前世で私を殺した男が婚約者となって、私を愛していると言ってきた話
血と砂埃が混じる匂いに、金属がぶつかる甲高い音。鼓舞するように発する声が響いている。
ここは戦場だ。この戦いで勝てば戦争は終わる。世界は平和を取り戻す。皆がその思いでこの戦いに挑んだ。
ただ、私だけが後悔していた。なぜ、私はここにいるのだろうと。
「ゴホッ」
口からせり上がった物を吐き出す。赤い血だ。地面に落ちていく血を追っていくと、腹に刺さった剣に目がいってしまう。
「あんた、やっぱり良い女だな」
私の腹に剣を突き刺した相手からの言葉だ。その人物に視線を向ける。
全身フルプレートアーマーで身を包んでいるが、右胸からは剣が生えており、兜は半分破壊され、銀髪と私を見る金の目が顕わになっていた。剣に右胸を突き刺されても堂々と立つ姿は正に戦神と言っていいだろう。
「お前もいい男だよ」
私はそう言いながら短剣を抜き、とどめを刺すべく、戦神と恐れられた偉丈夫に向かっていく。私はここで死を迎えるだろう。
心残りがあるとすれば……
だが、戦神と剣を交えて死んでいくのも悪くない。私が見た最後の光景は笑いながら死んでいく男の顔だった。
と、いう記憶が降り注いできましたわ。これは前世の記憶ということでしょうか?
しかし、このようなときに記憶が降ってこなくてもいいのではないのでしょうか。いえ、恐らく目の前の人物の姿を見て、降って湧いたのでしょう。
容姿はとても整っている。それに加えキラキラとした銀髪に金色の瞳は私を睨みつけているように鋭い。それがとても冷たい印象をいだかせる。
氷の王子と言われるこの国の第二王子であるフェルナンド殿下。確か歳は私より一つ上の十六歳だったはずです。
そして、今は私と殿下との顔合わせという名のお見合いです。
「どうかされましたか?」
殿下は見合いという場には相応しくない、皮肉めいた笑みを浮かべて、私に聞いてきました。
あら? そんな顔をされると戦神とまで言われたヴァンアスガルド将軍に似ていますわ。
その姿に心臓がドキドキしてきました。私を殺した男に似ているだなんて……前世の話ですけど。
「いいえ。三ヶ月前のハーメイアの戦いで初陣にも関わらず、この国を勝利に導いたフェルナンド殿下の相手が、私でいいのかと、疑問に思ってしまったものですから。申し訳ございません」
私が先程まで、大した意味もない話を止めてしまった理由を、適当に言い訳をしていますと、急に第二王子は真顔になってしまいました。
しかし、私が口にしたことは本当のことです。長年このザルファール帝国と隣国エルバル国との戦いが続いているのです。
結局、あの戦いでも終わらなかったということですか。そうですわね。戦場に名を馳せた英雄同士の一騎打ちと言っていい戦いで、結局互いが互いを殺して終わったのですから。
ええ、私の前世という人物は今では敵国エルバル人ですわ。
「貴女でいいのですよ。いいえ、貴女が良いのです」
私が良い? どういうことでしょうか?
私はランドブルグ辺境伯爵を父に持つ、しがない貴族の令嬢です。可もなく不可もなく、これと言って見出されるようなものがない、普通の貴族の令嬢です。
ただ父が国のために多くの武勲を立てたといえば、そう言えるでしょう。三年前に属国であったシュメーレン王国の帝国に対する反旗を翻したことに際し、父は属国の王都を制圧したのです。そのことで属国ではなく帝国に取り込むことに貢献したことは記憶に新しいでしょう。
「父がランドブルグ辺境伯爵だからということでしょうか?」
それなら、妹でもいいということですわね。
「いいえ。貴女がメリアローズ・ランドブルグ伯爵令嬢だからですよ」
私ですか? よくわからず、首を傾げてしまいます。
するとニヤリと卑屈に見える笑みを浮べた第二王子は立ち上がり、向かい側に座っている私を見下ろすように隣に立ちます。
何でしょうか?
すると先程とは打って変わって、王子らしい綺麗な笑みを浮かべ、右手を差し出してきます。その笑みに嫌な予感がしますわ。……あっ。いいえ、決して目の前の人物が王子らしくないということではありませんわよ。
「気晴らしに外でも行きませんか」
そう言って私に立つように促してきます。身分的に誘われれば否定することは出来ませんので、私もニコリと笑みを浮かべ『はい』と答え、左手を差し出しました。
外ということはここから見える庭園ということでしょうか?
今、私がいるのは第二王子との見合いという名の顔合わせのために、王家の離宮に来ているのです。離宮は王都の中でも北側に位置する小さな森の一角にありますので、恐らく避暑地として使われているところなのでしょう。
普通であれば、ここからでも見える大きくそびえ立つ王城に足を運ぶべきなのでしょうが、何故か第二王子がこの場所を指定してきたのです。
私はそのまま第二王子に左手を握られ、裏口のような場所から外に出ました。思わず外の光の眩しさに目を細め、周りを見渡します。外に散策するのであれば、私の侍女が日よけの傘を用意するはずなのですが、その姿は見えず、緑がまばゆい森の中に入って行きます。
「あの? どちらに向かわれているのでしょうか?」
あまりにも、地道をサクサクと進んでいるので、頭ひとつ分高い、第二王子を見上げながら尋ねます。
「直ぐそこですよ」
皮肉めいた笑みを浮かべて答える第二王子。
あの……殿下は軍服を来ているので、問題無いでしょうが、私は窮屈なドレスを着て、ヒールの高い靴を履いているのです。地道を歩くには少々キツイですわ。
しかし、王子という人物にそのようなことを言えるはずもなく、私はなるべくドレスに泥がはねないように気をつけながら歩きます。
無言で道なき道を進んで行きますと、進行方向から人の声が聞こえてきます。それも複数の人たちが号令や掛け声を上げているようです。
遮る木々が無くなり視界が開けますと、その先には広大な平らな地面が広がっており、鎧をまとった者たちが、剣や槍、魔術や魔武器を使って訓練を行っている姿が視界を占めました。
そして、その光景が前世という記憶と重なり、とても懐かしく感じます。
その訓練をしている者たちに向かっていくように、第二王子が進んでいます。これはどういう状況なのでしょうか?私がここに連れてこられた意味が、さっぱりわからないのですが?
第二王子の姿に気がついた人たちが次々と第二王子の元に駆け寄り整列していきます。とても訓練が行き渡っているようです。
普通であれば、第二王子といえども、年下の青年が上に立つことに、反感を覚える者ぐらいいるでしょう。しかし、十六歳という青年の前に成人した大の大人たちが、列を崩すことなく、整列していくのです。
凄いと関心すると共に、恐怖を感じますわ。
「今日は君たちに面白いものを見せてあげましょう」
そう言って第二王子は私に視線を向けます。もしかして、私が面白いモノなのでしょうか? 私は何も特技がない普通の貴族の令嬢ですわよ。
「彼女は私の婚約者のメリアローズ・ランドブルグ辺境伯爵令嬢です」
……まだ、正式に婚約者に決まったわけではありませんわ。
「お初にお目にかかります。ランドブルグ辺境伯爵が第一子、メリアローズでございます」
別にこの方々と仲良くするつもりはありませんので、名を名乗るだけにとどめます。
そして、軽く膝を曲げる程度の礼をしました。
「彼女に予備のレイピアを渡してください」
「え?」
思わず隣を仰ぎ見ます。私に剣を? 辺境伯爵令嬢である私に剣を持てと言うのですか?
