57 殺すな
「そんなことするわけないでしょう」
俺はすぐ言った。
「なぜ?」
王子は言う。
「なぜって、あなたたちはバリバリ戦争して国土を広げる気じゃないですか。どっちもやばい国になったから、どっちもいいだろう! じゃないんですよ。どっちもお断りなんですよ」
「我々は、自衛の戦争しかせんぞ」
王様は言った。
「そう言われると、しょうがないかなって気になるんですけれども」
日本国民としては。
自衛の戦争をしている時代はまだないけれども。
あくまで政治でなんとかしてますけれども。
「では我が国につくのだな」
王様が言うと、俺は透き通った箱に包まれた。
俺の家のトイレくらいの大きさだ。
「そこから出れば、アイ国につくとみなす」
今度は、アイ国の人たちをすっぽり覆う箱が現れた。
大きさは、学校の教室、いや準備室くらいの小さなものだ。
それがじりじり小さくなる。
中で、俺と戦ったでかい人が壁を殴ったり、俺を好きなふりをした女性がなにか念じるような動きをしたり、殺し屋っぽい人が殺し屋っぽい動きをしたり、王子が口からなにか出したりしていたけれども壁は壊れない。
じりじり小さくなる。
俺は箱を壊して出て、その箱を触って壊した。
王様を見ると、俺をじっと見ていた。
「そういうことか」
「人を殺すぞ、って言われたら、止めるでしょふつう!」
俺はついつい大きな声で言った。
「そういうことだ」
王子が言う。
「ナガレはアイ国についた」
「ついてない!」
「ついただろう」
「そうだ」
王子と王様が責めるように言う。
「つくわけがない。侵略王子と暴走王、どっちの考えにも共感してませんから!」
「しかし、その箱を出たらアイ国につくとみなすと言っただろう」
「言ったからって、了解したと思わないでもらえますかね。部下に対して、言っておけばいいと思ってる人間はこれだから……。了解のメール出しました? 納期の話なんて聞いてないですよ! うっ、頭が……」
「納期?」
はっ。
「それはどうでもいいです。とにかく俺は、どっちにもつかないので」
「では、アイ国にこの国が潰されるのを黙って見ていろと言うのか」
王様は言う。
「はっきり敵対したからには、アイ国はあらゆる方法で侵入し、あらゆる方法で侵略しようとするだろう。人の流れを完全に断つわけにはいかぬからな」
「だから殺すんですか? そんなことして恨みをかったら、いよいよ全面戦争ですよ」
「ではこのまま帰せというのか? どういう力を持っているか知られて、対策を練られるとしてもか?」
「それは……」
「いまなら詳しい情報を知っているものは、全員殺すことができる。そればかりか、大量の、正体もわからぬ品々を持っている王子を始末できるのは、千載一遇の好機ではないのか?」
言っている間に、俺のまわりにまた箱ができていた。
「これを壊したらアイ国につくって言いたいんですか?」
「いや。それがあれば、時間を止めて移動することもできぬだろう」
なるほど。
王子が近づいて、口に入れられてしまったけれど、そもそも近づけないならそうならないと。
「口に入れられないと」
「それだけではない」
王様は王子を見た。
「たとえば、地面ごと掘り返す、ようなやりかたもあるはずだ」
「え」
俺を持ち上げられなくても、俺の下の土ごと持ち上げればいける説?
そんなことが?
「道具を使えば、力の有無に関わらずいけるかもしれぬ。どうだ」
王子は答えず、にやにやしていた。
「なんだ?」
「いや……」
王子はにやにやしながら首を振った。
「なんだと言っている」
「王様。いいカンですよ。見逃さないほうがいい。オレたちを見逃したら、俺は世界中に、この国が強力な武器を持っていると宣伝するでしょうね」
「なぜそれを言う」
「オレがここで死なないからでしょうね」
俺を見る。
「彼はオレたちを見殺しにはしないんですよ。いままで、そういう行動をとってきた王様にはわかるでしょう? 目の前で死人を出したくない心境が。もう忘れてしまいました?」
にやにやしながら言う。
「オレたちは死なない。ねえ?」
見透かされている。
俺は、そこまで言われても、壁を壊すだろう。
わざわざ目の前で死なせるなんてことはなしないだろう。
困っている人にわざわざだいじょうぶですか? なんて言うのは苦手だけど、俺にしかできない、そして死人を防ぐ、そういうことなら、やってしまうだろう。
一方的に、王様が善人だと思えたらまだよかったのに。
それなら、耳をふさいで逃げたかもしれないのに。
王子たちの無事を確認するまで。
たとえば、アイ国にもどるまで確認することになるかもしれない。
するとその流れで俺は……、アイ国に協力するのか?
「ナガレ君。オレたちは、ワガ国を『侵略』しないと約束するよ。代わりにきっと、どこかの国が、ワガ国を危険視するどこかの国がやってくれるだろうね。入念に宣伝しておかないと!」
王子が言う。
ううむ。
ここまで煽るのはなんなんだろう。
それでも俺は彼らを守ると思っていると確信しているだけだろうか。
あるいは、ここで王様に、手を汚させることで、平和、を意識から遠ざけさせる目的だろうか。
自分が死んでも、アイ国が広がっていくように。
「さあ、一緒に行こう、ナガレ君!」
「いや行かない」
とにかく俺は断った。
「よい決心だ」
王様が言う。
「いや、殺させもしない。というかあんたら、殺そうとするな」
「なに?」
「なんだ?」
王様と王子が同時に言った。




