第27話 罪と罰
「回収して参りましたよ、聖女様」
「あら、そう。ご苦労でした」
どうです、あたしだってやればできるんですよ、とオランジーナは聖女の机に書類を提出して胸を張った。
巫女姫になって最初の仕事は上々の出来だった。
……と、当人は思っていたのだが、戻ってきた返事は素っ気ないものだった。
味気ないと感じたオランジーナは書類をつつきながら、不満そうな顔をしてみせる。
「きちんとやりましたよ? 揉めることなくこちらに有利に終わらせてきました」
「それは巫女姫になったならできて当然のことだから。特にあなたは巫女見習いの経験が豊富なのだもの。褒められるとでも思っていて?」
「うっ……」
壁際に立ち並ぶ他の巫女姫たちがクスクスと忍び笑いに興じる。
書類を決裁するために目を通していたエレンシアは、視線で彼女たちを黙らせた。
基本的に誰に対しても中立なのだ、彼女は。
ただ、他人を思いやるというか、応援するというか、部下にやる気を出させるという点においては淡泊だとオランジーナは考える。
「これ、どうしてこうなったの?」
「は……? と、言われますと……」
処理は万全だったはずだ。
オランジーナはなにが足りないのかと、思考を巡らせる。
示談金、婚約破棄の同意、神殿で裁可することへの委任状。
足りないものはないはずだ、と再確認したがふと、脳裏を不安がよぎる。
あ、とそれに思い至ったときにはすでに遅かった。
「罪には罰が必要よ? 罰がないなら、これは意味を成さないわ」
「まさ、か。セバスチャンが犯した罪への罰を求める、と?」
「そうね。だって彼が始めたことだもの。妹であるアクア様は示談金を支払い罪を清算した。でもセバスチャン様はどう? 彼は妹の尻拭いをしただけ」
「それ、は――金貨10枚には含まれていたのではないのですか、エレンシア様?」
しどろもどろになりつつ、オランジーナは反論する。
神殿が審議した内容で提案したのだ。
すべての賠償がそのなかに含まれていると考えるのは合理的で、足りないと指摘されても困ってしまう。
エレンシア様は二度、三度と往復する手間を嫌っておられるのだ、とオランジーナは理解した。
セバスチャンは神殿の判断にすべてを委ねると委任状に同意した。
神殿はまず、アクアの罪を問い、示談金を求める。
続いて委任状の同意を元に、婚約破棄が起こる原因となった人物を訴求する。
訴訟が起こると裁判になるし、決着には時間がかかってしまう。
だから――。
「まあ、彼には相応の罰が必要よね。だって婚約破棄を起こしたカール様は生涯幽閉となったのだから。どれほどの罪を求めるべきかしら。あなたはどう思う?」
「子爵よりも低い位階の男爵ですから――爵位の返納、家は断絶。彼は投獄もしくは断罪……」
「別にそこまでしなくてもいいのよ」
「は?」
えっとどういうことだろうか。
提案した以上の罰があるだろうか?
オランジーナの思考は固まってしまう。
エレンシアは返事に窮した部下に呆れたように溜息を吐いた。
巫女見習いのときだったら、もっと合理的に判断ができただろうか?
どう答えれば――エレンシアは満足する?
「まさか、どうしていいか分からないとか、言わないわよね?」
「え、ええ……もちろんです――えっと……」
そんな上司の承認を満たすためだけの考え方を、エレンシアは嫌う。
個人よりも大義。
正義よりも道理。
より大きな物差しで、世界を中心に据えて返事をしなければならない。
それが巫女としての務めだ。
だって、神殿は女神の代理人として裁きを下さなければならないのだから。
「じゃあ、どうしたらよかったの?」
「……セバスチャン自身の持つものによって返済を命じる」
「そうね。それが一番、正しい」
「魔力を奪って来いとおっしゃるのですか」
「だって、貴族は魔力を持っていて当たり前だもの。失えば貴族としての価値を失う。議会連盟も使えない男爵を議会に迎えようとはしないわ。王宮だって同じこと。魔力を無くした貴族はただのゴミよ」
「ゴミって。それは言い過ぎです、聖女様」
思わず批判の言葉が口を突いて出た。
アーガイム元王子の一件以来、エレンシアの貴族嫌いはさらに輪をかけて激しくなった。
まるで王国から貴族なんていう特権階級がいなくなってしまえばいいと、見ていてわかるくらいに酷くなったのだ。
「あら、仕事ができない巫女姫は偉そうに言うのね? あなたがきちんと仕上げてこないから、二番目、三番目の手順が発生する。それだけ誰に負担がかかると思っているの」
「……聖女様にです。申し訳ございません」
