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10話 春色を奏でるフルート

「ふふふ、ごめんなさい。私たちとであれば、口を開かなくても、お喋りができそうだったものだから。楽しくなってしまって、ついつい調子に乗りすぎました。許してくださいね」


 えっ! どうやら、これも聖樹様のお声らしい。


「ふふふ、そうですよ」と、こちらの心の内を読んだように返事が来た。


 先ほどまでの恐・かっこいい話し方は、いったいどこへ行ったのやら、まるっきり口調と雰囲気がすっかり様変わりしている。


 こちらが本来の話し方なのだろうか? でも、相変わらず、心に染み渡るような心地好い響きの御声だ。


 えっ、あれっ!? 本当に心を読まれている? もしかして、今まで考えてたこと、すべて筒抜けか!?


「ええ、そうですね」


 春色を奏でるフルートのような可愛らしく澄んだ声色が耳をくすぐる……。


 やばっ! 失礼なこと考えてなかったよな?


「ふふふ、大丈夫ですよ。よく分からない部分も中にはありましたけどね。今まで言われたこともない褒め方をしていただいたようで、かなり恥ずかしくなりましたけど。ふふ、新鮮で嬉しかったのですよ」


 よかったぁ、えっちなこと考えてなくて……つうか、これも丸聞こえなわけ……ですよねぇ~。


「あら、えっちな方なのですか? いけない子ですね、ふふふ。念話の方はちょっと練習すれば、すぐに慣れるはずです。私たちエルフでも、幼子おさなご以外はすぐできるようになりますから」


 ひょっとして、御簾の裏側にいる他の方々にも考えが筒抜けだったのかと尋ねてみたら、やはり、ダダ漏れだったようです……いやん、恥ずかしい。


 そういうわけで聖樹様が念話のコツを教えてくれました。


 そもそも、念話と言っても、テレパシーのように思っていることを相手に伝えたり、読み取ったりするのとは、微妙に違うみたいなのだ。


 あくまでもお互いに読み取るだけらしい。


 念話に慣れるまで最初の内は、しっかりと相手の目を見て、まずは心を繋げる。その後は、ただひたすら自分の伝えたい気持ちに強く集中する……別にこれで相手に考えが伝わるわけじゃなくて、そうしないと、思い浮かんだことが次々に相手へ漏れ出してしまう。それを防止するためだそうだ。


 念話で難しい点は、自分が伝えたくないと思っていることを考えてしまうと、かえって相手に伝わってしまうこと──そうした『~したくない』という否定的な意思を汲んでくれるような操作はそもそもできないらしい。


 思考中に伝えたい事柄の順番を整理し、事案によって強弱を持たせることで、次第に伝えたいこと、つまり、公開したいことを制御できるようになるという。


 そのことの裏返しとして、伝えたくない考えを相手に読まれずに済むようになってくるそうだ。


 ただし、これが俺には全くできない。できなかった。駄目駄目だ。まだまだ相当な訓練が必要みたい。


 あれっ!? だとすると、念話初心者の俺の場合、そもそも御簾越しの念話って、無理があったんじゃないの?


『あはは、そうでしたね。ごめんなさい。それはそうと念話は秘密の会話に重宝しますから、練習しといて損はないですよ。こんな風にすれば、ふふっ、恋を囁くときにも便利なんです』


 また念話で聖樹様にからかわれて、ドキッとさせられている自分が恨めしい。


 いい年したおっさんが、なにを動揺してるんだか……。


 なにやらまだ俺に話したいことがあるようなのだが、「お疲れのようですから、詳しい話はゆっくりと休まれた後で」と、お気遣い頂いた。


 気遣いということで思い出し、俺が口にした一言で一騒動が……。


 いや、だってね。名乗ってなかったからさ。


 もしかしたら、エルフの文化的な作法とかで、最初は名乗らないのかと思ってたもんで、躊躇ちゅうちょしていたのだ。


 でも、もう会談が終わりそうだったから、忘れない内にせめて名乗っておかなきゃなるまいて、と思って、こう。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。エルフ様の作法には反するかもしれませんが、自己紹介をさせてもらってもよろしいでしょうか?」と。


