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ムノベル・テルヌーラ

作者: 赤桜 サクラ

読んで頂ければ幸いです。


ここに瀕死の重症を負った一匹のスライムがいる。


「彼」は血気盛んな冒険者と出くわしてしまい、何とか逃げ延びたものの深手を負わされ動く事も出来なくなってしまっていたのだ。


「彼」は「群れ」を嫌い、自らスライムの群れを出たはぐれスライムだったので、仲間などほとんど無く、助けなど万に一つも見込めない、夏の陽もますます明るく暑くなり、このままだと体が蒸発してしまう。


いよいよ死を待つだけの身と成り果てたが、そこに偶然、見目麗しい美女が通りかかり、なんのつもりか、傷ついたスライムに治療を施したのだ。


命を助けられたスライムはたいそう驚いた。


自分を助けたのは一体、何の気まぐれだろうか?これまでモンスターの命を助ける人間など見た事も聞いた事も無かった。


しかも、その美女の表情、かもし出す雰囲気からは打算や腹黒い意図など微塵も感じられなかった。そのためにスライムはますます彼女の意図か分からなくなっていた


戸惑うスライムに彼女は優しく語りかける。


「私の名前はテルヌーラ。スライムちゃん、私はアメリアの郊外の館に住んでいるから、生きていたらまた会いましょうね」



この時からはぐれスライム。「ムノス」は「人間」というものに深い興味を持ち始めていた。これまでも度々人間の意味不明な行動は見てきたが、今回の彼女の行動はムノスから見たら常軌を逸しており、ムノスの中でこれまで溜め込んでいた人間に対する探究心はこの時、静かに爆発する事になったのだ。


こうなれば抑えは効かない。人間に感じた感情を理解するには自分自身が人間になってみるのが一番だと彼は考えた。ムノスは抑えきれない好奇心を糧に人間へと変化する決意を固めるのだった。





ムノスが人間になる為に思案した結果、知り合いで数少ない馴染みのベルと言うスライムの地下研究を訪れた。


ベルはスライムの中でもムノスに並ぶ変わり者だった。


スライムでは有り得ない赤いリボンを身につけているし、明らかに思考や個性がスライムのそれでは無い、だからこそベルは人間の魔術を嗜好とし、ムノスを人間化する事も可能だとは言うのだが、ムノスがベルにそれまでの出来事と願望を話すとベルは躊躇いムノスを諭す。



しかし、ムノスはベルの諌言に聞く耳を持たない、ムノスはベルを押し切り半ば強引に人間化の魔術を施してもらうと、ムノスは見事な人間の姿へと変化した、が、スライムの特性はそのままであり、関節などはありえない方向にまがる。簡単に言うと「超軟体人間」と言った所だろう。


「…これが人間というものか、わざわざ二本足で移動するのは実に不便だ」


先程から、ベルが何か言っているみたいだが、ムノスが人間化した事により、ベルが何を話しているのかムノスには理解出来ない。


「ベル、僕は僕を助けてくれた彼女の元へ行く、僕は人間と言う物を知りたいんだ」


ムノスは自分でも自覚出来ない、そわそわした感情のままに自分を助けてくれた彼女の元へ向かう。


「彼女の名は 「テルヌーラ」 と言うんだ

僕はアメリアの郊外の館に行くよ、場所は理解している、あそこへは何度も行った事があった」


そう言い残すと性急なムノスはさっさとテルヌーラの元へ向かってしまった。


ベルは心配したが、ムノスの事は同じ群れにいた頃からよく知っている。スライムの世界にも「スクールカースト」の様な「差別」があって、ベルの様な変わり者は容赦なく他のスライムからいじめられていたのだが、その度に同じ変わり者のムノスが助けてくれたのだった。


