きさらぎ駅に行った話
有名なきさらぎ駅
こんな爽やかな話も如何でしょうか?
仕事の移動に電車に乗った。
社会人の帰宅時間と重なって、大変混雑していたが座席に座ることが出来た私は不覚にも、謎の睡魔に襲われて後数駅で電車を下車するのに眠ってしまう。
ガタンゴトン
心地よい電車の振動と音で目が覚めた。乗り込んだ時はまだ夕暮れ時だった筈なのに、車窓から見える空はどっぷりと日が暮れてしまっている。
それに見たことが無い、森の中を電車が走っているのだ。
乗り過ごしたにしては、余りにも不自然で私は辺りを見渡す。
あれ程いた、乗客は一人もいない。
自分だけがこの電車に乗せられている。
砂色のコートからスマホを取り出して驚いた。
見事に表示がウイルスに掛かったみたいに文字化けしていて、使い物にならない。
普通なら取り乱すだろうが、特に気にする事は無い。
本当なら自力ではどうにもならないし、夢なら目を覚ますのを待つしか無いのだから。
私はその時、一度試して見たかった事を思い出す。
どうせ良く分からない事になっているのなら、以前からして見たかった電車のつり革を活用した首吊り健康法を行う為に砂色のコートのポケットからハンカチを取り出した。
ハンカチを細く結んで、つり革の輪っかに結び、もう一つの輪っかにも同じように結んで繋げるとそこに首を引っ掛けてみる。
とても良い感じで、頸動脈が圧迫されていてたと思えば車内アナウンスが放送された。
「つ…は…らぎ…駅…。」
ノイズで聞き取れないが、駅に着くようだ。
しかし、私は頸動脈が締め付けらたまま身体の力を抜いていく。
電車が止まりドアが開くが、人の気配はしない。
私は首を吊っている。
「お前は相変わらずだな。」
低い良く響く声が聞こえた。
もう二度と聞けない筈の声に、私は信じられ無いという風に目を見開く。
目の前には、赤茶色の髪の精悍な顔をした友人が立っていたのだ。
「〇〇……?」
掠れた声で名前を呼びながら、私は自分の瞳に涙の膜が張るのを感じていた。
鼻の奥と目頭が熱い。
「久しぶりだな。随分と背が伸びたんだな。」
昔と変わらない口調で、昔と変わらない静かな瞳で私に友人は語りかけてくれるが、彼の胸は血で染まっている。
「ここはあの世なのかい?」
期待を込めて私が訊くと、友人無情に首を横に振った。
「ここは「きさらぎ駅」と言って、あの世とこの世の境目に出来た吹き溜まりだ。お前は早く元の世界に戻らないとな。」
友人に説明されて、私は自分と同じ砂色のコートを着た彼の両肩を掴む。
「何故だい?あの世との境目ならば、私をあの世に連れて行ってくれたまえ。
君の言う通り人に優しくしたし、仕事も頑張った。…もう、終わりにしても良いじゃないか。私はずっと、君が死んでから頑張って…頑張り疲れたんだよ。
……もう、独りは嫌だよ。」
ずっと溜めていた感情が溢れ出して止まらない。
私は涙を流しながら、静かで優しい瞳の友人に訴えた。
友人の長い指が、黒い蓬髪を優しく撫でる。
「そうか、頑張ったんだな。」
私は尚も、友人に何か伝えようとした時に遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
タンタン、タンタタン、タンタン
友人は顔色を変えて、私の腕を掴んで電車を出る。
「アレに捕まったら大変な事になる。走るぞ。」
久しぶりに見る友人の緊張で引き締まった、精悍な顔をボンヤリ眺めながら私は走る。
タンタン、タンタタン
太鼓の音が近付いてくる。
●●は後ろを振り返ると、片足が無い男がでんでん太鼓を振り回しながら、器用に跳ねながら二人を追って来ているのだ。
「…随分と器用なもんだねぇ。」
呑気な声で感想を述べるが、友人に注意されてしまう。
「●●、後ろを振り返るな!」
そう言われて、強い力で腕を引っ張られながら線路を走る。
まるで泥の中に足を突っ込んでいるかの様に上手く走れないが、友人は凄い力で私を引っ張ってくれるのだ。
息が切れてもう、上手く喋れない。
沢山、話したい事が、聞いて欲しい事が有るのに。
こんなに側にいるのに私は友人の後ろ姿しか見えなくて、何故だか悲しくて悔しくて一度緩んだ涙腺から再び涙が溢れてくる。
友人の赤味を帯びた茶髪も、砂色のコートも滲んで良く見えない。
真っ暗な洞穴みたいな古いトンネルの前まで来ると、太鼓の音が遠退いた。
友人は普段から表情の変化が無い男だったが、少し口角を上げて私に説明する。
「おい、このトンネルを抜けると元の世界に戻れる。早く行け。」
友人に促されるが、私は足に根が生えた様に動け無いでいた。
ずっと、もう一度だけで良いから会って話をしたかった友人の手を強く握った。
無骨な骨張った男の手は冷たかったが、私は構う事無く握り締める。
「●●?」
良く響く優しい低い声が自分の名前を呼ぶ。
「後生だから、もう少し君といたいんだよ。私は、君に聞いて欲しい事が沢山あるのだよ。」
友人は何も言わず、私の黒い蓬髪をぽんぽんと撫でて手を握り返すとトンネルの中に入って行く。
「別に俺はずっと、お前が来るまで待っててやるから。もっと、話す内容を増やしてからで良いだろう。」
冷たい〇〇の手を握りながら私は尚も食い下がる。
「でも、それじゃあ何時になるか分からないじゃ無いか。」
拗ねて口を尖らせる友人に〇〇は宥める様に口を開いた。
「俺は何時もお前を見守っているよ。風に紛れて俺はいる。お前の頬を風が撫でたら俺だと思ってくれ。お前は独りじゃ無いから…だから、もう少しだけ元の世界に居ろ。」
何故だろう、この男は自分の心をいつも掬い上げてくれる。
「じゃあ、私が寿命を迎えるか、自殺が成功するか他人に殺される迄は暫くお別れだね。」
それでも寂しそうに彼がポツリと溢すと友人に勢い良く背中を叩かれた。
「風が吹けば、俺はお前の側にいるよ。」
優しい低い声で元気付ける様に言われて、彼はゆっくりとトンネルの入口に辿り着いた。
「あっ、入口だぁ、まだ日が暮れて無いよ。…ねえ、〇〇?」
振り向いた先には、友人の姿は無くなっている。
握り締めた手は手首だけ残されていたが、見る間に砂の様に崩れて消えた。
残された友人の手の感触も消えて、彼は膝を付いて顔を手で覆って泣いた。
ずっと会いたかった彼は、またしても自分を置いて消えてしまって、どうしようもない虚無感に支配される。
その時、彼の周りを風が吹いた。
優しく私の周りを包む風は、少しだけ煙草の匂いがしたのだ。
「君は本当に、私を見ていてくれているのかい?」
風は応える代わりに頬を優しく撫でていった。
私は涙を拭いて立ち上がる。
日の当たる場所へと戻る為に。
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