 そしたら、途端にエルフ側が慌て出したのだ。


 エルフの社会でも、まずは名乗り合ってから話を始めるのが礼儀だったらしくて。


 しかも、聖樹様が最初に念話で話しかけたことによって、周りに控えていた側近たちにしても、何らかの思惑があってのことだと判断し、敢えて聖樹様の非礼を諫めなかったようだ。


 喧喧囂囂けんけんごうごうの末、聖樹様共々、エルフの御歴々が御簾を上げ、改めて姿を現した状態で非礼を詫びてくれた。


 いや、なんか聖樹様がむりやり側近さん達にも頭を下げさせた感じだったけど……。


 別にいいのに。


 そもそも、発言を許された段階で、本来は身分の低いこちら側からご挨拶して名乗るのが筋というものだろう。それをしなかった自分にこそ非があると説明し、やっとのことで聖樹様にお顔を上げていただいた。


 あはは、エルフさんにも頭を下げて詫びる文化があるんだね。


 西洋風な美しい顔立ちで、洗練されたお辞儀をされると、日本人からすると、心をはっとさせられるものがある。


 なんかお互い笑顔で、こうして名乗り合うことができて、かえって良かったと言えるかな。


 そうそう、聖樹様の御名はファトゥム・ハマドリュアデス・アルフェンといった。


 【アルフェン】が族名で、【ハマドリュアデス】が家名みたいな感じになるみたい。うん、ごめん、正直よくわからんかった。そして、【ファトゥム】というのが通り名──こっちが日常的に御使用されている御名前とのことだった。


 妖精の名前はこの通り名の他に、もう一つ、【真名まな】というものもあるらしい。


 真名とは、本人と親だけが知る絶対の秘密──エルフ同士でも他者には明かさないのが決まりだそうだ。


 例外として明かすことができるのは、結婚相手や魔法で契約した相手だけみたいだ。


「歓迎します。妖精の森に、ようこそ」

 

 聖樹様から優しい声音でそう言われたことで、すっと肩から力が抜けた気がした。客として迎え入れてくれたことを実感できたのだ。


 自分が思っていた以上に緊張していたらしい。


 まあ、客といっても、珍客扱いだろうけどね。


 それでも、この異世界に独り迷い込み、行く宛もなく、持ち合わせもない自分としては、この上もない。願ったり叶ったりだ。


 きちんと頭を下げ、「自分にできることがあれば、なんなりと」と申し出ておいた。


 すると、聖樹様はにっこりと満面の笑みを湛えながら、優しそうに頷いた後、側近エルフたちと共に、まるで世界樹の根の中に吸い込まれるように消えていった。


 立ち去った後に、かぐわしい春めいた香りが漂ってくる……。


 ゆっくりと静かに大きく息をしてみた。なにやら夢でも見ていたようだ。ちょっと頭がぼーっとしている……。


 気が付くと、いつの間にやら館の執事らしき人がすぐ側に控えていてくれていた。うん、全く気が付かなかった。なんか申し訳ない。いや、目が怖いです……。


 その後すぐ、その方の後に続いて、廊下を戻っていくと、客室まで案内された。


 用意された部屋は、簡素な造りながらも、木の香り漂う落ち着いた雰囲気のある清潔な部屋だった。


 開け放たれた窓からの風も爽やかだ。


 頬に微かな風を感じつつ、ベッド脇に腰掛ける。


 ずっと緊張しっ放しだったせいか、すぐ横になりたくなって、バサッとベッドに崩れた──ふぅ、よく乾いたシーツの感触が頬に優しい。随分と久しぶりのベッドな気がする。


 瞑ったままの瞼に、柔らかい光を感じた。


 まだまだ陽は高い。


 そのまま横になって目を瞑っていると、程なくして眠気に誘われ、そのまま闇に溶けていった……。


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