すると、すぐさま私の目の前に見慣れた形の剣が差し出されました。しかし、私はその剣を受け取るつもりはありません。
「フェルナンド殿下。申し訳ないのですが、私は生まれてこの方、剣を一度も手にしたことはございません」
確かにお家柄、父の背中を見て軍人になることを夢見たことはありました。しかし、父も母も女の子は剣を持つものではないと、頑なに私に剣を持たすことを否定したのです。確かに女性の軍人はいることはいますが、とても数が少なく、普通より少し良い給料のために、軍人になったという話を耳にするぐらいでした。
ですから、私がメリアローズとして生をうけてからは、剣というものを持ったことはないのです。
「大丈夫ですよ。まぁ、持ってみてください」
私を見下ろす第二王子はキラキラとした笑みを浮かべています。嫌な笑みですわ。まだ、歪んだ笑みを浮かべて、いてくれたほうがましです。ん?私の第二王子の人物像が歪んでいますわね。
普通であれば、ここで王子らしいと感想を持つべきなのでしょう。
私がどのような感想を抱こうが、王子という立場の人物の言葉を拒否する勇気はなく、鎧をまとった方から差し出されたレイピアを受け取ります。
すると第二王子は私から距離をとり、腰に佩いている剣を鞘から抜きました。
と、同時に集まっていた鎧をまとっている者たちが、蜘蛛の子を散らすように、一斉に距離を取っていきます。
えっと、これから何が始まるのでしょうか?
「ほら、鞘から抜いて構えないと、死ぬよ」
第二王子の言葉が聞こえたかと思うと、目と鼻の先に銀色の鋒が存在していました。
頭を貫かれると考えた瞬間、私は地面を滑りながら、身を低くして第二王子から距離をとっていました。そう、後方に飛ぶように避け、惰性を押し殺すように地面を滑り、身を低くして相手の隙を覗うのです。
当然、普通の貴族の令嬢はこのような動きはできませんし、私は訓練を受けて身体を鍛えているわけではありません。
ではどうしてこのような動きができたかと言えば、前世の経験からと、魔力での身体強化のゴリ押しです。きっと明日は起き上がれないほど身体に反動がくることでしょう。
しかし、身体強化してまででも避けなければ、私はきっと第二王子の剣で頭を貫かれていたことでしょう。
私はすぐさまその場を離れるように走り出します。その私の背後から背中を押すような突風と土煙が抜けています。視界で確認しなくてもわかります。第二王子が私が居た場所に攻撃をしかけたのでしょう。
私には第二王子の意図することがわかりません。
「逃げ回っているだけでは、何もなりませんよ」
風に交じって聞こえてきた第二王子の言葉は、私に喧嘩を売っていると受け止めていいのでしょうか?
ですが、私は今まで剣も持ったことも無ければ、ヒールの高い靴で走ることもしたことが無かったのです。こんななまくらな身体でできることなんて、限られてきますわ。
私は第二王子から距離をとるように大きく円を描いて走っていた足を止め、今度は一直線に第二王子の元に向かっていきます。
「『炎獄の輪舞曲』」
私が走っていた円に沿って、赤い炎の壁がせり立ちます。そして、地面を舐めるように炎が中心に向かって螺旋状に広がっていきます。
正に灼熱地獄。戦場を炎の海に変える、赤き悪魔の異名を持った私の前世の得意技です。
体力のない今生の私は出し惜しみはしませんわ。
「『氷牙断絶』」
「うそ!」
第二王子の呪の言葉に、私は一直線に向かっていた進路を変更し、ジグザグに移動します。私の直ぐ横に鋭い刃が地面から生えていき、地面が氷の刃の生えた剣山と化していきます。
こんな大技なんて普通は使えませんわ。
炎の海とその中に強固に存在感を主張する氷の刃。この世のものとは思えない地獄の風景が存在している中、私は背後から第二王子に向かってレイピアを突き刺し……ちっ! 剣で弾かれてしまいました。私は直ぐに後方に下がって、炎の海と氷の剣山の中に身を隠します。
しかし、私の炎でも溶けない氷を作りだすなんて、まるであの男のよう。私のお腹がチクリと痛みます。生まれ変わった身体にはお腹に傷なんて一つもありませんのに、まるで古傷が痛む方に疼きます。
ふと視界の端に空気が揺れたのを感じ、左手を突き出します。
ガキンッっと言う音と共に、私の作り出した簡易結界に弾かれる剣。そして、皮肉めいた笑みを浮かべる銀髪の男。
その姿が戦神と恐れられたグラディウス・ヴァンアスガルドと重なりました。
ああ、そうですか。そうなのですか。
私の前世記憶と今の情景がカチリと合った瞬間でした。
戦場で戦神と呼ばれる猛将がいた。
名はグラディウス・ヴァンアスガルド。帝国では大将の地位についているものの、現場主義者なのか、戦好きなのかわからないが、後方で指揮を取ることなく、戦場を駆ける強者だった。
当時私はエルバル国で中隊長の地位にいた。女だてらに一個中隊を率いるのは珍しいことだったが、如何せん私は強かった。赤髪の魔女という異名が付けられるほど、武勲を上げたと言ってよかった。因みに敵国からは赤き悪魔と呼ばれていた。
そんな私と戦神と呼ばれた男との出会いは、勿論戦場と言いたいところだが、そうでは無かった。
私が主に立っていた戦地は南方であり、戦神は北方で暴れていたので、互いの異名こそ知ることはあったものの、直接対峙することは無かったのだ。
ではどこで出会ったかと言えば……。
「マスター。おかわりー」
とあるバーで私は一人で酒盛りをしていたときだった。
私は既に三軒のバーを巡っており、今いるバーで四軒目だった。まぁ、あれだ。飲まなければやってられないというやつだ。
「毎日、毎日。飽きもせずによくドンパチやってられることだよね」
完全に現実逃避をしていた。毎日とは言っているが長年戦争を続けてきた二国間でも暗黙の了解がある。
春の収穫時期は休戦ということだ。
その休戦期間を使って休暇を申請し一週間の休暇をもぎ取ったのだ。とは言っても部隊の事務処理や武器の申請書類、部隊の増員手続き等に時間がかかってしまった。恐らく戻れば即行で戦場に送り出されることだろう。
一人グチグチ文句を言っている飲んだくれに、バーのマスターは何も言わずに、琥珀色のお酒を出してくれた。
滅多に市場に出ない香り高いウイスキーとして有名なアルテリーベ産のウイスキーだ。私はこの休暇で散財することを決めているので、少々高いお酒でも飲めるのだ。
「どこかにいい男って転がっていない? そろそろ結婚退職していいと思うのだけど?」
現在25歳の私は行き遅れもいいところ。赤髪の魔女なんていう異名が付いてしまったために、嫁の貰い手がないのだ。いや、私を慕ってくれている奴らはいるのだが、頭のネジが二・三本吹っ飛んだ奴らばかりで、異性という感覚は全くない。
「だったら俺のところに来るか?」
斜め上から声が降って来たため、視線を向ければ、印象的な金色に視界が占められていた。いや、思ったより近くに顔があったため、思わず身を引く。
そして、瞬時にその人物が誰かを割り出す。
黒い軍服を身にまとっていても、鍛えられた筋肉質の身体が見て取れ、皮肉めいた笑みを浮かべている容姿は、整っているものの、金色の瞳は獰猛さを隠しきれていない。長い銀髪を一つに結っているこの男。
噂に違わぬその姿。
戦神と恐れられるヴァンアスガルド将軍。
思わず腰に手をやるものの、武器の常時携帯を禁止されていたと、行き場を失った右手はグラスを持ち、一気に中身を煽る。焼け付くように喉を流れる酒に、一瞬飲みすぎてしまったかと思ったが、隣の席に腰を下ろした偉丈夫の姿に、これは現実だと突きつけられた。
胸ポケットからタバコを取り出し、咥え、指の先から火を出して、紫煙を吐き出す。
「将軍様がここで何をしているわけ?」
取り敢えず、答えてくれるとは思わないけれど、聞いてみた。
「では、逆に聞くが赤き悪魔が何故ここにいる?」
まぁ、聞かれるよね。別に私は素性を隠すようなことはしていない。私の象徴的な赤い長い髪も、上からの命令で目立つからという理由で着せられている赤い軍服もそのままだ。
「バカンス休暇」
私の心には潤いが必要だ。明けても暮れても戦場を駆ける日々に辟易しているのだ。
「クッ!バカンス。このモンテルオール共和国にバカンス……クククッ」
まぁ、普通は使わない言葉だ。
「武器商人の国はバカンスに来るところではないと思うが?」
そう、ここは商人の国。エルバル国にもザルファール帝国にも属さぬ独立国家なのだ。ただ、この国の在り方が変わっている。
