55 四次元ポケット
◇◇◇
俺は謎の空間にいた。
広い建物の中のような空間。
縦横が規則正しく、病院などの建物を思わせるような……。
いや、明らかにそういうものではないか。
もっと、ずっと大規模だ。
そして立体の幾何学模様のように、どこまでも広い。
色はカラフルで、虹のようなグラデーション。線で塗り分けられている。
虹以上に多彩な色合いだった。
建物が細かく、細い縦線で塗り分けられているような、区切られているような。
それが広がっている。
広がっているのだ。
左右に広いのはわかるけれど、前後もそう。
上下もだ。
ひたすら、カラフルな、廊下のようなものが続いている。
いや、床がない。
いやある?
俺は、廊下を区切る柱というのか、そういうものに手をかけた。
床や壁がなければ、ジャングルジムのように、棒で区切られているのが見えるだろう。
でもそうではなく、遠くに続いていく廊下には壁のようなものが見える。
しかしすこし、壁のようなものに近づいていくと、それは遠くまで続く廊下のようになってしまう。
俺はそんな空間に浮かんでいる。
浮かんでいる、でいいのだろうか。
ちゃんとそこに立っているような気もする。
歩いているような、空中を飛んで移動しているような。
そんなのどっちかだろうとわかるはずなのにわからない。
「初めて?」
声をかけられ振り返った。
青年がいた。
高校生くらいだろうか。
ひょろりとして見える。
身長が高い。180センチ以上ありそうだ。
「君は……?」
「クロノ。知ってるでしょう?」
「知らない」
「僕がみんなを運んであげてたんだよ」
「みんなを?」
「ナガレさんでしょ?」
「ああ」
「時間を止めてるって気づかなかった?」
「……ああ、そういうことか」
闘技場で誰かに押されたような感覚があった。
あれは、時間を止めて、俺を移動させようとしていたのか。
「すぐ信じるの? 時間を止めるなんて」
クロノは意外そうにした。
「止めてるのか、止めてるみたいなものなのか知らないけど、それくらいのことはできそうな人がたくさんいるみたいだから」
「ナガレさんもすごいよね。力の流れを操れるんだから」
「どうだろう」
操っているというほど操れていない。
「ここは?」
「王子の口の中だよ」
「ああそうか」
言われたとたんに思い出した。
「食べられたわけじゃないのか」
「そうだよ」
「ここは……。なに? どこまでも広くて……」
「王子の口の中は、なんでも入れられるんだ」
「これが口の中?」
「そうだよ」
「…………、四次元ポケットみたいなものかな?」
そう言ってみると、すこし納得できた。
「四次元ポケットって?」
「なんでも入れられるポケットだよ。外から見ると小さいポケットだけど、中はすごく広いんだ」
「王子の口の中と同じだね!」
「クロノ君はどうしてこんなところに?」
「安全だから」
「そうか。でも、王子が危なくなったら、君も危ないんじゃないの?」
「そのときは僕が時間を止めるから大丈夫」
「外が見えないのに?」
まわりを見ても、外の景色を見る窓などは見当たらない。
「王子が呼ぶんだ。声だったり、手で引っ張り出したり」
「王子は中がどうなってるかわかるってことか」
「好きなように見つけられるんだ」
クロノは得意げだった。
「そうだ。四次元ってなに?」
クロノは言った。
「え? さあ……」
「自分で言ったんでしょう?」
「そうだけど……。だから、たとえば……。線が一次元。四角が二次元、箱が三次元。みたいな」
「どういうこと?」
「線は、長いか短いか、二つしかないだろう? 四角はそれが、縦と横、二つの、長いか短いかがあるから、二次元。箱はそれに、高さの、長いか短いかがあるから、三次元。そんな感じ」
「四次元は?」
「さあ……」
俺は首をかしげた。
「わからないの?」
「そうだよ」
「ふうん」
クロノはまわりを見た。
「点を集めると、線ができるよね」
クロノは言った。
「え? ああ」
「線を集めると、四角ができるよね」
「うん」
「四角を集めると、箱ができるよね」
「うん」
「じゃあ、箱を集めると、四次元の物質ができるんじゃない?」
クロノは言った。
「箱を集める……?」
「そういうルールなんでしょ?」
「そう、かもしれない」
言われてみるとそうか。
箱を辺みたいにして箱を作る。
それはルービックキューブみたいな意味じゃないんだろう。
……どういう形なのか想像できない。
俺もまわりを見る。
「これが四次元……?」
形がしっかり見えないのは、そういうことか?
いや形は見えている。
うーん。
「五次元かもね」
クロノは言った。
「たしかに」
ここが何次元なのかなんてわからない。
「最後にわかってよかった! すっきり!」
「最後?」
「うん。もうすぐ死ぬからね」
「死ぬ? 病気とか?」
俺が言うと、クロノはおどろいたように俺を見る。
「ちがうよ」
「じゃあ?」
「ワガ国の王様に殺されるんだよ」
「どうして」
「あれ? 見てなかったんだっけ? 王の棺で、僕らは殺されるんだよ。ナガレさんも残念だね。王子の中にいたばっかりに」
「え? 王の棺で死ぬ?」
「そう。王様は、王の棺を自由に使えたんだ。だから、僕らを逃さず、棺で押しつぶして殺すつもりだろうね」
「え? え? え?」
「今度は瞬間移動ができる人間に生まれ変わりたいなあ」
クロノはのんびり言った。
「ちょ、俺はなんで死ななきゃならないんだ」
「捕まったからじゃない?」
「そう、いや、じゃなくて、俺は王の棺を壊せるぞ」
「まさか」
「本当だって」
「うそだあ」
「本当だって!」
「じゃあやってみてよ。王子に言うから」
「え?」
「はい」
「うおっ!」
急に草原を舞っていた。
近くに王子の仲間がいて、その上を、体がゆっくり回転しながら飛んでいた。
口を大きく開いている王子。
その向こうに、透け透け巨大ロボットみたいなのに乗ってる王様が見えた。
ゆっくり回転し、俺は、透けた青白い壁にぶつかって。
壊した。