スライムに「恋愛」の概念は無いが、ベルはムノスとの「会話」が出来なくなってしまったのが、実に残念でならない。


ムノスは頑固者だからあの時止めても無駄に終わっていただろうと言う事もベルが一番よく知っていたが、それでもムノスの押しに負けてムノスを人間化した事を心底悔やんだ。


ただいつまで悔やんでいても仕方ないと思いベルは気を取り直して研究材料になりうるを道具を、漁りに街へと出掛けることにしたのだ。もしかしたらムノスが「スライムに戻してくれ」と、頼んで来るかもしれないから、ベルはそこを期待しているのかも知れない。


もっとも「スライム」に戻れる方法は現時点ではどんなに優れた魔道者にも不可能であった、一定の種族から別の種族に変化させるという事は、みずみずしい果物をドライフルーツにしてしまうようなもので、ドライフルーツをまったく元の果物に戻すことは基本的に出来はしない。「人間化」とはそういう事だった。ムノスはそれを承知で「変化」したのだ。


ベルが町の隅をウロウロしながらその辺に落ちている冒険者などが捨てて行った「研究材料」をかき集めていると、酒場に貼られている手配書が目に入ってきた、そして驚愕する。


手配書にはこう記載されている。


『連続殺人鬼テルヌーラ


快楽殺人者。


邪悪な魔術師であり、これまで89人を殺害


姿を見た者がいない為、逮捕に至らず。


有益な情報があれば当酒場まで。』



ムノスを助けたテルヌーラが危険な殺人鬼だった事はベルにとって大した問題でない、問題なのは今現在ムノスは人間であり、ムノスがテルヌーラの住処に向かっているというところだ。


しかし、ベルにはムノスにテルヌーラの脅威を伝える術がない、仲間意識からか、愛着からか、自分でも考えがまとまらない内にベルは自身の研究室へもどると後先を考えずに人間化の魔術を自らに行いムノスの後を追いかけた。


本来思慮深く臆病な自分が後先を考えず行動した事を誰より不思議に思ったのは他ならぬベル自身であった。



その頃、慣れない身体を動かしながらなんとかテルヌーラの館に着いたムノンはテルヌーラに快く館内まで通された。


客室までの途中、壊された人形や破かれたぬいぐるみが散乱していたのだが、ムノスは人間の実生活と言う物を全く知らない、ゆえに気にもとめずに歩むのだが、壊された人形の中には息絶えた人間も混じっていた事をムノスは知る由もなかった。


客室に着くと紅茶をテルヌーラみずから振舞ってくれたが、ムノスは飲み方が分からずに紅茶を眺めたままだ、テルヌーラはムノスが人間化したことについては半信半疑のようで色々と事情をムノスに聞いてきた。


