08 俺の馬車はそこにある
「バカはバカらしくそうしていろ!」
魔法使いは言うと、去っていった。
「あいつめ」
「いつもああなんですか?」
「まあ、悪人というほどじゃないが。性格が悪い、くらいのもんだな」
「そうですか」
俺は、男の後ろ姿を見ながら、すこし気になっていた。
「おい。おれはまだあきらめてないぞ」
レスラーさんは言った。
「近くの村だと、長距離の馬車は手配できないだろうが、どこかで……」
「レスラーさん、あの男って、A級ですか?」
「あいつか? いや」
「でもレスラーさんと組めるくらいの力はあるんですよね」
「ああ。力はかなりのものだ」
「彼を追いかけましょう」
俺とレスラーさんは男を追跡した。
特に警戒をしていないようで、魔法使いは振り返りもせずに歩いていた。
足取りが軽く、機嫌がよさそうだった。
「上機嫌だな」
「おかしいですよね。俺たちへの提案は拒否されたのに」
「たしかに」
「狙いは、俺たちに高い金を払わせて、馬車を使わせることじゃ、なかったんじゃないですかね」
建物に入っていく。
すこし高そうな宿屋だった。
「ああいう宿屋に泊まるのってどういう人ですか」
「身分の高い、貴族か、そういう……」
「さっきのエクサミさんでしたっけ? ああいう人ですね。朝一番で俺たちに会いに来たってことは、朝到着したっていうより、昨日の夜に来て、一泊した可能性が高い」
「お前、なにを」
「出てきましたよ」
魔法使いと、エクサミさんが宿屋から出てきた。
魔法使いが裏にまわっていって、もどってきたとき。
「あ」
レスラーさんが言った。
馬車に乗ってもどってきたのだ。
先頭に馬を操る御者がいて、そのすぐうしろに魔法使いの姿が見えた。
幌というのか、布の屋根があって、座席を覆っているようだ。これなら雨でも安心だ。
「行きましょう」
俺は陰から出た。
レスラーさんもついてくる。
魔法使いは俺に気づいてはっとしたような顔をした。
続いて、エクサミさんも俺たちを見つける。
「どうも」
「なにか?」
エクサミさんは、意図をはかりかねているようだった。
「これから王都にお帰りですか」
「ええ。あなた方も出発ですか?」
「はい。ですが、馬車を手配できなくて困っていました。できればご一緒したいのですが」
俺が言うと、エクサミさんはうなずいた。
「そういうことですか。わたしも、乗ってきた馬車に故障が見つかって乗り換えたかったのですがね。どうにも見つからず、ようやく、さきほど知り合った彼が手配をしてくれました。冒険者として活動していることも証明してもらい、それならと」
エクサミさんが言うと、魔法使いは眉をひくつかせた。
「あなたはいかがです?」
俺がきくと、魔法使いはいかにも無理やり、にこやかな表情をつくった。
「それとも、なにか、俺たちを断る特別な理由でも?」
魔法使いは、ちらっとエクサミさんを見た。
「え、ええ、かまいませんよ……!」
「ありがとうございます! もちろん、我々も、馬車の利用料金をお支払いしますので」
「いえ……! では、参りましょうか……!」
魔法使いの表情がひきつっていて、俺は笑ったりしないよう気をつけるのが大変だった。
彼らは御者台のすぐうしろの最前席、俺たちは逆に一番うしろの席にならんで座った。
席といっても、しっかりした座席があるわけではなく、薄いクッションみたいなものに、なんとなく座っているだけだった。
馬車が進み始める。
「思ったより揺れないんですね」
道が平らに整備されているのか、それともタイヤ? が平らなのか。
前方、後方から外は見えるが横は幌で隠れている。
「乗ったことないのか」
「はい」
「まあそれはいい。それより、これはどういう状態だ」
レスラーさんは声をひそめた。
「ああ。あの魔法使いが」
俺も声のボリュームを落とす。
「ホックだ」
「ホックさんが、俺たちをはめようとして、失敗にしたのに、やけに余裕があると思ったんですよ」
「それで?」
「目的は、ふたつ、あるんじゃないかと」
「ふたつ?」
「ええ」
「第二の目的は、エクサミさんに近づく、っていうことじゃないかと」
「近づく?」
「俺がA級になれないようにしたってことは、A級があくわけじゃないですか。本来、A級にしようとした枠が」
「そうだな」
「なにもなければいいんでしょうけど、あいたとなったら、埋めたくなりますよね。そこに、売り込みをかけるっていうか」
「だが、それでAは、無理をして埋めるようなものじゃないが」
「ふつうなら。でも明日、審査がありますよね。準備をして、そこ俺が現れなかったら、代わりに審査くらいはしたくなりますよね?」
「審査の用意をしておいたら、さすがに、審査はやりたくなる。それに、レスラーさんとパーティーを組んでいたわけだから、ホックさんもかなりの実力者なんでしょう? 可能性はある」
レスラーさんは、前の席を見た。
二人は話をしているようだ。
「ホックさんにしたって、俺たちをはめるためだけに、馬車を全部押さえるなんて大金は使えないでしょう。むしろ、レスラーさんとの関係からして、お前の世話になんてならない、と言われる可能性も考えたはず。だから、A級になれる、こっちが本命なんじゃないですかね。Aであることは、重要なんでしょう?」
「なるほどな」
レスラーさんが荷台の縁に体をあずけると、きしむ音がした。
「ああいう言い方をされたら、馬車に乗るのは断れんよな」
「たしかホックさん、ギルドでは、計画的とか、確実性とか、そういうことをレスラーさんと言い争っていたんで、彼はいろいろなことを考えるのでは、思ったんです」
「だが、王都の馬車が故障していなかったら、どうする?」
「それはかまわないでしょう。ホックさんはエクサミさんと一緒に、別々の馬車で王都に行けばいいだけですから。まあ、故障していたおかげで恩を売れた、いまの状態のほうが望ましいかもしれない」
「なるほどな」
「推測ですが」
「十分な推測だ」
レスラーさんは、にやりとした。
「これであいつに無駄金を使わせたってわけだな」
くっくっく、とレスラーさんが声をひそめて笑っていた。