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うっかり友人を殺しそうになった実話

作者: たたらば

 とある夏の日のことでした。僕たちは部活動を終えた後、グラウンドから望める海に泳ぎに行こうとなりました。それが間違いでした。

 砂浜にはやや時期が早かったようでまばらに観光客が足跡を残していました。海水は照りかえる太陽の熱を浴びているにもかかわらず冷たくて部活動で火照った体を冷やすのにもってこいでした。僕たちは着の身着のまま海へと飛び込んでいきました。


 はじめは浅瀬で寝転んで波に身を任せて転がってみたり、波打ち際で穴を掘って水がたまる様を眺めて楽しんでいました。打ち上げられた海藻を投げつけたりもしていました。


 ある友人が言いました。遠浅に行こう。

 遠浅とは文字通り沖にある浅瀬のことで私たちの中では遠浅で遊ぶのが一種の勲章みたいになっていました。

 次々に友人たちは遠浅を目指して泳ぎ始めました。僕は怖かったので足踏みをしました。今だったらこう言われたことでしょう。ひよってるやついる?


 そんな言葉はもちろん当時ありませんでしたが、一人、また一人と海に入っていく友人たち。遂には浜辺に残されたのは僕一人になりました。こうなっては小心者の僕に選択肢はありません。僕も友人たちを追って海へと入っていきました。


 不思議なもので浜辺で見た遠浅よりはるか遠くにそれは存在していました。襲い掛かる波をあっぷあっぷしながらもゆっくりと平泳ぎで進んでいきます。

 そうして3分の1ほどまで来ると既に泳ぎの達者な友人たちは遠浅で遊んでいました。それを見てしまうと僕もそこへ行きたくなってしまいました。僕も一応は運動部の端くれ、遠浅まで泳ぎ切る体力は十分残っていました。


 しかし、僕は泳いでいる最中にも間違いを犯しました。それは顔を水につけるということでした。自分の感覚でしたが顔を水につけたほうが速く泳げるような気がしたからです。

 そして、僕は息継ぎをしようと顔を上げた瞬間に波に飲まれました。突然口内を埋め尽くす海水に心臓が速くなるのを感じました。さらにその次の息継ぎすらも運悪く波に飲まれてしまいました。死が一瞬で駆け寄ってきました。


 僕は波に顔を背けて後ろに振り向きました。砂浜はすでにはるか彼方にありました。僕はもっとも深い場所で立ち往生してしまったのです。もう進むしかないと僕はもう一度遠浅を目指して進み始めました。

 しかし心臓は早鐘のように脈打って酸素を急速に消費していきます。死ぬかもしれないという恐怖と緊張で手足は固まり、遠浅はどんどん離れていくような感覚でした。


 友人たちは遠浅で遊んでいます。僕はいつのまにか泳いでいる最後の一人になっていました。このまま気づかれずに死ぬのは嫌だと思い、助けてと叫びました。友人たちは気づきません。今度は助けろと叫びました。友人の一人がこちらに気付きました。しかし、ばしゃばしゃと音を立てて遊んでいるようにしかみえません。

 僕はこっち来てと叫びました。そこで友人が一人こちらへ向かってくれるのが見えました。僕は少しでも近寄ろうと必死に手足を動かしました。


 どうしたんと近くまで来てくれた友人が言いました。僕は焦ってしまい上手く自分の状況が伝えられませんでした。その瞬間です。波が僕たち二人を飲みました。友人はこちらを波に背を向けていたのですぐに落ち着いていました。しかし僕はさらに心臓が速くなって頭ではなく体が酸素を求めていました。

 そして僕は両手を友人の肩にかけて思いっきり自分の体を持ち上げました。僕は助けにきた友人を海へと沈めてしまいました。

 ぷはっと友人が海面に顔を出しました。ここは足がつく、落ち着けと叫んでいます。僕は言葉を信じて海へと沈みました。足はつきませんでした。僕は友人より身長が低かったのです。頭まで完全に浸かると足先が底を撫でました。そこで僕は一度潜ったあとに海底を蹴って水面に顔を出そうと思いました。そして顔を出すと、そこは波でした。

 僕は焦って思考がまとまらず頭と体が酸素を求めています。そして僕はもう一度友人を沈めました。今度は自分が酸素を目一杯取り込めるようにさっきよりも長く沈めました。友人は水面下でもがいています。

 友人は僕を蹴って離れました。あかん、俺も死ぬと言って遠浅へと引き返していきました。僕は見捨てられたような気持ちになりました。このときは自分のことで精一杯で今まさに友人を殺しそうになったことなど露ほども思いませんでした。


 僕はもしかしたら他の海水浴客が助けてくれるかもと浜に向かって叫びました。声は波にかき消され誰一人としてこちら気づくことはありませんでした。僕は死ぬのなら最後まであがいてみようと砂浜に向かって泳ぎ始めました。


 手足を必死に動かして釣ってしまうよりも波に身を任せたほうが良いと考え、たゆたいながら進んでいきました。今考えると生を半分諦めていたことで余計な力が抜けていたのかもしれません。しかし、砂浜はどんどん遠ざかっていくようでした。

 ここで僕は一つの考えに至りました。それは離岸流の存在でした。離岸流とは沖へと帰っていく流れのことでとても強い力を持っています。しかし自分は今本当に離岸流の流れの中にいるのか分かりませんでした。もし離岸流に乗っていたら確実に死んだなと改めて思いました。


 砂浜はどんどんと遠ざかっていきます。僕はすこしでも岸に近づこうとゆっくりと手足を動かしていきます。もう叫ぶ気力も残っていませんでした。



 そして僕はついに諦めて、沈みました。



 すると思いっきり足が地面につきました。立ってみると腰くらいの高さしかありません。遠ざかっていく砂浜は錯覚でした。僕はいつのまにか浅瀬で死ぬことを覚悟した極めて滑稽なピエロになっていました。

 恥ずかしさがこみあげてきました。足がつくことに気付かなかったこと、命を諦めたと思ったらほとんど命の危険など無かったということ。

 僕はあまりの恥ずかしさに俯いてざぶざぶと砂浜へと歩いていきました。振り返るとあの友人も遠浅に辿り着いていたようで元気に遊んでいました。助けにきてくれた友人がたまたま体力おばけだったことで僕は人殺しにならずにすみました。


 僕は友人たちに手を振って先に帰ると身振り手振りで伝えました。友人はこちらに気付くと手を振ってばいばいと叫んでいました。僕は叫び返す気力が無かったのでもう一度手を振って砂浜を後にしました。


 こうして僕は友人の命を少し分けてもらいました。最終的にはあっさりと助かりましたがあの瞬間は確実に死んだと思いました。僕が海がトラウマになり、お風呂に入ることさえも怖くなってしまいました。



 もしかしたらこの程度のことはよくあると思う人もいると思います。しかし僕は自分が助かるために友人を殺しそうになったことを今でも思い出して後悔しています。



 そしてただ一つ僕が伝えたいことは、着衣水泳はあかん。

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