「あの時のスライムちゃん??スライムが人間化の魔術を??にわかには信じられないわねぇ種族チェンジなんて私達でも難しいのにまさかスライムが…」



「だが、現実に僕は君の前にいるんだ。」


「そうね誰も知らないはずの私の館にあなたは来た。それで十分信じるに値いするかもね、ここは基本的に誰も知らない場所だから」


性急なムノスはさっそく本題に入る。



「さあ是非、聞かせてくれないか?何故あの時、僕を助けてくれた?」


「弱っていたからよ、可哀想だったから…」


「哀れみからなのか?…本当にそれだけなのか?」


「私は寂しがり屋さんだからね、傷ついて寂しそうにしていたあなたをほっておけなかったの」


「人間ってそういうものなのか」


突然テルヌーラは脈絡の無い事を呟きはじめた。


「そう、私はずっと王子様を探しているの」


「なんだって?」


テルヌーラの目付きが徐々に狂気めいたものに変わって行く。


「ずっとずっとずっと私は私の王子様を探し続けてきたの、ずっとずっと…ね」


「君は何を言っている?」


「でもみんな駄目だった…みんな壊れちゃうんだもん」


デルヌーラは間髪入れずにムノンの胸を隠し持っていたナイフで深々と差し込んで来た。


「ごめんね、私の館を知る人にはこうするの、捕まって牢屋なんかに入れられたら寂しくて死んじゃうからね」


「テルヌーラ君は一体何なんだ…?」


「人は矛盾を抱えて生きているの。私は私の愛情表情を受けきれる人が居ないと駄目って事ね、あぁ…壊れない王子様が欲しい…」


ムノスに刺されたナイフは軟体の体ゆえにポロリと出て来て床に落ちた。


テルヌーラはその本性を表す歪んだ笑みを見せた。


「まあ、なんて事かしら!」


「なにが!?」


「ここにいたじゃない一生壊れない王子様♡」


ムノスはゾッとした、死ぬ事は無かったものの痛みが全く無かった訳では無いからだ、それにテルヌーラが寿命で死ぬ迄「誰も受けきれない愛情表情」とやらを受け続ける事になるかと思うと恐ろしさが心からどんどん溢れてくるのだ。


ムノスは今、人間の感情のゆれ幅の大きさを実感していた、スライムの時も恐怖があるにはあったが、人間化してからは感じる恐怖はスライムの時の非ではない。

人間はモンスターにくらべ感情が騒がしいと言う事をムノスは嫌でも実感せざるを得なかった。



「待ってくれ!僕はほとんど君と同胞だ!見逃してくれないか!」


テルヌーラは舌を舐めずる。


「話は聞いてた?私は愛しい者を壊したくなる性分なの。同胞殺しのテルヌーラなのよ」


スライムは同胞殺しなどしない、生物学的に考えても無意味だからだ、そんな無意味な事を嬉々として行う彼女をムノスは理解しかねる、それにムノスはスライムだった時よりずっと強く感じる恐怖の為、本来なら遮二無二逃げる場面であるはずなのに身動きさえ取れなくなってしまっている。


「うあ!」


ムノスが無作為に投げつける先程のナイフや食器などはテルヌーラの展開した結界に弾かれてしまう。ムノスは考えていた。同胞を簡単に殺し、人外に無償の愛を施す人間と言う種族は何なのだ?


自然界の道理に当てはまりそうで当てはまらない人間という種はどうして世界にその姿を現したのか、そもそもちぐはぐな性質で何故、他種族を制してここまで絶対数を増やすことが出来たのか、今、ムノスの心の中で人間と言う種は、その理解を完全に超えた存在になってしまった。


今この現状から生き延びる為には結界をやぶりテルヌーラ本人にダメージを与えなくてはならないのだが、ムノスには力が全然足りないのだ。ムノスはスライムの時の習性で液化して逃げようとしたが、当然徒労に終わった。


その時どこからともなく声が聞こえる。


「ムノス!今からあなたの頭上に圧縮された玉が落ちてきます!あなたは上半身を巨大な手に変えて玉を受け止めて下さい!」


ムノスは反射的に上半身を巨大な手に変化させ、玉を受け取ると声の主に確認する


「受け取った!これをどうする!?」


「上半身と下半身で目いっぱい踏ん張ってテルヌーラに投げつけて!」


ムノスは身体全体を巨大なヒモのような物に変化させ、真横に上半身と下半身を二つの柱に結び付け、可能な限り引き絞る。まるで巨大なパチコンのような有様だ


「無駄よ!私の結界は対ドラゴン用の巨大バリスタすら弾くのさ!」


ムノスは全力で玉をテルヌーラに打ち付ける、だが、テルヌーラの自負した通り、玉は結界の中で止まっている

のだ、しかし弾かれはしなかった。


「止まってる?何故弾けないの!?」


「玉は粘着性だからです!」


ベルの変化した玉はテルヌーラの魔力を素直に通しつつ四方八方へ散らしてしまう、当然そのままにしておけば結界は魔力不足で徐々にしぼんでしまうのでテルヌーラは魔力を結界に供給しなければならない、水風船に水を注ぐように魔力を素早く結界に供給する瞬間にテルヌーラの結界の弱点があった。


