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54 棺の中

 時間を止める。


 そうして、その間に、クロノによって、手作業で移動をさせる。

 オレたちが瞬時に移動していたのは、なんのことはない。

 クロノが手作業で移動させていただけだ。


 いちいち、オレたちを順番に移動させるのはつかれるらしい。それはそうだろう。

 ただ、人間を運んでいるというよりは物質を運んでいる感覚のようで、眠っている人を運ぶときの持ちにくさ、といったものはないらしい。


 体が固まっているように感じられるせいか、時間を止めつつ効果的な直接攻撃というのは苦手にしている。

 刃物を突き刺すといったことは難しいらしい。


 だから暗殺をする場合、どこかに対象を移動することが多い。

 移動した先で殺すなり、勝手に死ぬのを待つなり、する。


 注意すべきは、時間を止めているときに起きる失敗だ。

 たとえば頭を打って気を失ったりしてしまうと、解除されることもあるという。そうなれば、意識がもどるのを待ってくれればいいが、そうでない場合も考えられる。

 クロノを失うのはとても大きな損害だ。

 だから、できるだけ、多用したくない。


 クロノのケガなどもそうだし、このように、正体が明らかになってしまう可能性も生まれる。


 知られたからといって価値がなくなるわけでもなく、逆に駆け引きにも使えるが、知られないにこしたことはない。



「もう手はあるまい。おとなしくすれば苦しませんぞ」

 王は言った。


「我々がこの国から手を引くと言ってもですか?」

「そんな言葉をいまさら信じると思うか? 不利になってから交渉をするとは、らしくない」

「しかし、このまま戦うとなれば、あなたの国のA級を失うことになりますよ。相打ち以上の結果をお見せします」

 オレはエクサミたちを見た。


「あるいは王様。あなたが、それを使って国を守ろうとする間に、我々が本気で国に損害を与えようと思えばどうなるかおわかりか? あなたは殺されずにすんだだけであり、勝ちを確信するには早すぎると思いますがね」

「心配無用だ。侵略者に対し、武力で脅すことになるのは、はなはだ不本意だがな」

 王は言った。


「平和を武力で成立させるとは。こんな矛盾があるだろうか」

「どこにでもあります」

「アイ国の王子よ。無様に死ぬか、王子として死ぬか」

「死ぬならば、ワガ国も滅ぼしましょう」

「国民は誰も死なぬ」

「クロノを失っても我々は十分な戦力を持っていますよ」

「ところでナガレはどうした」

 王は急に言った。


「彼は王子の口の中にいます」

 エクサミがすぐ言った。


「口の中?」

「特殊な人間、あるいは魔族のようです」

「ほう」

 王は興味深そうにオレを見る。


「アイ国には、そういう血筋もあると聞く」

「魔族は駆除しますか?」

 オレは言った。


「おかしなことを。人間であっても、魔族であっても関係ない。平和を害するかどうかという一点だけが問題になる。なにがあっても我が国に危機をもたらすというのなら、貴様のような誰にも御せぬ者は、排除するしか無い。エクサミ」

「はっ」

「口の中にいる、と言ったな」

「はい」

「食われたのではないのか?」

「ナガレを口に入れたとき、王子の体の大きさに変化はありませんでした。食っているのではないと考えるのが妥当です。特殊な能力か、特級なのかわかりませんが、口の中に特殊な空間があると考えます」

「ほう」

「まだナガレは生きている可能性もあり、また、この事態を打開する可能性がある道具がいくつも用意されているのではないでしょうか」

「なるほど、なるほど」

 王は大きくうなずいた。


「そうか。時間を止める力を持つものは、口の中か」

 王は言った。


「そこにいる男は、なんのことはない。影武者として近くにおいているだけで、本当に特別な力を持っている者は外に出さず、口の中においておく。なるほど、だからこそ」

「クロノ」


 そこまで知られては。

 オレたちは王から離れ、ワガ国の中に入る。

 戦争というものを見せてやろう。

 あらかた壊してから、策を練り直す。

 見ていろ。


 そうなるはずだった。

 しかし。

 門の前には、透明な壁があった。

 そこにあると思って見て初めて見えるようなうっすらしたものだ。


 門だけではない。

 色こそほとんど見えないほど薄いが、それは城壁の高さほどまであった。

 天井もあるようだ。


 凝視して初めて、張り巡らされているとわかる。


 ぐるりとオレたちを取り囲んでいる。


 ゆっくりとオレたちの方へやってくる、王や、エクサミたち。


 オレたちのいる場所は、とっくに王の棺に切り取られていたのだ。


 逃げ場はない。


「とっくに貴様らは棺の中である。投降せよ。苦しませるのは本意ではない」

 王の声が聞こえた。

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