第29話 武装巫女イゼッタ
「おはよう、イゼッタ。二週間ぶりね」
「姉さま……心配しました! イゼッタには長い二週間でしたわ!」
「いろいろと忙しかったのです。聖女様を怒らせてしまいました」
通信魔導具の向こうで、金髪の少女は瞳を潤ませて涙をにじませながら、不安を語っていた。
ここ最近、二人が不仲だったということではない。
オランジーナが巫女姫昇格を目指してさらなる激務に励んだためと、王家騒動の後始末で表立っては始末できない小悪党などを処理するために、暗部たる武装巫女が総動員されて王国内外を走り回っていたせいだ。
そのおかげで二人は物理的には数百メートルも離れていない神殿内にいながら、顔を合わせることがほとんどなかった。
さらに、表の世界で神殿を支える巫女姫と異なり、闇の世界で暗殺や諜報などを行う武装巫女は表裏一体の存在だ。
全体として見れば巫女姫は武装巫女を血にまみれた下賤な輩、と公言してはばからないし、武装巫女も武装巫女で、自分達が汚れ仕事を引き受けなければ神殿は回らないとして、存在意義を見出している。
両者の間には自然の流れとして互いに忌避し、見下す文化がいつの間にか作られており、聖女はそれぞれの部門を統括する立場でありながら、この反目を諫めようともしない。
都合がいいからだ。
憎む相手、怒りをぶつける相手、こちらが優れているという優越感を、両者は抱いている。
それに、どちらも巫女だ。
治療や神事専門の巫女姫も、暗殺や諜報が専門の武装巫女も、それぞれ根源は同じで基本的には同程度の戦闘訓練を受けているし、治癒や神事に対しても同じような基礎課程を受ける。
幼少時代に同じ寮で寝起きし、交流を深めることも少なくない。
異なるのは巫女姫見習いはそこからさらに踏み出して、さらに高度治療である神聖魔法を習得するために専門の神殿学校に行き、巫女姫になる。
武装巫女見習いは、暗殺や諜報に必要な武技や攻撃魔法、精霊魔法などを習得し、女性ならではの肉体を使った……巫女姫に言わせれば下劣で薄汚い……外交術を学ぶ。
それは騎士も同じで、神殿における騎士には二種類あり、表に立つ神殿騎士と裏で活躍する黒騎士とに分かれる。
黒騎士は特に魔法戦闘に優れたものが抜擢されてるから、女黒騎士が所属することも珍しくない。
オランジーナの上官であり、聖女エレンシアの筆頭騎士である騎士長リンドネルは長い間、神殿騎士長でもあり、黒騎士でもあり暗部の長である騎士長でもありと兼任を続けてきた。
前回の王室騒動の武勲を経て、リンドネルは暗部を総括する黒騎士長になり、神殿騎士長には前代神殿騎士長だったものが復帰して務めている。
ではオランジーナはどうか、というとリンドネルの補佐官として武装巫女の組織運営を行いながら、聖女エレンシア直属の巫女見習いとして十年に近い年月を勤めあげた。
この功績により、本来ならば聖騎士しか与えられない聖なる武具の1つである「聖鎚オルビオル」を下賜されたことで、神殿におけるオランジーナの立場は聖騎士並みになった。
つまり、どこの部署にいる人間からも一目置かれる存在になったのだ。
それが幼少時代、共に母を亡くした存在であることから実の姉のように慕ってくれているイゼッタともなれば、オランジーナの命令は聖女の命令よりも、ある意味重かった。
そんなオランジーナが一声かけてくれたのだから、イゼッタとしてはやる気がみなぎってくる。姉と慕う人物は自分になにを求めているのかしら? 諜報かしら、暗殺かしら、誰かを寝取り社会的に追放してしまう事かしら? もしかして……一緒に神殿から逃げ出して欲しいとか――!?
「やだっ、姉さまったら……そんなはしたない」
「なんなんですか、いきなり。そんなはしたないことは求めていませんよ。いくらあなたが15歳にしては発育がよろしいからといって、その身を穢せなどと命じることはありませんから」
「あ、と――つい、そのあまりに懐かしくて妄想が」
「妄想を駄々漏らしにするのは夢のなかだけにしなさい、イゼッタ。あたしはそういう趣味はないの」
「はーい。それで、なにをお手伝いいたしましょか、巫女姫オランジーナ様?」
口元から垂れていたよだれを拭い、イゼッタはやり手の武装巫女としてきりっと顔を整える。
しかし、その猫のような垂れ目を見ていると、オランジーナは神殿で世話をしているでっぷりと肥えた甘えん坊の長毛種の野良猫を思い出してしまい、どことなくしまりがつかないのだった。
「様は、別に要りません。いまは神殿を抜け出した身――って、イゼッタ。あなた、どこまで聞いているの?」
自分とエレンシアの関係を――と、オランジーナは質問する。
イゼッタは右の眉毛だけを器用に上げると、うーん、と渋い顔をした。
「普通の巫女姫なら不敬罪が適用されて永久に地下牢暮らし……程度の話は、聞きました。「そんな聖女様ならば、我が主とは認めません!」っとか啖呵を切ったらしいじゃないですか」
「うっ……! あれは、その」
「勢いがあっていいって神殿内では評判がいいですよ」
「え、そうなの? どういうこと?」
「ここではちょっと言いづらいですね、姉さま。どこかで落ち合えません?」
「なら……」
神殿のなかされた会話や行動は、ほぼ聖女に筒抜けだ。
女神様の地上世界の代理人としてエレンシアは聖女となった。
その力の象徴でもある神殿内に込められた魔力は、常にエレンシアと表裏一体なのだ。
つまり、悪口を言えば即座に知られてしまうのである。
このことは公然の秘密となっているし、エレンシアも大抵のことは耳に入らないように、魔力で制御している。
しかし、当たり前のようにこの秘密に触れることができる機関が存在する。
暗部だ。
武装巫女として暗部に所属するイゼッタは、オランジーナのことを危惧して神殿外で会うことを提示したのだった。
「いやーまさか、こんな場所を指定されるなんて。さすが姉さま、見識が違いますね」
「ここが一番丁度いいのよ。だって、天敵の神殿だから」
「神罰が落ちないことを祈りますよ、イゼッタは……」
数時間後。
武装巫女であることを示す、真っ黒なローブを羽織り、広いおでこを出すようにして金髪を真ん中から分けたイゼッタは、オランジーナの指定した場所にやってきた。
建物を見あげて「本当に大丈夫かなあ?」と不安そうに顔をかしげている。
二人がやってきたのは、太陽神アギトの神殿。
その一階で解放されているカフェの一角だった。
王都には四大神殿というものがあり、戦女神ラフィネ、炎の女神サティナ、腐蝕の女神ルーディア、そして、我が愛の女神メジェトの神殿がそれぞれ、存在する。
東の大陸にある人類最大国家エルムド帝国が国教と定めるこの神は神々を統括する役割を持つ神様の1柱だ。
かつて四大女神たちの間でアギトを巡って、熾烈な恋愛合戦が行われと神話にはあるが、アギトが選んだのは五番目の女神、聖者サユキだった。
これ以降、太陽神神殿と四大女神神殿は不仲になったと伝説ではされている。
「だって、誰にも聞かれない話をするなら一番ですよ。それにここのカヌレがまた絶品です」
「姉さま、危機感……」
蜜蝋を薄く塗った表面が焦げていて、香ばしい匂いが軽く済ませた朝食では足りないと胃を促す。
カヌレの運ばれてきた皿を見た途端、クゥっ、と小さく鳴った自分のお腹を手で撫でてやれやれ、とため息を吐いた。




