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魔女の朝は早いのよ!

 朝一番。

 寝起きに鏡を見て笑顔を作るのが、ネリーの習慣だ。


【おはよう、わたし!】


 ぴかぴかに磨きあげられた壁掛けの小さな鏡の中に、もやもやと文字が浮かびだす。「おはよう、わたし!」と筆記体で綴られた文字はしばらくの間ふわふわと宙に揺らぐと、風に流れて消えていった。

 後に残るのは、ネリーの部屋の風景だけ。

 部屋の隅に見えるのは、魔法を使ってめいっぱい育てたカモミールを詰めこんだ干し草のベッド。その上には、ネリーが冬の間にちまちまと寝心地が良くなるおまじないを刺繍した敷布と、いつでもぬくぬくほっこりできるおまじないをこめて羊毛で編んだ掛布がかけられている。

 窓辺にあるのは、ネリーの髪色だからと、紫水晶(アメジスト)を溶かして硝子のように木枠に嵌め込んだ手作りのテーブル。昨夜寝る前に読んでいた恋愛小説と栞が無造作に置かれていて、ネリーは栞をはさむのを忘れていたのを思い出した。


【いっけない! どこまで読んだのかしら】


 鏡にまた雲のような文字が映るけれど、ネリーはそんなことお構いなしにテーブルへと駆け寄った。

 そこでようやく、ネリーの姿が鏡に映る。

 十七になってもすとんとした体型の彼女は、子供の頃のワンピースを夜着がわりにしている。そのせいか、ちょっと裾が短くて太ももが大胆に見えてしまっているけれど、一人暮らしのネリーはそんなこと気にしない。


【ええと……ああ、そう、ここだわ! そうね、そうよ、星空の向こうに飛んでいってしまった王子の心の破片がようやく一つ、取り戻せたのよ! なんてロマンティックなのかしら!】


 ほわんほわんとまた文字が、踊るような筆記で宙に浮かび上がる。

 ゆらゆらけぶる、雲のような文字を生み出すのは、彼女の首。

 ネリーはいつだって、女性の顔が彫られたカメオが揺れるライラックのチョーカーを身につけている。けれどそのチョーカーより上には、在るべきはずの頭がなかった。

 文字通り頭がないネリーの首からは絶えず雲が生まれていて、彼女が言葉を紡ぐたび、声のかわりに雲でできた文字が綴られていく。

 ついつい昨夜の読みかけの恋愛小説を没頭して読みふければ、物語の一文や彼女の心の声が雲の文字となって宙に綴られた。それは朝の風を取りこむために開けられていた窓を越えて、ふわふわ流れて消えていく。

 ネリーがそれに気づかず、夢中で本を読んでいたら。


「こらネリー! 本の内容が駄々漏れだ!! 楽しみにしてるのにやめてくれ!!」

【ごめんなさい、ラァラ!】


 窓の外から怒声が響く。

 ネリーは慌てて本を閉じて、窓から声の主を探した。

 二階建ての小さな家の窓からひょっこりと身を乗り出したネリー。目下の玄関に十歳くらいの赤毛の少女と大きな甲冑が一式、並んでいるのを見つけた。

 赤毛の少女はこちらを見上げて、緑色の瞳を吊り上げている。ラァラだと思うけれど……と、ネリーは首を傾げた。傾げる首がないので、ほんの少し体が傾いただけなのだけれど。


【ラァラ、ちっちゃくなっちゃった?】

「うっさい。こいつが急に家に訪ねて来たもんだから、驚いた馬鹿のせいで魔法薬をひっくり返しちまったんだよ」

【驚いた馬鹿はラァラの使役獣(ねずみ)?】

「それ以外に誰がいるんだ」


 どうやら今日のラァラはご機嫌ななめらしい。本来のラァラはネリーと親子以上に歳が離れているので、怒られると怖いのだけれど、小さいラァラがぷんすこしているというのはとても可愛らしかった。にやける表情がないというのはこういう時に便利だったり。

 これ以上突っついて、うっかり薮から蛇を出してしまわないように、ネリーはラァラの隣りにいる大きな甲冑の方にも意識を向けた。


【ラァラ、隣の方は? まさか人形師みたいに甲冑を連れ回しているわけではないわよね?】


 ネリーがラァラと一緒にこちらを見上げている甲冑に興味を示せば、ラァラが「ふん」と鼻を鳴らして、甲冑にぐいっと立てた親指を差し向けた。


「あんたの客だよ、ネリー。そのだらしない格好をやめて、さっさと家の鍵を開けな!」

【わかりましたぁっ!】


 ぴゃっと勢いよくネリーの首から雲が吹き出して、ラァラへの返事を綴る。その文字を置いていくように、ネリーは大慌てでクローゼットへと飛びついた。



お読みくださりありがとうございます!

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