元々は一人の商人が治めた都市で、商業区のような扱いだった。しかし、一つの国として独立するようになった経緯は、商人アキラ・コトブキという人物がこの地を治めたことから始まった。
魔武器という魔力を弾丸として扱う武器を売り出し、瞬く間に世界は泥沼の戦場となり、百年戦争と言われるまでに転がり落ちていった。
ただこの終わらない戦争で得をしたのがアキラ・コトブキだった。その人物は都市であった場所を国と位置づけるまでに押し上げ、独立国家として他の国々に認めさせたのだ。
これは一人の人物が多大なる力を持った結果だと言える。
都市の大きさしかないモンテルオール共和国には不可侵条約が結ばれており、この国での争いごとはご法度となっている。武器を購入するのは認めるが、武器として扱うことは禁止にしている変わった国だと言える。
だから、私はいつも腰に佩いているレイピアは宿泊しているホテルに置いており、持ち歩いてはいない。
そして、隣の偉丈夫はそんな武器を売っている国にバカンスに、来ているという私の言葉にお腹を抱えるほど笑っている。
「このご時世、周りを気にせずに過ごせるところなんて珍しい。ちょっとでも怪しい動きをすれば、警邏隊に連行されて国外追放だ。頭を空っぽにして飲めるところは貴重ってこと」
「違いない」
私の意見に同意した隣の偉丈夫を紫煙を吐きながら、眺める。
こう話してみると戦神も普通だ。普通に笑って、普通に酒を飲んでいる。
「で、私は答えたけど?」
私は答えたのだから、次は貴殿が答える番だと促す。
「武器の調達とバカンスだな。クククッ」
自分で言って受けている。隣の偉丈夫も何軒か回ってきたあとなのだろう。
やはり、武器の調達か。戦神自ら、武器の調達に来なくてもいいとは思うけど、恐らくそれと並行して情報収集を兼ねていると思われる。
私のバカンス休暇に許可が下りたのも、武器の調達をしてくるという建前があったから申請が下りただけで、普通は一週間もの休みなんて与えられない。
「将軍様は何日バカンス休暇もらえたの?私は一週間。短すぎると思わない?一ヶ月は欲しいわ」
「一ヶ月は長いな。俺は二週間だ」
一ヶ月は長い。二週間後から三週間後を目処に開戦。やはり、国に戻れば即刻戦場送り決定だ。
「マスター。おかわりー」
もう、飲まなければやってられない。
「うっ……」
酷い頭痛で意識が浮上した。何故か身体が重い。
「頭が痛い。この世は地獄だった」
もう世界が終わっている。この頭痛の酷さには耐えれない。
「飲みすぎだ」
背後から知らない声が聞こえてきた。いや? 知っている? 誰だっけ?
飲みすぎて、自分の部屋ではなく、部下の部屋に押し入ってしまったのか? ……全然思い出せない。昨日は何をしていた?
「あー死にそう。全然、思い出せない」
頭痛の所為で思考能力が全くなかった。すると、横向きになっていた身体が、仰向けになり、口の中に冷たい液体が……命の水!
思わずパチリと目を開けると金色が視界を占めた。デジャヴュ。
「あれ? 将軍?」
「ラディと呼べと言っただろう?」
……全然覚えていない。っていうか、この状況は世に云う朝チュン。
ちょっと待とうか。全くこの状況が理解できない。いや、別に私は処女ではないので、隣に男がいようが構わない。問題は相手が帝国軍人だということだ。
「頭が痛いので、もう一眠りします」
私は現実逃避をすることにした。このあり得ない状況を考えるには、思考能力が足りなかった。
しかし、目覚めても状況が変わることがなく、私の隣には偉丈夫がいるのだった。
「一つ聞きたいのですが、ここには一人で来られたのですか?」
遅めの朝食と言いたいけれど、もう太陽は中天にあるので、昼食と言って良い朝食を食べている。それも同じホテルを取っていたらしく、仲良くカウンター席に並んで食べている。
「部下と来ている。ほら、あいつらだ」
そう言って隣の偉丈夫は親指で背後を差す。その先には黒い軍服をまとった人物が五人おり、こちらをチラチラ見ている。
「では、部下の方と食事をされた方がよろしいのでは?」
「アンリ。さっきから他人行儀だな。俺とアンリの仲じゃないか」
「赤の他人ですが?」
私は横目でジロリと隣の偉丈夫を睨みつける。
「違いない」
そう言いながらクツクツと笑い出す。……あれ? 私、彼に名乗ったのだろうか?
「私、貴方に名乗りました?」
二度目に起きたときには地獄のような頭痛から解放されていたので、昨日の出来ことを色々……色々思い出してたけれど、私から名乗った記憶はない。
「いいや。しかし、有名だろう? 戦場を地獄に変えるアンリ・ラシュール」
「それはお互い様ですよね。グラディウス・ヴァンアスガルド将軍閣下」
お互い剣を向け合うことはなくても、その名は耳にすることがあるほどの人物。
「さて、一週間だったか? いや、正確には今日入れて六日か?」
「ん?」
「バカンス。楽しむのだろう? 付き合ってやろう」
……隣の偉丈夫の言っている意味が、理解できない。
私は胸ポケットからタバコを取り出し、火を付け、紫煙を吐き出す。
これは私の休暇に帝国軍人である偉丈夫が付き合うと言っている?
「なぜ、貴方が私に付き合う必要が?」
「気に入ったからな。赤き悪魔と言われていても、普通の人だ」
「え?」
「それにここでは敵は存在しない。そうだろう?」
部下の中でも私のことを恐れて近づかない奴がいるというのに……頭のネジがぶっ飛んでいる奴らは別だが……そんな私が普通の人か。
それにこの国にいる間は、帝国軍人であろうと敵ではないと。まぁ、この国を一歩でも出れば敵だということだ。
「将軍。私、新しい武器が欲しいです」
「敵に塩を送ることはせん」
「ケチですね」
「ケチで結構。それから、俺のことはラディと呼べと言っただろ。あとタメ口でいい」
私は紫煙を吐いて、隣の偉丈夫を見る。敵では無かったら、いい飲み友達になれそうだという印象を抱いたのだった。
私のバカンス休暇が終わるまで、本当にグラディウスは私と共に行動した。なんというか、彼の隣は居心地が良かった。
軍人である私は一般人からすれば、恐ろしい存在らしく、遠巻きに見られていた。部下も私にはおいそれとは近づかない。近づいて来る奴らは、私に向かって祈りを捧げたり、殴ってくださいとか言ってくるやつだったり、私物の不用品をくださいと言ってくるやつだったり、私は彼らの人間性を疑うこともあった。
しかしグラディウスの隣は息がしやすかった。何者にも囚われない私でいられたのだった。
そんなグラディウスとの休暇はあっという間に終わりを告げる。次に出会うことがあれば、それは敵としてだ。
この一週間で何かしらの情が湧いても、戦地に立てば私も彼も平気で互いに剣を向け合うことだろう。
「なぁ、帝国に来ないか?」
「それは捕虜として?」
「いや、嫁としてだ」
「それは無理ね」
「どうしてもか?」
「どうしても」
「戦争が終わればどうだ?」
「そうね。戦争が終われば考えてあげる」
「考えるか?」
「だって、戦争は終わっても戦後処理が長引きそうだからね」
「そうだな。まずは戦争を終わらさないとな」
そんな会話をして別れた。さよならも、次に会おうとも言葉にしなかった。
そんな言葉など意味がないことに私達は気づいていたからだ。
だってそうじゃないか。戦争が終結するということは、どちらかが戦勝国で、どちらかが敗戦国となる。私も彼も名が売れすぎた。ということは、それだけの敵兵を殺しているということ、敗戦国となれば、多くの者達を殺した罪として裁かれる存在へと成り下がる。
だから、彼はそうなる前に私に帝国に来ないかと言ったのだろう。将軍という地位を得たグラディウス・ヴァンアスガルドであれば、人一人ぐらい囲えると。
しかし、私は頷かなかった。私には国を裏切れない理由がある。私が戦場で活躍している限り、私が育った孤児院から強制的に出兵させないことを私の契約書に盛り込んであるからだ。
私が何かしらの理由で戦場に立てなくなれば、文句を言う親がいない孤児など、使い捨ての良い駒扱いされるのは目に見えている。
だから、私はきっと死ぬまで戦場に立ち続けるのだろう。
と、思っていた。
バカンス休暇が終わり、それから二週間後に開戦し、血と汗と死臭にまみれた戦場に立つまでは。いや、夏真っ只中で熱中症で倒れて救護施設に運ばれるまでは。
「ご懐妊ですね」
「くそったれがー!」
思わず叫んでしまった。クソ! 避妊薬が効いていないじゃないか!