「そうね。わたくしは忙しいの。だからその手間暇を減らすためにあなたを巫女見習いから巫女姫に昇格させたのよ」
「ですが――今回の依頼は、裏を読むにも示談金の相場に等しい金額が支払われています!」
「セバスチャンは?」
「彼は――申し訳ございません。委任状に同意を得た場面で裁くべきでした……」
「そうは思ってないのに、保身に走るのね、オランジーナって。残念だわ」
「――っ!?」
素直な謝罪だった。
自分が至っていないと理解した上での反省だったつもりだ。
しかし、エレンシアは満足していない。
「反省だけだったら、謝罪だけだったらゴブリンでもできるのよ」
「ゴ、ゴブリン!? オランジーナを魔獣と同列に据えますか!?」
「だって、できてない。ついでに言えば、うまくこなすことを目標にしていたでしょう? それってつまり、我欲に駆られて理性を失った低俗なゴブリンと変わらないの。単なる道具以下だわ。その耳についている聖鎚が泣いているわよ?」
「そっ、そこまで!? そこまで言うなら、聖女様だって指示を明確に出来ていない点で上司として失格です! オランジーナはきちんと受けた職務を遂行してきました。恥じることはなにもありません!」
「へえ?」
エレンシアはふんっと小ばかにしたような笑みをしてみせる。
その手で書類をつかむと、オランジーナにぽいと投げてよこした。
「な、なんですか!?」
「それ、再提出なさい。いまから男爵令息の魔力を奪ってくればいいわ。そうしたら今回は不問にしてあげる。巫女姫の身分で聖女に意見するなんてまだ早いって理解したならね?」
「い、嫌です! 神殿からの正式な命令ではありませんよね、それって! オランジーナは神殿に所属しています。聖女様の独断で命じられる内容としては権限を越えているかと」
「言うようになったのね、巫女姫ってそんなに心を強くする職務なのかしら。なら、他の誰かでも同じようにできるかしら。いいわよ、おまえがいなくても。他に巫女姫はいるのだから」
あくどい笑みを浮かべ、エレンシアは組んだ両手の上に顎を乗せて、変わりはいると告げる。
最悪ですね、とオランジーナはぼやき、再度告げた。
「神殿からの正式な命令があれば動きます。聖女様の独断で命じられるのであれば、暗部の扱いとなるでしょうから」
「……なら、武装巫女でも命じようかしら。でも、暗部を動かしたなんてなれば、巫女姫として職務放棄をしたに等しいけれど。どうするつもり?」
責任を取れ、と言われてオランジーナは背筋に冷や汗をかく。
神殿を追い出されるかもしれないと思うと、明日の我が身を想像して不安が心に湧いてきた。
だが、待て、と巫女姫としての自覚が謝罪の言葉を発しようとするのを抑える。
武装巫女は暗殺者だ。
狙われたらセバスチャンは間違いなく命を落とすだろう。
聖なる女神神殿が国や神殿に仇なす相手でもない罪人を殺すなんて、世間に知られたら女神メジェト神殿は笑いものになってしまう。
「ま、守ります!」
「は? どういう意味?」
「セバスチャンを殺させるわけにはいきません。同時に聖女様の独断専行が過ぎております。巫女姫として死に値しない命を奪うことは、戒律に反します。守るしかないでしょう……」
「面白いことを言うのね。でも、いいわ。なら――やってみなさい。でも、あなたの居場所があるとは思わないことね」
「追放――しないのですか」
「だって、興味あるもの。暗殺に長じた武装巫女と、守りに長じた巫女姫の決闘。最近、暗部の発言が強くなっているのも面白くない。あなたがセバスチャンを生かせるなら、わたくしの懸念もひとつ減ることだし……」
「部下を道具扱いするなんて、常識を疑いますよ!?」
「別に。世俗の常識なんて関係ないわ、だって聖女だもの」
確かに。俗世間から離れた聖なる女性。女神の代理人、それが聖女だ。
しかし、自分を使って神殿の部署間の勢力争いに利用するとはどういうことか。
自分が知っているエレンシア様はこんなことを絶対にしなかった――。
オランジーナは片方の眉を吊り上げて言い返した。
「そんな聖女様ならば、我が主とは認めません!」
「では――おまえが認める主に変えてみてはどう? できるなら、だけど」
「やってみせますとも! オランジーナがセバスチャン様を守り抜いたら、言うことを訊いてもらいますからね!」
「はいはい。無能な道具はさっさと去りなさい?」
「その言葉、絶対に後悔させてみせますからっ!」
勢いあまって、オランジーナは神殿を後にしてしまう。
そして、生まれ故郷である縁が深い貧民街で幽霊アパートを借り、謎の男女の幽霊に遭遇してしまったのだった。




