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魔女のお役目だもの!

 空を飛ぶエニシダの杖は、とても役に立った。

 やっぱり魔女のネリーにとって、白夜砂漠の旅は簡単なものではなかったから。


 さすがは魔女の呪いでできた砂漠なのか、白砂を踏みしめるたびに、ネリーには怨嗟の声の欠片が届くことがあった。

 それは三百年前、魔女狩りで殺されていった同胞たちの声なのかもしれない。

 どうして、どうして、と嘆きの声が聞こえるたび、ネリーの胸は息苦しくなって、涙で溢れかえりそうになった。


 ラァラたち集落の魔女は、白夜砂漠を渡れないって言っていた。彼女たちがここを歩いたら、この声がもっとはっきり聞こえるのかもしれない。この声のことについてエルネストやジーニアスに聞いてみたけれど、二人には聞こえないようだから、魔女特有のものみたいだった。

 ラァラがエニシダの杖を持っていけと言ってくれなかったら、ネリーは体力以前に、心まですり減ってしまっていたかもしれない。それくらい、魔女が白夜砂漠を渡るのは大変だった。


 そんなネリーと対象的に、キャラバンは慣れたもので、炎天の日差しを避けて、時折風で巻き上がる白砂を吸い込まないようにストールをしっかり抑え、砂漠を渡っていく。

 それでも、オアシスも植物も何もないこの白夜砂漠での約二十日間の旅路は、普通の砂漠渡りなんかよりもよっぽど過酷なものに変わりなかった。


 今日も、真夜中の行進が始まる。

 ネリーは炎天の仮眠から目を覚ますと、慣れた手つきでテントをたたみ、魔法のとんがり帽子の中へとしまい込む。それからテントと引き換えに取り出したのは、硝子のカンテラにしまわれた一つの植木鉢だった。


【もう少しで蕾になりそうだわ!】


 ネリーの煙の文字がうきうきと踊る。それを見つけたらしいエルネストがネリーのそばによってきた。

 空を飛ぶエニシダの杖にカンテラを吊るしているネリーの手元をのぞきこんでくる。


「ネリーさん、それは」

【魔女の婚礼に必要な青薔薇よ! 白夜砂漠ならオーロラが出ているでしょう? 今のうちに露を集めて、少しずつ育てておこうと思ったの!】


 ネリーが自慢げに掲げたカンテラは特別製。オーロラの光が注がれると、カンテラの中に露がしたたる。その中で育成している植物はその露で育つという仕組みで、ラァラの元で秘薬作りの修行をしていた頃、錬金の魔女に作ってもらった魔女の道具の一つだ。


 白夜砂漠に夜は訪れない。気温も下がるし太陽も沈むけれど、月と星の瞬きが砂漠の白い砂に照って、夜でも真昼のように明るいから。

 世界の明度が変わらない中、夜を知るのは少しだけ暗い空へとオーロラが浮かび上がった時。白夜砂漠の真夜中は七色に染まり、キャラバンはその彩りの下、旅を進めていく。


【魔女の里だと白夜砂漠ほどオーロラは見えないの。間に魔女の森があるせいね。だからここはすごいわ! もうたくさんオーロラの露が集まっているもの! これならブーケのための青薔薇もたくさん育てられるわ!】


 余った露は小瓶にすくってちゃっかり保存している。旅の途中だから一度に植木鉢をたくさん育てられないのが残念だと、ネリーの首から煙の文字がそよいでいく。

 エルネストが不意に、その胸のあたりをさすった。

 ネリーが気づいて首を傾ける。ネリーの首からけぶる煙がななめに揺れて。


【エルネストさん? どうしたの?】

「え? いえ……ネリーさんが自分との婚礼に向けて少しずつ準備をしてくれているのを思ったら、ちょっと心苦しくなってしまって……」


 最初こそ不思議そうだったエルネストも、そう言いながら頷きだした。


「そうです、心苦しいんです。ネリーさんばかりに負担させて……俺にも何かできることはありませんか?」


 鎧をガシャガシャとならして頷くエルネストに、ネリーの雲のような文字がふんわりと踊る。


【ふふ、大丈夫よ! これは私のお役目だもの! でもそうね、エルネストさんがお手伝いしてくれるのなら……】


 ネリーがとんがり帽子の中から、もう一つ魔女のカンテラをごそごそと取りだした。それをエルネストに渡すと、その中に白夜砂漠の砂を入れ、サファイアのように煌めく粒を一つ落とす。


【エルネストさんも青薔薇を育ててくれるかしら? 私が持てる数にも限りがあるもの! 二人で育てれば二つ育つわ!】


 カンテラは二つ持ってきていた。でもネリーは空を飛びながら、オーロラの露を採取し、二つのカンテラの面倒を見て薔薇を育てるほどの器用さはないので、一つはしまったままだったのだけれど。

 エルネストがやる気であればと、しまっていたカンテラでもう一株、青薔薇を育てるのはやぶさかではなく。


「育てると言っても……これはどうすればいいんですか?」

【オーロラの光がカンテラにそそぐようにしてくれればいいわ! あとは勝手に育っていくの。でもね、そのカンテラを持っている間は、あんまり悪いことは考えないでね?】

「悪いことですか?」

【そうよ! 素敵なことを考えるの! お花ってね、育ててくれる人の気持ちをちゃあんと見ているのよ?】


 魔女のガーデニングは大変だ。精霊たちが植物に魔女の言葉を伝えてしまうので、あんまりにも悪いことばかり考えていると、植物がへそを曲げて芽や花をつけてはくれなくなる。だから植物を育てる時は情緒豊かに音楽を奏でたりするのが一番なのだけれど。


【たくさん種に話しかけてあげて頂戴! 種はそれだけできっといいお花を咲かせてくれるわ!】


 けぶるネリーの文字を見たらしいエルネストが、手元のカンテラをのぞき込む。


「話しかける……えぇっと、こんにちわ?」


 戸惑いながらも大真面目にカンテラに話しかける鎧に、周囲で様子をうかがってたキャラバンの隊員たちが肩を震わせた。



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