「どうされます? 後方に下がりますか?」
後方に下がる? そんなことできるのか? この状況で? 無理だ。絶対に無理だ! 堕ろすように言われるのが落ちだな。
ここ数週間で敵の動きが変わってきている。そんな状況で後方に下がるなんて、上が許すはずはない。
では堕ろすのか?
私を捨てた家族のように、私は子供を殺すのか?
それは絶対に嫌だ。どうしたら守れる?
脱走兵になる? いや、これは絶対に捕まるだろう。
一番いいのは戦死に見せかけることだ。死体がなくても、この状況であれば死んだと思わせることができればいい。
私は診断した医者に、お金を握り渡す。
「このことは黙っていて欲しい」
「ですが……」
「因みに人の目をごまかせるのは、あとどれぐらいだ?」
「人によりますが、中隊長ですと筋肉とさらしで押さえ込んでも、あと三ヶ月が限度かと」
「わかった。世話になった」
そう言って私は救護所をあとにした。
中隊長は上の命令に忠実でなければならないが、私は上から能力を買われているため、ある程度戦場を忖度できる立場だ。となれば、都合のいい地形の戦場を自分で選べは、偽装工作も可能ということだ。
くそっ! もし、あの男に会うことがあったら、一発殴ってやる!
しかし、情勢は賽の目の如くコロコロと変わっていった。いや、エルバル国側の状況が芳しくない。
北側が崩れたのだ。一番の理由は北側を護っていたガルモント砦が落とされたことだ。
あとは撤退しながら敵兵と応戦するという撤退戦を強いられ、足止めとして残された多くの兵がその生命をちらしていった。
そうなれば、当然国としては次の手を打ち出さなければならない。そう、総力戦だ。
南側で小競り合いしているのではなく、部隊を率いて北上しろ。大隊長からの命令が下った。
大隊長から命令されれば、中隊長である私は従わなければならない。
私は何故あのとき後方に下がるという選択肢をしなかったのかと、後悔している。いや、もっと言えば、あのとき彼の手を取っていればよかったのではないのかと。
しかし、戦場に立った私が今更後悔しても詮無きこと。
少々きつくなってきた軍服に右手を置く。まだ見た目ではわからないが、お腹周りがきつくなってきたことから、ここに命が宿っていることがわかる。
「不甲斐ない母で、ごめんな。あの男の手を取る勇気が無かった所為で、産んでやれない」
私個人に下った命令は国の為に死ねだった。いや、正確には戦神ヴァンアスガルド将軍を殺せだった。
その命令を聞いたとき私は死んだと思ったね。いや、生き残ることはできるかもしれない。しかし、五体満足とは言えないだろう。
「だから来世で産むことにする」
きっと私は地獄に落ちるだろうから、来世があるとは思ってはいない。
しかし、家族がいない私に、今だけ家族ができる夢を見てもいいのではないのだろうか。
「中隊長。出撃準備終えました。いつでも出撃できます」
「最後までお供を致します」
「帝国の奴らなんて、サクッとやっちゃいましょう」
部下の者たちもここが死地だと捉えているようだ。
「私の個人的な命令に付き合わなくてもいいんだぞ。私が無理言って大隊長直轄の中隊に組み込んでやった努力を、無為にするのか?」
「酷いですね。隊長、俺たちを置いていくなんて」
「何年。隊長の元で戦ってきたと思っているんですか」
「隊長の炎の中で戦えるのは、俺たちだけですからね。貴重な人材は酷使すべきです」
本当に頭のネジがぶっ飛んでいるだけのことはある。
「無駄死にするなよ。生き残れば勝ったも同然だ」
「「「了解!」」」
噂では帝国側もこの戦いで決着をつけようとしているらしい。だから、ここにいる兵士たちの士気は高い。この戦いに勝てば戦争が終わる。平和な世の中が戻ってくる。そう信じている。
ふふふっ。全ては私があちらの大将であるヴァンアスガルド将軍の首を取ればの話だ。因みにこちらの大将は先程挨拶させてもらったが、子鹿のようにプルプル震えていた第四王子という少年だった。
せめて戦える第二王子ぐらい引っ張って来て欲しかった。いや、内心軍の上層部も負け戦だと分かっているのかもしれない。北方の撤退戦がかなり痛手だった。この戦いで多くの猛将を失ってしまったのだ。
まぁいい。私も多くの選択ミスをしてしまった。だから、私の命はここで絶えるだろう。所詮私は戦場に生きて戦場で死んでいく駒に過ぎないということだ。私情など踏み潰されて同然。
「それで、中隊長。どのような作戦でいくのですか?」
「作戦?」
部下から作戦を聞かれたけれど、彼には小手先の技など通用しないだろう。
「いつも通りで、いいんじゃない?」
「いつも通りですか? それは我々は遊撃隊のように突出して、敵陣に突っ込み暴れまくるということですね」
「相変わらず中隊長はイカれてますねー」
「中隊長! 愛してます」
一人おかしな言動の奴がいるが、いつものことなので、無視しておく。
「いつも通り、分が悪いと思ったら、引きなさい。こんなところで無駄死になんて、ごめんだからね」
結局、中隊長と言っても私に付き従うのは、頭のネジがぶっ飛んだやつらだけ。他の兵たちは大隊長に預かってもらった。
敵陣に楔を打つように、突っ込んでいって無事なわけがない。
上層部なんて結局、指示を出すだけで、戦場の悲惨さなんて何も分かっていない。しかし、彼は将軍という地位にも関わらず、戦場に立ち剣を奮っている。本当に命を預けるのであれば、彼のような上官が良かった。
「ゴホッ」
口からせり上がった物を吐き出す。赤い血だ。地面に落ちていく血を追っていくと、腹に刺さった剣に目がいってしまう。下腹に刺さることは避けたものの、深々と左腹部に剣が突き刺さっていた。
「あんたはやっぱり良い女だな」
私の腹に剣を突き刺した相手からの言葉だ。その人物に視線を向ける。
全身フルプレートアーマーで身を包んでいるが、右胸からは剣が生えており、兜は半分破壊され、銀髪と私を見る金の目が顕わになっていた。剣に右胸を突き刺されても堂々と立つ姿は正に戦神と言っていいだろう。
「お前もいい男だよ」
私はそう言いながら、短剣を抜きとどめを刺すべく、戦神と恐れられた偉丈夫に向かっていく。私はここで死を迎えるだろう。
心残りがあるとすれば、お腹の子を産んであげられなかったことか。
周りは炎に包まれ、あちらこちらに氷の刃が地面から生えている。この場には私達しか居ない。いや、炎の周りにはこの戦いの決着を見守るかのように人垣が出来ている。
私はトドメを刺すべく、短剣を首に突き刺そうとするも、グラディウス・ヴァンアスガルドは抵抗する素振りを見せない。この男も死を覚悟してこの戦地に立っていたのだろう。
私は彼の首に短剣を突きつけたまま、ニヤリと意地の悪い笑みを浮べた。
「冥土の土産に一つ話を教えようか」
「何だ?」
短剣の刃を突きつけられても眉一つ動かさない。ん? もしかして、ここから再起を計れる何かがある? まぁいい。この出血量じゃお互いの残りの命は短い。
「実は色々軍を抜け出せないか画策していたのだよ。それで、無事に軍の目をごまかせたら、春にでも子供と共にラディの前に立って驚かせてやろうと思っていたのだ」
「は? 子供?」
「まぁ、産んでやれそうにないから、来世で産んでやると約束したけど」
そう言って私は血まみれの腹部を撫でる。
「クククッ……ハハハハハッ……ゴホッ。笑かすな。しかし、来世か。それはいい」
すると、彼の魔力が突如上昇する。まさか、まだこれほど余裕があったのか。
突きつけていた短剣に魔力と力を込める。短剣が熱を帯び炎が吹き出す。
「イッ!」
何も抵抗しないと思っていたら、私の首に噛みついてきやがった! そして、私の肉を食いちぎった。正に人を食った顔をしたグラディウスは皮肉めいた笑みを浮かべている。
私の短剣で半分首が焼き切れているのに、苦痛に顔を歪めるのではなく。やりきったように笑っているのだ。
「ゴホッ」
まぁ、私自身もここで限界だ。
「『全てを……無に帰す炎となれ……滅炎…』」
ここで死ねば私の身体は敵国のいいように扱われるだろう。ならば、全てを灰にしてしまえばいい。
「ごめんね」
何も守れなかった私の声は、白き炎に包まれて消えた。
という昔の夢を見たところで、強い衝撃と共に目が覚め、何故か私は絨毯と仲良しになっています。
あら? この状況は何が起こったのでしょう?
