているけど、景色の良さそうな開けた場所を見つけておいた。
もうそろそろ、その辺に差し掛かろうというところまで来ているので、ちょっとそこいらで休憩がてら、お茶でもしようかと思っている。
少し先を進んでいるユタンちゃんに、魔法線を介して声掛けして、少しペースを落としてもらう。
しばらく並んで歩いてから、適当なところで街道を外れた。
この辺りからは少しきつい斜面なので、【歩いてくボックス】はここに置いたままにしよう。
三人揃って、少しだけ斜面を上った先にある丘の上へと出た。
「「「わぉぅ」」」
あまりの景色に、三人とも思わず声が漏れた……。
うん、無理もない……澄み渡る青空にオレンジ色の川が流れているのだから。
俺自身もしばらく呆気に取られていたが、今やっと、それがなんだか理解できた。
蝶だ……橙色、山吹色、菜の花色の……数え切れないほどたくさんの蝶の群が、南の方角から北へ向かって、列を成して飛んでいる。まったく途切れる様子がない。
桜の終わりの時季に、ひらひらと舞い落ちた花びらが、川面いっぱいに漂って、ゆっくりと川下に流されていく──そんな桜色とはまた違ったオレンジ基調の色ではあるが、まるでそんな様子を大空に写し取ったような雄大な眺望が目の前に広がっている。
蒼い空とのコントラストがまた絶景。
長い間、唖然として口を開けて眺めていたせいか、酷く喉が渇いた気がする。
おっと、そうだった! そもそもがお茶休憩をするために、寄り道してまでここに立ち寄ったのだった。
女性陣は、まだまだ幻想的な風景を見ていたいようなので、そこは黙って、お茶の支度を始める。
土魔法で、えっと……まずはテーブルが必要か。ふぅ、危うく先に茶器を作るところだった。
テーブルと椅子二脚、ユタンちゃん用には座面を高くした特別製のテーブル付きの椅子を生成する。
続いて、紅茶用に取っ手付きのカップとソーサーを二客、ユタンちゃん用に小型のカップ&ソーサー、そして、ティーポットなどの茶器を生成していく。
……いや、精霊魔法で生成しているのだから、これからは【精製】とでも呼ぶか。まあ、きちんと丁寧に作っていることだし、不純物を取り除くどころか、地中から純正品だけを抽出して作っているわけだし、言葉の意味的にもそれほど間違っているわけでもないしな。
緑茶と違って、紅茶は熱湯で淹れて蒸らす関係上、ティーポットは保温性の高いものとした。
逆に、紅茶用のティーカップの方は素地を薄くし、香りが立ちやすく、冷めやすいように、口を広くしてある。表面に薄くガラスを配した作りにしたのが、ちょっとしたこだわりだ。
指で軽く弾くと、キーンという乾いた金属音がする。その磁器っぽい仕上がりに満足している。
乾物屋で仕入れた茶葉をティーポットに入れて、熱々の湯を注いで、しばらく蒸らす。
あっ、うっかりして、御茶菓子を用意し忘れた。
せっかく淹れた紅茶が冷めるのもなんだ。
今日のところは、これだけで我慢してもらおう。
その代わりと言ってはなんだけど、安価に仕入れた砂糖を使って、即席で角砂糖に加工しておいた。
いけね! となると、スプーンも作っとかなきゃな。ささっと精製。
「さあさあ、お嬢様方。お茶のご用意ができましたよ。そろそろ、こちらで一服いたしませんか?」
「なになに!? なに、それ?」
「なんぞ」
あれっ!? お茶休憩の文化って、この世界にはないの?
いや、そんなことないよな。妖精だからか?!
まあ、いいや。どっちでも。
「こちらにお座りになってくださいませ。ただいま御茶をお出しいたしますので」
「「は~い(らじゃー)」」
おっ! なかなか香り立つ良い感じだ。カップに注いで、しばし適温になるまで待つ。
「召し上がれ」
「「ありがと」」
うん、温度もほどよく、熱すぎず、冷めすぎず、いい頃合いになってるね。これならスプライトもユタンちゃんも、火傷せずに飲みやすいだろう。
「美味しいっ!」
「うま」
かなり歩いてきて、水分が不足してきているから、特に美味しく感じるんだよな。
実は紅茶のようにカフェインを含む飲料では、利尿効果がある分、水分補給には向かない。別途、【精霊水】を飲ませて、水分補給をさせないとな。
でも、今は紅茶を楽しんでくれればいい。今の二人にはこれだ。
「角砂糖……えっと、そこの白いのを紅茶の中に入れて、このスプーンでかき混ぜると、もっと美味しくなるぞ」
「……こう?! こんな感じでいいの?」
「うん、そうそう」
どんな反応するんだろうな?
「「!?」」
おっ、いいリアクションいただきました。
眼をくりくりに見開いて、びっくりしてる。
「それが甘いという味覚」
「「あまい」」
ふふふ、女の子が甘いものを口にして、幸せそうにとろんとしている表情って、本当に和ませてくれるよね。




