05 招かれざる客
庭に出てきたやつは、なんというか、つるっとしていて、魚みたいな顔をしていた。
目が大きく白目がすくなく、黒目がかなりの割合をしめているのも魚っぽい。
頭を追って、長い爪の前足がにょきりと出てくる。一人暮らし用の小型の冷蔵庫くらいの大きさだった。
ずるずると、出てきた感じは、普通自動車くらいだ。頭の感じからしたら胴体が小さく見えたけれど、まあ、めちゃくちゃでかくて頭がおかしくなりそうだ。
そう、剣と魔法の世界なら、魔物だっているのか。
「イーナ、警備兵を呼んでこい!」
「はい!」
イーナさんは、怪物が出たほうと逆側へ走っていった。
「ひとりで行かせていいんですか」
「元冒険者だ。それよりこいつ、今日、やりそこなった魔物だ」
「やりそこなった?」
そういえば、そもそもギルドでレスラーさんたちは、魔法使いの不手際について話をしていた。
「それがここまで追いかけてきたんですか? こんな町の中に魔物が来るって、相当治安が悪いんじゃ?」
「……やっぱり、落ち着いてるな。おれが見込んだとおりだ」
レスラーさんは言う。
落ち着いているというよりは、毎日の忙しさや理不尽さで、ある程度の感性がなくなってしまっただけ、という言い方が正しい気がする。
殴られたときも、恐怖感というより、なんだかぼんやりと、状況を受け入れていていたような気がするし。
「イーナを追わせるなよ、一気に倒すぞ!」
そう言われると俺も前に出ないと、と思わされて一緒に庭に出る。
するとなにを思ったか、レスラーさんを無視して魔物がこっちに向かってきた。
しかも、走ってくるのかと思ったら、へびみたいにニュルニュル地面を、体をよじって急接近して気持ち悪い。
うげ、と立ち止まったらそのまま頭突きで俺の胸を押してきた。
視界が魔物でいっぱいになると同時に。
重い。
いままでで一番重さがあった。
重すぎて思考停止しそうになる。
力は全部たくわえられるので、いくら押されても俺の立ち位置は変わらない。
体内にプールされるだけだ。
でもなんか、生魚みたいなにおいが気になる。
とか思っていたら。
がぱっ、と大きな口が開いた。
魚くらいの開け方かと思ったら、ワニみたいに開いた。
ソフトクリームみたいにがっぷりと、背中くらいまでほおばってきた。
「ぐっ!」
声を出してみたものの、痛くはない。
痛くはないが、なんかすごい不快感だ。
体を上下から無数の歯で噛まれている。
それが、変なくすぐられ方をしているような、ぞわぞわする感じというか。
魔物が続けてかみついてくる。
ガジガジガジガジ。
こいつ、調子に乗って……!
あと、べたべたなよだれが、生ゴミみたいなにおいがする!
「どけ!」
集めた力で上の歯をさわったら、ボン! とちょっとした爆発みたいな勢いで口が開いた。
「ぐごおおお!」
魔物の声が振動となってめちゃくちゃ体に響いてきた。うるさすぎる。
俺は急いで外に出た。
離れてから見ると。
ワニみたいだった口が、ホチキスの、針を入れ替えるときみたいな角度まで開いていた。自力ではもどれないだろう。
頭がひっくり返ったせいで上下左右がわからなくなったのか、前後、前後、とちょこちょこ動いている。
ギルドから派遣されたという人たちが、魔物を回収していった。
死体ではないということが、なにかいい点があるようで、高く買い取ってもらえるらしい。
それは、ちょっとおいしい思いができるとかそういうレベルではなく。
「家が建つ……!?」
「二軒は建つな! それだけのことをしたんだ。がっはっは!」
「あなた」
「おお、そうだな。家がなくなったのは残念だ。責任を持って、今度は家を建てるとしよう」
「新しい家ね!」
「新しい家ですか?」
「地中を進んできた魔物のせいで、地盤がおかしくなっているところがいくつかあるらしい。さいわい、他は、建物よりも、道路や畑が多かったそうだから、建て直しはうちくらいかもしれんな!」
いくら多額の収入があるからって、自分の家がだめになっても、他の家を心配しているあたりが、レスラーさんの人柄を表しているのだろうか。
イーナさんという奥さんがいる理由もそのあたりにあるのかもしれない。
俺だったら、ずっと、使えない家についてうじうじ考えていそうだ。
「しかし悪いな。おれのクエスト達成、ということになっちまった。本当はナガレに全額やりたいんだが、家がないと困るんだ。あとで全額やるから、半分はとりあえず、貸しにしておいてくれないか」
「全額レスラーさんに預けておきます」
「どうしてだ」
レスラーさんはぎょっとしたように言う。
「ギルドで申し込んだときの手数料とかは、レスラーさんが払ってたんでしょう?」
「それはそうだ」
「なんていうか、俺は、その手数料なんて払えないし、払う気もなかったです。なのに、たまたま、結果的に魔物を倒すことになっただけで、俺が報酬を全部もらうっていうのは、手続き的におかしいんじゃないかと」
「うまくいったんだからいいだろう」
「うまくいったら、っていう考えはよくないですよ。そうやって、結果結果で判断するようになると、結果の捏造とか、手柄を奪い取るようなことが起きるんです。レスラーさんがそうするとはいいませんが、今後ですね」
「あー面倒くさい!」
レスラーさんは耳に手をあてて頭を振った。
「わかった! パーティーを組む話もしたんだ! 今回は半分ずつだ。おれが全額もらうというのもおかしいだろう!?」
「半額ですか? しかし、さっきも言ったように手数料を払わないのですから、対等な契約というわけには」
「その代わり!」
レスラーさんが口を開くなとばかりに俺を指さす。
「ナガレのことは、おれたちがしっかりサポートする。それでいいな!」
「……まあ、はい。よろしくおねがいします」
目先の金より、味方がいることが大事だ。
レスラーさんならとても力になってくれるだろう。悪い話じゃない。
レスラーさんが、困ったようにイーナさんに視線を向けた。
イーナさんは無言で微笑む。
レスラーさんに連れていってもらった宿屋で一夜を明かした。
そして翌日の朝。
勢いよくノックされた音で目が覚めた。