確か第二王子に喧嘩を売られて、短期決戦で挑んだものの、やはり身体が付いて行けず『剣など持ったことがないと言っているのに、何をさせますの!』とブチギレて、炎の雨を降らせた後の記憶がありませんわ。きっと魔力切れを起こしたのでしょう。
しかし、動けないにも関わらず絨毯と仲良しになっていることがわかりませんわ。
すると大きな手が私の胸ぐらを掴んで引き起こします。
その元をたどると……あら? お父様ではありませんか。茶髪の厳つい中年の男性という父は軍人らしく、たくましい体つきをしています。
なぜ、私はその父から胸ぐらを掴まれ、睨まれているのでしょう。
「やっぱりお前など、生まれた時に殺しておけばよかった」
まぁ、この身体がまともに動かない状況で、殺害宣言をされましたわ。しかし、どういうことでしょうか?
「赤い髪に赤い目の悪魔憑きなど、生かしておくべきではなかった」
赤い髪に赤い目。確かに私は前世と同じ赤髪で赤目ですわね。
「我が国の英雄であり、我が国に勝利をもたらそうとしてくださったヴァンアスガルド閣下を殺した悪魔と同じ赤い悪魔など」
まぁ、あれから何年経ったか存じませんが、未だに私は赤き悪魔と呼ばれているのですか。
「ふふふっ」
思わず笑ってしまいましたわ。
「何がおかしい!」
怒られてしまいました。
「すみません。その閣下という方を殺した悪魔という者はどうなったのですか?」
自爆といっていい魔術を使ったのですが、うまく発動したのか気になりますわ。
「周囲を巻き込みながら自爆し、閣下を亡きものにした」
ん? 私の行動は彼を殺すために自爆したと、されているのですか。それは釈然としませんわ。
「では、自爆死した者と同じ色を持っているだけで、殺されるなんて理不尽ですわ。お父様」
私が父に向かって言うといきなり頭が揺れました。違いますわね。右頬が痛いので殴られたのでしょうか?
「父と呼ぶな! この悪魔め! あの悪魔と同じ炎など使い寄ってからに! 剣は持つなとあれほど言ったにも関わらず、フェルナンド殿下に剣を向けるなど、言語道断! この場で私が剣のサビにしてくれる!」
お父様がとても怒っていますわ。しかし、私は剣を持ちたくて持ったわけではありませんのに……というか、この言い方ですと、私が第二王子と戦ったときお父様は見ていたということですわね。ならば、私が剣を持ちたくないと言ったところも聞いていたはず。
お父様が腰に佩いている剣を抜き出したので、助けを求めることにしました。
「フェルナンド殿下。そこで見ておらずに、助けていただけませんか? 慣れないことをした所為で身体が動きませんの」
誰の所為でこのようなことになっているのかと、入口の壁にもたれて先程からことの成り行きを見ている銀髪の青年に助けを求めます。
すると父はハッとして入口の方に視線を向け、私を絨毯に押し付けるように頭を押さえつけます。
ちょっと力が強すぎるのではありませんか?
「フェルナンド殿下。申し訳ございません。我が一族からこのような悪魔が出てくるなど……この者は直ぐに始末しますので、二番目の娘を……」
「ランドブルグ辺境伯爵。私はメリアローズ嬢を婚約者に選んだのです。わかりますか?私が選んだのです」
父の言葉を遮って第二王子は強く言葉にします。そして、頭を押さえつけられている私がわかるほど、威圧を放っています。
思わずフルリッと身体が震えます。
「申し訳ございません」
父は威圧を放っている第二王子に謝っています。
「ああ、ランドブルグ辺境伯爵とあろうものが、若輩である私の殺気に怯えなくてもいいのですよ。そこのメリアローズ嬢のように笑って受け止めてもらえばいいのです」
ん? 笑ってました?
いつの間にか頭の圧迫感はなくなったものの、まともに身体が動かせないので、視線だけを上に向けます。
皮肉めいた笑みを浮べた銀髪の青年の姿を視界がとらえました。
「私、笑っていましたか?」
「ええ、笑っていましたよ」
第二王子は動けない私を抱き抱えて、父を見下ろします。
「メリアローズ嬢はこちらで預かりますので、ランドブルグ辺境伯爵はそのままお帰りください」
視線だけで人を射殺すように父を見下し、第二王子は部屋を出ていきます。
あら? 先程おかしなことをおっしゃいませんでしたか?
「私を預かるですか?」
「ええ、貴女は私の婚約者ですからね」
「その婚約者に本気で剣を突きつけていましたけど?」
「それは貴女が、理由がわからないと言ったからですね」
確かに私を婚約者に選んだ理由がわからないと首を傾げましたが、それとこれとは違うと思います。
お陰で私は行動不能に陥っているのですから。
「もう一つわからない事があるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
私が聞きたいことそれは
「あのとき、私は手加減されていたのかな? グラディウス・ヴァンアスガルド将軍閣下」
私の言葉に私を抱える第二王子は皮肉めいた笑みを浮べ、私に視線を向けます。
「クククッ。手加減? よくもまぁそんな言葉がでてくるものだな。アンリ・ラシュール」
やはり第二王子はグラディウス・ヴァンアスガルドという人物の記憶を持っているようです。先程の丁寧な話方よりこちらの方が、似合っています。
「部下を三人捨て駒にしておいて、手加減されていると思ったのか?」
「捨て駒は私を含めて四人だ。だったら、最後に不発に終わった魔術はなんだ?」
最後に練り上げられた魔力。あれほどの魔力を温存していたのであれば、手加減されていたのかと思って当然。
「不発ではない。術は完璧だった」
完璧? おかしいですね。私の記憶では何も起こらなかったです。
「アンリが死に際におかしな事を言うから欲が出てしまったからな」
「よく?」
「好きになった女に子供が出来たと聞かされた時には、どうしようもない状況だった。そうしたらアンリは来世の話をするじゃないか。だったら、残りの生命と引き換えにその魂に俺のモノだと楔を打てば良い。なぁ? 術は完璧だっただろう?」
……確かにあの時の彼の顔は満足したように見えましたが、首に噛みついてきた理由はそれだったのですか! てっきり私にトドメを刺すためだと思っていました。
しかし、魂に楔ですか。よくそんな事を思いつきましたね。それで今は第二王子となった彼に抱えられていると。
「あと、子供は十人ぐらい欲しいな」
「多いですね」
流石に十人は多いですわ。
「今日からこの離宮に住んでもらうから、今日から子作が可能だ」
今日からってどういうことですの! もしかしてこの離宮はフェルナンド殿下のお住まいということですか?
