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51 口

「まあ、そういうことで、あんまり変なことをするようだと、俺もアイ国に行っていろいろすることになるかもしれないので、あんまり無茶はしないでもらえますかね」


「やるじゃねえか」

 レスラーさんたちが、俺のほうに歩いてくる。


「これで、『戦争』は、あくまで『戦争』として行うということで、『侵略』の側面はなしにしてもらえるんですよね?」

 俺は言った。


「そうだぜ。仮に、おれたちが捕まって、殺されそうになっても、絶対に折れるなよ」

 レスラーさんは言った。


「おれたちだけじゃない。一般人が目の前で殺されても、絶対に折れるなよ」

「すごい嫌なんですけど」

 一般人が目の前で一般人を次々殺されて耐えられると思うの?


「ナガレ君、だったね」

 王子が言った。


「はい? はい」

「うん。オレの側近にならないかい?」

「側近?」

「仕事の時間以外は、君が望むままの生活ができると思うよ」

「側近って、あの、近くで働く側近ですか?」

「そうさ。君を正式にスカウトしたい」

 なんと。


 とんでもないことを言うものだ。

 たぶん、別れた女性とは友達関係にもどっただけ、とか言えるタイプだろう。

 そんなわけないだろ!

 いい思い出すら逆に嫌な思い出だわ!

 プラスの友達関係でもないし、ゼロにもどるわけでもない。

 マイナスだマイナス!


「そうやってブラックに働かせる気だな!」

 俺はロープからの力を集め始める。

 こいつは倒さなければならない。


「なんだって?」

「毎日朝から晩まで働かせて、金を払えばいいんだろうって言うわけに大して金を払わないつもりだろうが! しかも、働かせては足らせて、働かされすぎることで、脳が変な幸福感を得る状態に持っていくことによって文句を言わない労働力を手に入れようってんだな!?」

 許されない。


 ブラックの環境にいる人間はブラックであることを受け入れなければ生きていけないという精神状態を利用するんだな!


「それで、俺が諦めるまで、使って使って使い尽くそうってんだろうが!」

「なにを」

「やるしかないのかよ! やるしかあ!!」

 初めて、人を、殺めてしまう……!

 だが、俺がやらなければこいつは。

 こいつは……!!


「側近というのは側近だ。休みもあるし、給料も遊んで暮らせるほど払う!」

「……なに?」

 俺はいったん、飛びかかろうとしたのをやめる。


「休みといっても、どうせ十日に一回くらいだろう」

「三日に一回だ」

「ばかな」

「側近は、充分な人数を確保することで、他の人間も負荷がかからないような働き方ができるんだ。住居と報酬も充分用意する。気に入らなければ交渉にも応じる」

 王子だけに応じる。


「ばかな……」

「やるか」

「……いや、そんな、人間的な生活をさせるわけがない。相手国の王を殺してその国を奪おうと考える人間が……!」

「王だからこそだ」

 王子は言う。


「下を殺したところで無残な犠牲にしかならない。だが、上を消せば国が変わる。この国を傘下置くということは、どういうことだと思う?」

「……自分の利益を生む道具にする」

「そう!」

 王子は言った。


「言い方が悪いが、しかしそういうことだ。利益を生むためには、それなりの価値ある場所にしなくてはならない」

「奴隷のように働かせるだけだろう!」

「奴隷扱いでは国の評判が下がる。利益を、価値を産まない」

「平和がなくなる!」

「上だけが死ぬのはどうだ? 下の、一般人は利益の中で暮らす。そういうのは嫌か?」

 嫌かと言われれば、資本主義の中で生きてきた自分としては、奴隷ではないと明言されている一般人の生活が嫌なわけがないのである。


「だけど、手段を選ばないで戦いに勝つことばかり考えているような人間が、本当に」

「話に熱中しすぎだね」

 気づくと、王子は俺のすぐ横にいた。


「いただきます」

 と王子。


 俺は、バカでかく開いた王子の口に、丸飲みにされた。


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