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07 馬車がない

「明日王都で審査を行う。遅れぬように」


 エクサミという男はそう言って帰っていった。


「ふう」

 彼の背中が見えなくなると、レスラーさんは、ほっとしたように肩から力を抜いた。


「なんだったんですか」

「あれは、王都の審査官だ」

「審査官?」

「A級冒険者になれるかどうかは、王都の審査に合格しなけりゃならん」

「冒険者って、ギルドの中の話じゃないんですか?」

「B級以下はそうだ。だが、Aに関して、過去にいろいろと、悪さをするギルドがあってなあ。Aの力がない冒険者と、それを達成したと見せかけるギルドっていうやつがあって」

「なるほど」

 俺がうなずくと、レスラーさんは変な顔をした。


「わかったのか」

「ギルドに仕事が集まるといっても、依頼人が必ずいる。ギルドは手数料を受け取っているだけだ。でも、依頼料を決めるのはギルドの裁量が大きい。要するに、本当はB級レベルの依頼なのに、A級と偽って受けて料金を引き上げる悪徳ギルド、そしてそういう偽装した依頼を談合しているB級以下の冒険者に流す、という腐った構図があったから、依頼料が高くなるA級には、第三者の審査が入ることにしている。そういうことですね?」

「あ、ああ」

「でも、第三者が入ったところで、そういうことをする人間はいなくならないわけでは」

「A級の数を減らしたから、全員に、定期的に確認がしやすくなった。人数のすくなくなったA級にはちゃんとした意味がある。もったいなかったな」


 俺は考えた。


「A級って、ランクとしてはどの程度ですか?」

「最上位だ」

「最上位? そんなにすぐなれるんですか?」

「それだけの魔物だった。だからこだわってるんだよ!」


 それは驚きだ。

 俺の感覚でもあれは異常な生物だったけれども、ここの感覚でも同じだったのか。


「だとすると、Bは二番目ですか?」

「そうだ」

「Bにはなれる?」

「ああ」

「じゃあ、Bでいいですよ」

「はあ?」

 レスラーさんは、おいおい、と信じられないものを見るように俺を見る。


「AとBは大きな差があるんだ」

「でも俺は、別に、大儲けしたいわけでもないですし」

「なに言ってんだ」

 レスラーさんは俺の肩に手を置いた。


「力があるってことは、人を守ることができるってことだろう。危険なときに、力がある人かどうか、わかるのは、社会にとってどれだけいいことだと思ってるんだ。協力的なA級がいるかどうかは、非常に重要だ」

「俺は非協力的かもしれませんけど」

 そんな凶悪な相手に立ち向かえるだろうか。

 おそれをなして逃げ出すのでは。

 人を助けるなんて責任が負えるか?


「お前はやったじゃないか」

「たしかに」

 昨日は深く考えずに前に出てしまった。

 なんでだろう。


 レスラーさんは、両腕をあげて、力こぶをつくった。


「王都に連れていってやろう。そこで審査を受けるといい。やるな?」

 レスラーさんの言葉に、俺はうなずいていた。




「はあ? 馬車がない?」


 町の門に近いところまでついていったら、誰かと話していたレスラーさんが変な声を出した。


「はい」

「ないってことはないだろう」

「すべて貸し切られています」

「おれたちはいますぐ行きゃなきゃあならないんだよ!」

 レスラーさんはぐんぐん近づいて、ほっそりした相手の男はじりじりさがる。


「しかし……」

「しかしじゃない!」

「レスラーさん」

「なんだ!」

 勢いのまま振り返ったレスラー氏。


「どこに行くんですか」

「王都に決まってるだろうが」

「でも、明日でしょう?」

「明日出たら遅刻だぞ」


 言われてみると、俺の中で、せいぜい新幹線で大阪に行くくらいの距離感だろうと思っていた感じがある。

 東京大阪間って500キロくらいあったっけ? そんな距離なら、しかも馬車だとするなら、時速50キロで走り続けて10時間だがそんなの無理だろう。すぐ出ないと。いやそもそも東京大阪間だったら馬車で一日じゃ無理か? なんの話だこれ。


「馬車が全部ないっていま、なにかある時期ですか? 祭りとか?」

「そんなものはない」

「だったら……?」

「わからん」

「馬車が必要なのか?」

 誰かが近づいてきた。


 魔法使いっぽいローブ姿の、その男は。


「お前」

 レスラーさんは不快そうに見ていた。


「馬車が必要かあ? でも、もう、みーんな出払ってるみたいだなあ!」

 ひょろりとした男は、にやにやしている。


 昨日、レスラーさんと冒険者ギルドでもめていて、最終的に逃げていった、あの男だった。


「なんの用だ」

「でも? なぜか? ぼくは? 馬車を手配していたから、ちょうど乗っていくこともできるんだよなあ!」

 男は大げさに言う。


「なに?」

「貸してほしいかい?」

「おう、貸してくれ。悪いな」

「はい、100万ゴールド」

 男は手のひらを出した。


「なに?」

「200万ゴールドで貸してやるよ!」

「まじめにやれ」

「ぼくもまじめだ!」

 男は真顔になった。


「お前ら、400万ゴールドもらったんだろう? 200万くらい、払えないわけないよなあ? それに、王都に行かないと、そいつがA級になれないとかで、困るんだろう?」

「どうして知ってるんだ」

「聞こえたんじゃないですか」

 俺は言った。


「朝の話を聞いて、馬車をおさえれば、レスラーさんが困ると思ってるんでしょ」

 じゃなかったら、こんなバカなこと言ってこないだろう。

 400万ゴールドで家が二軒立つなら、4000万円以上の価値はありそうだな。


「なに? お前がやったのか!」

「まさか。そんなわけないだろ」

 男はにやにやしている。


「たまたまだよ。たまたま、馬車が全部貸し切られていて、たまたま、ぼくには馬車のあてがあるから貸してやろうと思ってるのに」

「貴様」

「その言い方はなんだ? それともいいのか? 王都に遅れて。A級は大事だぞー」

「ぐう……」


 レスラーさんがうなる。


「別にいいんじゃないですか。行けなくても」

 俺は言った。

 レスラーさんが、ぱっ、と俺を見る。


「なに言ってるんだ、ナガレ。A級の価値がまだわからないのか」

「さっき、十分教えてもらいましたよ」

「もしかしてA級になれないと思っているのか? それだったら、心配はいらん。ほぼ、確定したようなものだ。行けさえすれば」

「そこじゃないです」

「なんだ」

「気に入らないだけです」

 俺は男を見た。


「こういうやり方をしたら儲かる、っていう人間の行動を許すのって、社会にとってよくないんじゃないかな、ということです」

「なに?」

 男は俺をにらむ。


「プレミアチケットをネットオークションサイトで転売して、値段が異常に釣り上げて儲けを出す。そういうことが、資本主義だ、当然のことだ、なんていう社会になったら嫌なので」

 できることから、こつこうつと


「なにを言ってるんだ?」

「まあ要するに……。こんなやつから馬車を借りるくらいだったら、自力で走って王都を目指したほうがましだ、ってことですよ。せっかく馬車を独占して、ご苦労さまでした。お支払い、がんばってください」


 俺が言うと、男は、なんだか信じられないものを見るように俺を見ていた。


「ぶはははは!」

 レスラーさんは大笑いした。


 それに。

 気になることがすこしある。

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