「それは初耳です。あと何方かが私に無茶を強いたので、三日ほどは寝込む予定です」
普通の貴族の令嬢の身体には、些か酷使しすぎたと思います。
「三日は長い。それからアンリの異名を払拭するために、メリアにも戦場に出てもらう」
戦場ですか?
「赤い悪魔でいいですよ。私は体力がない普通の貴族の令嬢ですので無理ですから」
「俺が腹立たしいから却下だ。メリアなら直ぐに以前のようになれる」
フェルナンド殿下が腹立たしく思う必要はないと思います。
「我が儘ですね」
「こんなものは我が儘にははいらん。クククッ。やっぱりお前はいい女だなぁ。今度は手放さないから覚悟しろよ」
私との会話が面白いと言わんばかりに、目を細めて笑っています。私に覚悟をしろと言ってきたフェルナンド殿下に教えてあげましょう。
「ふふふっ。一つ後悔していることがあったのです」
「なんだ? 今更婚約しないとかは無しだぞ」
そんなにギロリと睨まないでください。
「いいえ、あの時……アンリ・ラシュールは帝国に誘ってくれたグラディウス・ヴァンアスガルドの手を取らなかったことを、後悔していたのです。ですから、手放さないでくださいね」
すると金色の目が大きく見開き、そして皮肉めいた笑みを浮べました。
「もちろんだ。メリア、愛している」
そう言ってフェルナンド殿下は口づけをしてきました。
結局私は地獄に落ちることなく、グラディウス・ヴァンアスガルドを前世に持つフェルナンド殿下の手の内に落ちたのでした。
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フェルナンド殿下(グラディウス将軍) Side
「そういえば、文句を言おうと思っていたのです」
メリアは突然そんなことを言い出した。なんだ?何か文句を言われるようなことをしたか?
「色々ありすぎて、言う機会がなかったので、今いいますけど、どうして顔合わせの日に私に剣をもたせたのですか?私が戦えないことぐらいご存知でしたよね」
ああ、メリアに二度目に会った日のことか。
一度目はメリアのデビュタント・ボールの日だったが、メリアは俺のことを見向きもしなかったことがとても衝撃的だったことを覚えている。
俺は生まれから、グラディウス・ヴァンアスガルドという人物の記憶をもっていた。そして、容姿も前世と同じだったのだ。流石、残りの生命を対価にしただけあって、術は完璧だった。
ならば、アンリとそっくりなメリアローズ・ランドブルグという少女にも前世の記憶があってもおかしくはない。そう思っていた。だが、現実は違っていた。
術は俺にだけ発現して、アンリには効力が見られないのか?いや、ならば、アンリそっくりな容姿にはならない。
だから、前世と同じ状況に持っていけば、思い出すかと考えた。
「メリアが俺を思い出さないのが悪い」
「え? 顔合わせの日に思い出しましたよ?」
それは、俺が攻撃を仕掛けたときの話だろう?
「危機的状況に陥ったから思い出したのだろう」
「違いますわ。ランドブルグでは、ワインに使うブドウが豊作だという、どうでもいい話をしていたときです」
まぁ、どうでもいい話であったが、ランドブルグはワインが特産のため、話をしているのだろうと聞いてはいたが、あの時に?
「ふと、フェル様の瞳を見ていると、琥珀色のお酒が浮かんできたのです。それで、あら? もしかして私を殺した相手が目の前にいるのではと、思い出したのです」
あれか! いきなり話していたのを止めたからどうしたのかと思えば、俺の婚約者でいいのかとか言ってきたときのことか。
思い出したのなら、言ってくれればいいじゃないか。
「そうだな、剣を持たせた理由はメリアには赤が似合うからだ」
「それは理由にはなっていませんわ」
文句を言うメリアをニヤリと笑って見下ろす。
理由にはなってはいないというが、全くメリアが思い出さないからだ。だから、強行手段をとってしまった。
まぁ、そのことに関しては後悔はしてない。あれのお陰で、部下もメリアに敬意を払うようになって、その後の物事がスムーズに行うことができたのも事実。
メリアに剣を持たせて、記憶を思い出すかは一か八かだった。あの魔術を施行した事実の記録は残っていても、そのあとどうなったかの記録は残っていなかった。
当たり前だ。死んで生まれ変わって共に生きたいものと巡り合ったのであれば、それで満足し前世で記録したものの、続きに記録するという酔狂なことはしないだろう。
ただ、メリアに剣を持たせた時に思った。剣を持ったことはないと言いつつも、その持ち方は魂が覚えていると。
寸止めするつもりで一撃目を入れれば、紙一重で身を捩り、大きく後方に下がるメリア。
アンリの戦う姿と重なる。
追撃の一撃を入れれば、剣で往なすかと思えば、更に後方に駆けていく。いや、かなりの間合いをとって円状に駆けている。
これは短期決戦を仕掛けてくる気か。足跡に魔力の痕跡が見て取れるから、何か時限式の魔術を仕掛けているのか?
「逃げ回っているだけでは、何もなりませんよ」
何をやろうとしているのかは、薄々感じている。魂が震えるようだ。
大気がピリピリと死を纏ってきた。
ああ、赤き悪魔と言われた彼女がこちらに向かってくる。
「『炎獄の輪舞曲』」
容赦なく退路を断つように赤き炎が地面を覆っていく。俺と彼女を囲い込むように炎の壁がせり上がり、全てを炎の海にすべく、地面を舐めていく。
幾度となくこの魂が感じてきた死が、ここにはあった。
「『氷牙断絶』」
その死を断ち切るように、炎の世界に氷の牙を突き立てる。
地面から突き出た牙を避けるように、突き進んてくる彼女。俺の死角を狙ったつもりだろうが、以前ほどの俊敏さがない彼女の剣では傷一つつけられない。
やはり、アンリの姿は父親であるランドブルグ辺境伯爵にとって忌避感があったのか、本当に彼女に何もさせていなかったようだ。
まだ、若かったあいつが俺の部下としてあの戦場にいたから、仕方がないことなのかもしれない。
炎と氷の世界に姿を隠した彼女を探り当てる。次の一手を模索している彼女に、俺は一撃をいれるも、瞬時に張られた結界で剣が弾かれてしまった。
一瞬、世界がブレた。いや、魂があの時に引きずられる。
彼女と生命を賭けて戦った、最初で最後の戦場。
炎と氷の死の世界。
その世界には誰も立つことができず、ただ俺と彼女のみが、そこに存在できたあの時に。
彼女には赤が一番似合う。そう思った。
まさか、敵陣にたった四人で突っ込んでくると誰が思う? 戦場で一番目立つ赤い髪を翻し、返り血か元の軍服の色かわからない赤い色を身にまとって、騎獣に乗ったアンリは先陣を切るように、一直線に向かってきたのだ。
彼女の戦い方は耳にはしている。戦場を地獄と化す悪魔の所業だと。
「一箇所に固まるな散れ!」
おそらく彼女の目的は俺だろう。
しかし、この戦線で彼女が出てくるとは思わなかった。
彼女は南の戦線の要。そこを外されるとは読みが甘かった。
いや、俺の希望がそう思い込もうとしただけだ。考えればわかること。少し北側を攻めすぎたのだろう。戦える者を引っ張り出して来ることぐらい誰だって考える。
俺は彼女を迎え入れるべく、戦場に出る。
失敗だ。早く戦争を終わらせようとした結果がこれだ。
己の失策を笑うしか無い。何のために戦争を終わらせようとしたのか。
せめて……せめて、彼女は俺の手で殺そう。
そう思った瞬間、全てが赤に染まった。
大地も大気も空も、全てが赤く染まっている。そんな中、彼女は俺に向けてレイピアを振るってきた。
敵陣に突っ込んでくることは、それなりの覚悟を持ってきていると思われる彼女は、笑っていた。この状況が楽しいと言わんばかりに笑みを浮かべていた。それは彼女に付き従う兵の者たちも同じだった。
ああ、そうだ。楽しもうじゃないか。生命を懸けた戦いだ。そこまで狂ってないと、この場所には立っていられないだろう。
そんな彼女を俺はこの世で一番美しいと思ってしまった。ああ、俺も大概狂っている。
「冥土の土産に一つ話を教えようか」
もう彼女も俺も満身創痍と言って良い。動けてあと一撃だ。
「何だ?」
俺の首に短剣の刃を突きつけている彼女がおかしなことを言ってきた。冥土の土産だと?
