第14話 解釈違い
「あさましいわね‥‥…」
昼は太陽で明るく、夜は三連の月が煌々と照らしていて、世界は明るさに満ち満ちている。
光と闇が交わる場所は、早朝か夕方しかなくて、人目を逃れ闇に紛れて行動するには夕方が一番だ。
「逢魔が時には魔が出る、とか言いますけれど。まさか――」
倉庫の奥にニーシャを隠したアイネは、物音を立てないように倉庫街から近くの街アウザットへと、足を伸ばした。
街の商店で生活用品だの食糧だの衣類だのを買い出しするのは、逃亡したあの日から数えてこれで2回目になる。
背負った大きめのリュック、両手に掲げた革袋はずっしりと重たい。
まるでニーシャを背負ってあの倉庫へ逃げたときにそっくりだ、とアイネは感じてしまう。
田舎道は日が暮れると得が見えず、足元もおぼつかないほどに暗い。
舗装されていない道だから、どこかで窪みに足を取られないようにアイネは慎重に歩いていた。
時おり、草むらや巨木の陰からざざっという物音がするたびに、アイネは感じてしまう。
主人のために命を捧げると決意したはずなのに、いざ生きているという実感を知るとそこから逃げ出したくなる。
「なんて愚かなのでしょうか。ニーシャ様のために尽くすと決めたのに……。あの御方はまだ目覚めてすらいただけない」
自分にどんな落ち度があったのか。
あの時、無理やりにでも転移ゲートに割り込んだことがニーシャの精神に変化を加えてしまった可能性もある。
このまま主人が目覚めなければ、やることは1つだけだ。
王太子アーガイムに、スカーレットハンズのバッカニアに、これまで散々甘い汁を吸いながら救いの手を差し伸べてこなかった貴族令息令嬢たち。
自分たちを利用したやつらに、主人の無念を込めた刃を叩き込んでやる。
たとえかなわない願いだったとしても――。
と、その前を黒猫が横切った。
「絶対に、刃の報復を……」
「夜風で草木がかすかに動いただけでびびっている臆病者の侍女に、果たしてそんな度胸が生まれるもんかね?」
「誰っ――バッカニア……おまえ、どうしてここに!」
「よう、探すのにちいっとばかし苦労したぜ。だが、思ったよりは簡単だった。王立学院の用意した転移ポータルに割り込みしたなんて真似は、なかなか上等だ。感心したぜ、アイネ」
「くっ!」
アイネの格好は町娘ふうのワンピースで丈が長く、服下に隠した暗器を取り出すには不利な体勢だ。
革手袋を放り出してバッカニアの前に荷物をぶちまけ、一時的な目くらましにする。
その間にスカートの裾をたくし上げ――あらわになった太ももに革ベルトで巻いた短剣を手に取ろうとして、アイネの手は止まった。
「遅いな、魔法を使わないのか? アイネ」
「はっ早い……」
黒猫はアイネが放り出した荷物など気にもせず、合間を縫うようにして距離を近づけてきた。
最初の剣をあと数舜早く引き抜いていれば、事態は好転したかもしれない。
というよりも、会話をしている間に転移魔法を唱え、ニーシャの元へと飛んでいた方が良かったかもしれない。
だが、そういった逃げるという感情よりも、主人を死の寸前まで追い詰めたこの黒猫に、一矢報いてやりたかった。
たとえここで己の命が散ることになっても。
この戦いに勝てれば、ニーシャを生き延びさせることができる。
この戦いに負ければ、ニーシャを生かすことはできないが――。
「安心しろ、どうせ仕組んでるんだろ? おまえが戻らなければ、ニーシャを逃がすための仕掛けを用意してることくらい、お見通しだ」
「‥‥‥なんのことかしら」
「こたえなくてもいい。ここにいるのは俺だけじゃない」
「なっ!?」
「スカーレットハンズは血で血の報復を行う。良かったなアーガイムは死んだ」
殿下がご逝去された!? 驚きだった、彼は王国でも随一のセキュリティレベルだとされる、ホテルギャザリックに滞在しているのだ。
彼がスカーレットハンズに襲われたとしても、良くて軽傷。悪くて腕を失うくらいだと思っていた。
「馬鹿な……近衛騎士が周囲を固めているはず! そんな嘘を吐いてなにをしたいのだ」
「おいおい、ご挨拶だな。近衛が護衛していたとしても、そこは王宮じゃない。一般人だって利用するホテルだ。こんな黒猫一匹、誰も気にせずに通してくれる」
「‥‥‥ニーシャ様をどうするつもり?」
返事の次第によってはこのまま転移魔法にバッカニアを巻き込んで、近くの湖の底にでも転移する覚悟がアイネにはできていた。
アイネの胸元に這い上がり、爪を頸動脈に当てた黒猫は、くくっ、といやらし気に笑って見せる。
「王族の血筋だ。遠く王位継承権も持っている。我がスカーレットハンズには正当な血筋が必要だ。闇と光、その双方を導く正しい血筋が」
「ま、さ……か。クオンタム伯爵がニーシャ様を……そんな馬鹿な!」
「闇を統括する伯爵様が、光を統括する王家の娘を手に入れる。いい光景だろ? 俺たちは素晴らしい未来を描ける。王国で闇に生きる者が、闇だけの国を作る第一歩になるんだ。国が手に入るんだぞ、アイネ。これほど大きな賭けは存在しない!」
「‥‥‥国盗りを公言するなんて――信じられない」
もし、ニーシャの安全を確保するなら、この話は悪くないかも知れない、とちょっとだけアイネは考えてしまう。
意識が戻ったとき、主人から反逆者とさんざん罵られるのは覚悟の上だ。
そんなことよりも、まずはニーシャが生きる道を手に入れたかった。
「おまえが協力すれば、俺はこの爪を引こう。ニーシャの命も保証する。ああ、そうだ。メジェト神殿の暗部が動き出している。わかるだろう、あいつらの狙いはニーシャの暗殺だ。俺なら、スカーレットハンズなら守ってやれる。どうする?」
「‥‥‥答えなんて選ばせる気がないくせに」
「なら。案内しろ。俺たちのお姫様に挨拶だ。そして、魔窟にようこそ、アイネ。おまえも優れた戦士だ、歓迎するよ」
ペロリ、と猫舌で頬を舐められアイネは絶句する。
意識なき主人に代わり答えることで、二度と後戻りできない一歩をアイネは踏み出してしまった。




