09 特級剣
馬車は広々とした草原の中に通る土の道を、まっすぐに進んでいた。
こっそり幌をめくって外に顔を出す。
どっちを見ても草原。
その向こうには山々があった。
道の横に生えている草は、俺の膝くらいの高さだろうか。
風にゆれると波のように見える。
絵本の挿絵みたいな景色だ。
「のどかですねえ」
「そうだな」
レスラーさんも、となりの幌をめくって顔を出した。
「王都ってどれくらいでつくんですか」
「この調子なら、今夜にはつくんじゃないか」
「意外と近いんですね」
と言ってみたものの、近いやら遠いやら。
馬は、俺の体感では、走っているというよりは歩いている、くらいの感じだった。
あんまり疲れないペースだろう。
これだったら本当に走っても行けたかもしれない。
……なんていって、フルマラソン以上の距離になると考えたら大変な距離だ。たとえたどりつけたとしても、翌日の行動が疲れで大きく制限されてしまう。
「夜ってことは、宿屋に泊まるんですよね」
「そうだな」
「王都は高いですか?」
「そりゃな。しっかりした宿に泊まらないといけないしなあ」
「どうしてです?」
「治安だ」
「なるほど」
大都市は、どうしたってそういう面があるんだろう。
「人間がたくさん集まれば、いろいろな人がいますよね」
「わかるのか?」
「夜は極力、最短距離しか出歩かない生活にしてたので、被害はないですけど」
職場から家までが基本だ。夜の繁華街に出歩くのはハイリスクノーリターンという考えである。
「客引きとかいるんですか?」
「ああ。その代わり、魔物の心配はないな」
「どうしてですか」
「入って来られない。高い壁に囲まれて、地面もしっかり固められてる」
「へえ。じゃあ、あのツチナマズも入ってこないんですね」
「モグリウオな。あ、魔物だ」
「人間しか危険な要素がないのが、都会かもしれないですね」
「おもしろいこと言うな」
「いえ。……魔物?」
「あそこだ」
レスラーさんが指した先。
数百メートル離れてそうだ。言われなければわからなかったが、風にゆれる草原を走る、緑の中の茶色い点は、気づけばはっきりと見えてきた。
よく見れば犬というか、角のようなものもある。茶色い毛むくじゃらだ。
はっきりしているのは、こっちに向かって走っているということと、スピードが速いこと。
まだ結構離れてるのに、車みたいにぐんぐん近づいてくるように見える。
「幌を開けれるか」
エクサミさんが言った。
「え? いえ、すぐには」
御者が言う。
「なら、そのまま走ってもらおう」
エクサミさんは剣を取ると、俺たちの間を風が通り抜けたような静かさで、馬車の後方から飛んだ。
まだ着地する前の段階で剣を抜きながら体を左向け左。
そのまま空中で剣を振った。
光を反射した剣の軌跡がやたら長く見えた。
振り終わった剣が、まるで、伸ばしたあとスイッチひとつでしゅるしゅる! と勢いよくもどってくるメジャーみたいに縮まったように見えた。
エクサミさんは着地すると、すぐ走って馬車に追いつき乗り込んだ。飛び込んだのに、ふわり、とほとんど足音がしなかった。
「終わった」
そう言うと、元の席についた。
息は乱れていない。
「いまのは、なんです?」
俺はレスラーさんに言った。
「あれだ」
レスラーさんは幌をめくって、指さした。
さっき魔物がいたあたり。
緑色の波の中で、茶色い毛むくじゃらが倒れていた。
「なんです?」
俺が言うと、ホックさんがくすくす笑っていた。
「なんです?」
ホックさんに言うと、今度は無視された。
「エクサミさんが切ったんだ」
レスラーさんが言った。
「切ったって?」
「エクサミさんの剣は特別でな。間合いが広い」
「間合いが広いって……。え? 剣で?」
俺はあらためて、倒れている魔物らしいものを見た。
「あそこですよ?」
100メートルくらいは離れてるんじゃないだろうか。
「本当に知らないらしいな!」
ホックさんが言う。
「この剣は、長さと太さを変えることができる剣だ。太くすればするほど短く、細くすればするほど長くなる。そういう剣なんだよ!」
「ええ? でも、あんなに遠いところってなると、相当細くしないと無理なんじゃ……?」
形を保てるのか?
「そうだよ! それが扱えるからこそ、特級だ!」
ホックさんは、自分のことのように偉そうにしている。
「特級?」
新しいやつだな。
「A級の上だ!」
ホックさんが言う。
「Aが一番上って聞いたのに」
だまされたのか?
「冒険者に合わせるなら、人間のランクはAが最上だ。特級はこの剣だ」
エクサミさんは言った。
「剣が?」
俺がぼんやり言うと、ホックさんが胸を張る。
「限られた人間にしか扱うことができないんだよ! 剣がなければA級だけど、剣があればその上、それくらいの技量ってことだ!」
「へえ」
そんなの使えたら、まさにランクの特急券……。
「お前がこの剣を使えるなら特級だろうけど、無理だろうな!」
「たしかに」
俺が納得すると、ホックさんが変なものを見るようにした。
「なんだお前」
「あ、どうも」
俺が軽く頭を下げると、ますますホックさんの眉間にしわが寄った。