「実は色々軍を抜け出せないか画策していたのだよ。それで、無事に軍の目をごまかせたら、春にでも子供と共にラディの前に立って驚かせてやろうと思っていたのだ」
ちょっと待て? 俺は耳までやられてしまったのか?
「は? 子供?」
「まぁ、産んでやれそうにないから、来世で産んでやると約束したけど」
来世で産んでやるか。やっぱり、アンリはいいな。
「クククッ……ハハハハハッ……ゴホッ。笑かすな。しかし、来世か。それはいい」
確か、魂を繋げる禁呪があったな。俺の生命を対価にすれば、いけるか。
俺の魔力の増幅を感じ取ったアンリは容赦なく俺に攻撃してきた。丁度いい、アンリの魔力も術式に入れ込めば、強固になる。
『魂の連鎖』
その昔イカれた魔導師が作ったとされる禁呪だ。互いの魂を引き寄せる魔術。それをアンリの魂に打ち込む。
「イッ!」
首の肉を食いちぎって満足している俺も相当イカれている。
「『全てを……無に帰す……』」
その呪文を唱え始めたアンリの赤い炎は、全てが白い炎に置き換わっていく。ここで生命の炎を燃やす、自爆魔術を発動するつもりか。
一人で逝かせるわけないだろう。
俺は重い身体を引きずって、アンリを抱き寄せた。
「『滅炎』」
その呪が発動されたと同時に、全てが白い炎に呑み込まれていく。こんな人生の終わり方も悪くない。
「ごめんね」
俺の意識が消える中、聞こえた声は誰に謝っていたのだろうな。
「誰に謝っていた……ですか?」
俺を見上げる赤い瞳は困惑しているように揺れている。
「お腹の子にですよ」
そう言ってメリアは、大きくなったお腹を撫ぜている。あと三ヶ月ほどで産まれてくる予定だ。
「偉そうに言ったものの、この子がその時の子供とは限りませんが、元気に生まれて来てくれれば、それだけでいいです」
「春が楽しみだな」
「ええ、楽しみですわ」
________________
【デート編】
「こ……これが幻の『ニホンシュ』!」
私は透明な液体を見て感動していた。
「ああ、市場には出回らないが、ここに来れば飲める」
私の向かい側には銀髪の偉丈夫が卑屈な笑みを浮かべて座っていた。その私と偉丈夫の間には所狭しと並べられた、料理があるが、どれも見たことがない料理であり、小皿に綺麗に盛り付けがされている。
「ここの国主であった商人アキラ・コトブキがこだわって作った店だからな」
あの両国間の戦争を百年戦争にまで泥沼化させた張本人の店か。確かに店の雰囲気も他の店とは違い、変わった店内だった。私にはなんと表現していいのかわからんが、格子に紙を貼っても直ぐに破けるので、どうなんだ?と思ってしまう。
「まぁ、飲んでみろ。絶対に気に入ると思うぞ」
ラディに促され、透明な液体を喉に流し込む。ピリッとしたアルコールの中に芳醇な香りが漂い、スッと喉に流れていく。
「これはいい。一樽でもいけそうだ」
「残念ながら、この酒の樽売りは無いらしい」
美味しいものは少ししか、食べられないのが世の常。この出されている『ワショク』もここでしか食べれないものだ。
「しかし、将軍様は太っ腹だね。一週間しか共にいないヤツに、これほどの食事を奢ってくれるなんて」
私はそう言って、目の前の料理を食べる。小さな器に少しずつ並べられた料理はどれも美味しい。今まで食べたことがない味だが、美味しいと感じている。
「ラディと呼べと言っているだろう。それから、アンリだからここで一緒に食事をしようと思ったんだ。部下でも連れては来ん」
ラディはニホンシュを飲んで機嫌の良いようだ。
「アンリは俺の嫁に来るんだろう?」
「永久就職いいねぇ。そこは酒は飲み放題かな?」
「二日酔いになるまでは飲むなよ」
「ぷっ! 昨日は羽目を外しすぎただけだ。普段は二日酔いを起こすほど飲まない」
四軒もバーをはしごするなんて、普通はしない。しかし、昨日は飲みたかったのだ。
「アンリの家族はどこにいるんだ?」
「あ? いきなりどうした?」
「嫁にもらうなら、挨拶に行かねばならないだろう?」
私の嫁設定をまだ続けるのか? 違うな。酒が回っているのだろう。
この『ニホンシュ』は口当たりがいいが、アルコールは高そうだ。いや、その前に飲んだ『ショウチュウ』が効いているのか。
まぁ、私も酔っているので、その話に付き合ってやろうか。
「残念ながら、私は天涯孤独の身だ。生きるも死ぬも自由だ」
「そうか。では子供は十人ぐらいがいいな」
「ぷっ! 十人。多すぎると思うが?」
「寂しくなくていいだろう?」
ん? どういう意味だ?
私がラディの言葉の意図を考えていると、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「死ぬ時はベッドの上で孫に囲まれて死ぬのが夢だ」
その言葉に、なんて大それたことを言うのかと、驚く。いや、平和な時代が来れば、それは普通と受け止められるかもしれない。
しかし、ラディも私も戦場に立ち、戦う軍人だ。明日死ぬともわからない身で、寿命まで生きたいという。なんて……なんて、眩しい夢なんだろう。
「それはいい。子供と孫に囲まれて死ぬなんて、いい夢だ」
あり得ない夢だ。私もラディもきっと戦場で死ぬことになるだろう。それが現実。
食事が終わった私はタバコを取り出し、火をつけ、紫煙を吐き出す。
「儚い夢だ」
「クククッ。語るのは自由だ」
「ああ、そうだな。語るのは自由だ。結婚退職して、戦場を離れて小さくても家を持って、夫と沢山の子供がいる家庭がいい。家族を知らない私でも受け入れてくれる夫がいればだ」
「だから、俺のところに嫁に来いと言っている」
よく言う。グラディウス・ヴァンアスガルドは帝国では英雄扱いだ。そんな英雄様の嫁に赤き悪魔と呼ばれる私が嫁に行けるはずはないだろう。
ふぅっと紫煙を吐く。
「私は赤き悪魔だそうだ」
「エルバル国の英雄だ」
「英雄と持て囃されても所詮は人殺しだ」
「それは俺も同じだろう?人殺し同士お似合いだろう?」
「お似合いか?」
「お似合いだ」
その言葉に互いに笑いが込み上げている。
英雄と呼ばれる人殺し同士か。国や立場が違えど、私とラディは似た者同士ということか。
「そうだ。もう一軒寄らないか?」
飲みに行こうというやつか。
「では、付き合おう」
そして、私の前には大量の魔武器が並べられていた。
魔武器は様々な形はあるが、これは細長く、中は筒状になっており、魔石に魔力を溜めて、引き金という部分を押すと、魔力の塊が高圧に圧縮され打ち出される仕組みの魔武器だ。
「これは?」
「魔武器『銃型』になります。多種多様な形や特徴がありますので、気になるものがございましたら、試し打ちができます」
商人が説明してくれたが、それは知っている。私が聞きたいのは、何故武器屋に私を誘ったのかということだ。
「気になる物があるなら買ってやるぞ」
「いや、昼に敵に塩は送らないと言っていたよな」
「言っていたが、これは別だ」
同じだと思うが?