「ムノス!私を押して下さい!」


ムノスが言われた通りに全力で玉を押すとテルヌーラの結界は水を注ぎすぎた水風船を思い切り押したように破裂し跡形もなく弾けた。その余波でテルヌーラは吹っ飛び体を打ち付け気を失ってしまう。



「ムノス!テルヌーラにトドメを!」



助けてくれた者の頭には赤いリボンが確認出来た。



「ベル!君はベルなのか!?」



「話は後!せめてテルヌーラを拘束して下さい!」



ムノスは左手をヒモの様に伸ばし、ぐるぐるとテルヌーラを縛り上げた。


やがてベルがあらましを語り出す、それによるとベルも人間化してムノスに危機を知らせようとして間に合わず、しかもムノスの様に柔らかい身体ではなく圧縮出来る硬い体になってしまったとの事だ。


ベルが何故自分の為に人間化してしまったのか、ムノスには分からなかった、ベル自身もまたしかりである。


ただ、お互いがお互いにスライムとして異端であり、変わり者であるのは確かなようだ。ベルとムノスは互いに爽やかな親近感を覚えていた。スライムの時とは違い人間の騒がしい感情のままだ。


ベルがムノスに問う。


「テルヌーラをどうするのですか?」


ムノスは答える。


「生かしておこう、僕達はまだ、人間のルールや基準を知らない。きっと彼女が役に立ってくれる」


ベルはテルヌーラに嫉妬を覚えながら突き放すような口調で言う。


「テルヌーラ…もう起きてるでしょ?聞こえてますよね?どうします?私達についてきますか?来ませんか?」


テルヌーラは薄く笑った、彼等の存在と考えを面白いと思ったからだ、とかくテルヌーラのような人間は好奇心に弱い、彼等について行くのも楽しそうだと考えた。


「…い…いいわよ追われるのも飽きてきていたし、あなた達といると私は一人ではなくなるし、あなた達って大概の事じゃ死なないからね」


「ムノスに危害を加えたら死んでもらいますよ?本当なら今すぐに殺してしまいたいのですから」


ベルはまだ「人間」の感情を制しきれないようだ。


そんなベルにムノスは助けてくれた礼をする。


「ベル、君のおかげで僕は生き長らえた、ありがとう」


ベルはムノスに見つめられ堪らず目を逸らす。


「…ムノス…こ…これからどうするのですか?」



これからの身の振り方については、テルヌーラが冒険者になる事をすすめてきた。テルヌーラの言い分はこうだ。


一癖も二癖もある冒険者達の中なら、多少の事情や奇行も大概は黙認される、確かに人間になりたてのベルとムノスにとっては絶好の隠れミノである。中にはテルヌーラのような指名手配犯も紛れているのでテルヌーラにとっても安全である、いや三人にとっては安全と危険が紙一重なのだろう。


木を隠すなら森の中ということだ。


ムノスが心中を吐露する。


「冒険者か…昔は狩られる立場だったから複雑な気分だ」


ベルはそこそこ楽しげだ。


「私はスライムの時より色々な物を存分に学べそうですから喜んでますよ」


テルヌーラは語る。


「そう、冒険者ってジョブはね。いにしえの人間が一番始めに行った職業なのよ、人はそうしてまず始めに文明の父である『火』を手に入れたの」


ムノスはテルヌーラに尋ねる。


「僕達も何かを発見出来るのかな?」


テルヌーラは地味にムノスにすり寄る。


「やってみればわかる事よ」


ベルはテルヌーラに注意する。


「…とりあえずテルヌーラ、ムノスに近づかないで下さい」



数日後、ムノスとベルは街の冒険者のギルドを訪れ、ムノスとベルは実名を。テルヌーラは偽名で名前を登録すると、並み居る冒険者達の群れに紛れた。













読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みました! 今回も大ボリューム。分けて前後編の連載にしても良いんじゃないかってレベルでしたね。 終わらせ方が特に印象的でした。冒険の始まりを示唆するようなエンドが素敵です。 [気になる…
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