ラディが何を言いたいのかわからないまま、魔武器を見るが、ピンと来るものがない。
「やはり、私は『銃型』は好まない」
「そう言われずに、これなど如何です? 最新型で、込められる魔力量が大幅に上がっています。あ、これは試し打ち様に出力は調整しております」
そう言われて、商人に80セルほどの長さの銃を渡された。私はため息を吐きながら、片手で構え、的に向かって撃つ。
同心円状に描かれた的の中央に命中。
「お見事でございます」
魔力を込めて引き金を引く。魔力を込めて引き金を引く。魔力を込めて引き金を引く。魔力を込めて引き金を引く。引く引く引く。一秒に満たない速度で引き金を引いていく。
「お……お客様……そ……それ以上は……」
引き金がカスッと感触がなくなり、魔力の塊が発射されなくなった。
「最新型でもそうだ。ある一定以上になると、ゴミ化する。これは戦場では命取りだ。乱発に砲身が徐々に耐えれなくなっているのも変わらない。見ろ、うっすらとヒビが入っている。魔力を圧縮する魔石もそうだ。これぐらいでオーバーヒートして煙が出てしまっている。これなら、剣一本で戦ったほうがマシだ」
私はゴミ化した銃を商人に渡し、ここに連れてきたのはどういう意味だと、ニヤニヤとした笑みを浮かべているラディに視線を向け睨みつける。
「どうだ? 俺と同じことを言っただろう? それも相手はエルバル国の英雄だ。ザルファール帝国の俺とエルバル国の英雄が同じことを言うということは、この魔武器はそもそもが不良品だ。だから、俺の部隊には銃型は採用しない」
商人の顔色は青を通り越して、真っ白になっている。両国からダメ出しを食らったのだ、これは相当の痛手だろう。商人としての生命線も危ういのではないのか?
しかし、もしかしてこのために私をここに連れてきたのか?
「やっぱり、アンリはいいなぁ。俺が駄目だと言っても部下たちは理解してくれなくてな。俺と同じ目線で物事を見てくれるなんて。流石、俺の嫁だ」
「嫁ではない」
という記憶が蘇って来ましたわ。
ええ、何故か私の目の前には銃型の魔武器が並べられています。
「お嬢様。こちらは銃型の魔武器となりまして、手のひらサイズから、置き型の銃まで一揃えしております。お嬢様には手のひらサイズがよろしいかと存じます」
にこにことした笑みを浮かべて、手もみをしながら、私に説明をしてくれる商人。まぁ、これは商売なのですからいいでしょう。
しかし、デートに行こうと馬車に詰め込まれ、移動に三日掛かって連れてこられたのが、商人の国モンテルオール共和国だったのです。
これはデートという距離ではありませんわ。
「フェル様。これはどういうことでございますか?」
私は睨みつけるように、皮肉めいた笑みを浮かべている銀髪の青年を見ます。
「メリアが貴族の令嬢は剣など持たないと言ったものですから、銃にしてみたのですよ」
確かに言いました。言いましたが、貴族の令嬢の体力で、普通の軍人並みの訓練は出来ないと言ったのであって、銃が欲しいとは一言も言ってはいません。
それに銃は好まないと言っていたのを知っていると思ったのですが、そこは思い出していないということでしょうか?
もしかして……あれから銃の強度が上がったのでしょうか?
私は前世の時に手にしたことがある、80セルの長さの銃を手に取り、両手で構えます。やはり、貴族の令嬢の筋肉では重いですわね。
両手で構えた銃の先には同心円状の的があり、引き金を引きます。飛んでいく魔力の塊が回転しながら、的にあたっていきました。しかし、それで終わらず、連続的に魔力を込めて、引き金を引いてきます。
「あら?」
以前なら壊れていたのに、まだ動いています。魔石も何も変化ありません。
「これは軍で採用されていますの?」
「そうですよ。現在の戦場での武器の主流は銃型の魔武器ですね」
そうですか。あれから時代が変わったのですね。
「流石、私のメリアですね。そこまで銃を使いこなす者は中々いませんよ」
使いこなすですか? ただ単に魔力を込めて引き金を引いているだけですわ。
元々魔武器というのは、魔力の扱いに長けていなくても、誰もが同じように使える事がコンセプトだと聞きましたわ。前世での話ですが。
「そもそも一般兵は、魔石に一弾分の魔力を込めるのに1秒以上かけています」
「それ死にますわ」
弾幕を張れなくては銃の意味がないでしょう。それなら、広範囲の魔術の方が利用価値があります。
「くっ! そうだろう? あれから武器の性能が上がったが、今度は使い手が付いていけない。まるで、俺がおかしいとまで言われる始末だ」
あら? 王子様仕様は終わりですか?
しかし、私をここに連れてきた理由はまたしても私を利用するためだったのですか。
「私に手本となる銃撃戦をお望みで?」
「なんだ? 駄目なのか?」
まるで私が了承することを疑わない言い方ですわね。
「ここにはデートに来たのではないのですか?」
「ん? メリアは宝石やドレスの方が良かったのか?」
「いりません」
「わかった酒か!」
「まだ未成年ですわ」
「クククッ。わかってる。わかってる。ここに連れてきたのは、アンリのお陰で銃の性能が改善したことを知って欲しかっただけだ」
ん? 私のお陰?
「あの店主はあれから、銃型の性能の向上に努めてな、今では銃型はこの店だけが取り扱っている。いわゆる、一人勝ちだ」
これは銃型の独占販売をしているということですか。
「しかし、困ったことにその性能を100パーセント引き出せるヤツがいない」
「フェル様が使えばよろしいのでは?」
「だから俺一人じゃ意味がない。まぁ、街の中をデートしながら話そうじゃないか。店主また寄るから」
そう言ってフェルは私の肩を抱いて、店をあとにします。
「メリア。この街に新しい劇場が出来たから、そこに行ってみようか」
「劇場ですか?」
「何でも長年人気のある悲恋の物語があるらしい」
「デートに悲恋とは、フェル様のセンスを疑います」
「クククッ。まぁ聞け。その劇の題名は『銀の将軍と赤の魔女』だ」
・
・
・
はっ! 何か聞いてはいけない言葉が聞こえてきましたわ。
「あれだ。堂々と人目を気にせずデートしていたのを題材にされたらしい」
「それは貴方が堂々と、俺の嫁とか言っていたからでは?」
「嘘は言っていない」
「何を言っているのです? あれは私のバカンスに付き合っていただけですよね」
「細かいことは気にするな」
気にしますわ! この共和国に来てから、奇妙な視線を感じると思ったらそういうことだったのですね。
「観劇ではないデートを希望しますわ」
フェルはクツクツと楽しそうに笑って、私を劇場に連れて行ったのでした。劇の内容ですか?
恥ずかしすぎて口には出せませんわ!
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
毎回ながらの長編設定ですが、題名は回収しました。
今回は戦記物もどきになりました。しかし登場人物が一番少ないかも。
ラブラブ度は高くないですが、両思いということで。
好みが別れるでしょうが、面白い•良かったと評価いただけるのであれば、この下にある☆☆☆☆☆をポチポチポチっと反転させていただけると嬉しく思います。
ご意見ご感想等がありましたら、下の感想欄に記入いただければありがたいです。よろしくお願いします。
追記
まだ投稿して一日経っていませんが、異世界転生(恋愛)と異世界恋愛の日間ランキンングに入っているではないですか!ありがとうございます!!
“いいね”ありがとうございます。
ブックマークありがとうございます。
☆評価ありがとうございます。
お礼といたしまして、本文にグラディウス将軍視点を追加しました。
2023.09.16
追記2。お礼にデート編を追加しました。要望に合っていないかもしれませんが、日常編の一旦と思っていだたければ……
2023.09.27
追記3
将軍視点に王子視点を追加しました。
えっと……第二王子酷くない?という話の補足です。性格に問題があるので、仕方がない部分もあります。
思っていた以上に感想をいただきまして、ありがとうございます。好き嫌いが分かれる話で、好みだという感想はとても嬉しく思っております。
ここまで、読んでいただきましてありがとうございました。