表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/60

31 ずば抜けたザコがいるぞ

「まったく、設備だけはよくできてるなあ」

 オレたちは闘技場の控室に通された。


「天井も高いぜえ」

 スレインが見上げる。

「まったく。こっちを本拠にしたほうがいいくらいの城だな」

 オレは壁をけった。


「しっかりできてるじゃないか」

「行儀が悪い」

 と言っているペインゴッド、スカートから伸びた脚で椅子をけとばした。

 けたたましい音を立てて椅子が転がる。


「さわがしい椅子。質が悪いんじゃないの?」

「ははは!」

 スレインが笑った。


 ドアがノックされた。


「準備ができました」

「はいよ。じゃあ行くか」


 オレたちは部屋を出た。



 通路を歩いていくと、途中で左手に大きな扉が見えてくる。

 外からの光が入ってきて、廊下を照らしていた。


 そこを出ていく。


 光がまぶしい。

 


 闘技場は、武舞台を中心にしている。

 武舞台が大半で、それを囲む土の地面、さらに離れていくと壁がある。

 壁はオレの身長の倍位以上あり、そこから先は階段状の客席になっていた。


 武舞台までの短い石畳を歩く。

 武舞台の上で戦う。といっても、武舞台から落ちても負けというわけではない。


 客は満席だ。

 アイ国、ワガ国両国の住民、あるいは他の国からやってきた人間たちがいた。


 試合中は、客席には、というか武舞台側はバリアで覆われる。数人で扱う特級だ。

 そのため安全は確保されている。

 だから降参するか、試合続行不可能とみなされるか、残念ながら死んでしまうまでは、安心して見ることができる。


 娯楽だ。

 他人事だ。

 笑顔を見せたり、残酷だ、と顔をしかめたり、どんな表情をつくっても自由だ。

 せいぜい、いまは楽しんでいればいい。


 反対側から、アイ国の出場者が同じように近づいてきていた。



 武舞台横の階段を上がって、ワガ国のやつらと向かい合ったのだが。


「誰だあいつ」

 スレインが小声で言った。


 ならんでいるのは、エクサミ、センシャ、レスラー、それと出たり出なかったりしてる王城の兵士がひとり。

 それと、あれは誰だ?


 ワガ国王のあいさつが始まったが、分断がどうとか力を合わせるのがどうとか言っているだけだ。いつものこと。どうでもいい。


 それより不気味なのがあいつだ。


 体格は完全に一般人。

 服装もそうだ。


 それだけならまだいいのだが、あれはどういうことだ。



 控室にもどって、最終確認をしようとしたが、スレインはいらいらを隠しきれなかった。


「試合前に最後の確認だ。戦っているときに、他のやつらは、仲間になるかどうかの提案をしてから、殺すということでいいな?」

「そりゃあいいぜボス、もう、何度も聞いたぜ。おれはそんなこと一回でも聞けばわかるんだよ。バカじゃあねえんだ」

「そりゃ悪かったな」

「いいってことよ、ボス! だがよお、それよりあいつだ。あいつなんだよお!」

 スレインがイライラと、ナイフを手の中でまわす。


「あいつはなんだあ? どう見ても一般人じゃねえかあ? それだけじゃねえ、全然、おれの殺気に気づいてねえぞ?」


 スレインの言うとおりだ。

 どうでもいい開会宣言の間、スレインは何度か敵に殺意を送っていた。


 エクサミ、センシャ、レスラーはすぐに反応した。

 反応しつつ、反応を体の表面に出さないような対応をしていた。

 兵士は反応したりしなかったりだ。ふつうに弱いやつ。


 だが。


 もうひとりは、なにも反応をしなかった。

 気づいていないのだ。

 A級どころか、冒険者ですらない、いや、一般人の中でもカンが悪い部類の反応だ。


 体つきもふつう。

 カンも鈍い。

 魔力も感じない。


「いらいらするぜ。なんだあいつはあ!」

 スレインがナイフを投げる。

 トン、と軽い音がして控室の石壁に刺さった。


「強いやつは好きだぜえ、死ぬのを見るのが楽しいからな。弱いやつもいい。さっさと死ぬのが楽だからな。だがよ、無能はいけねえぜえ、ボスう! 自分が死んだかどうかもわかんねえやつを殺してなにが楽しいんだあ!?」

「じゃあ、教えてやったらどうだ」

 オレが言うと、スレインがナイフを逆手に構えた。


「はあ? おれが、わざわざ、お前はこんなふうに死ぬんだって、ゴミカスに教えてやらなきゃいけねえのかあ? おい、おい、おい!」

「スレイン」

「ボス! ……へへ」

 スレインは急に笑った。


「あいつはおれにやらせてくれ。あいつには、あの場に立ったことをしっかり後悔させてやる。そうだろ、ボス。わからせてやるんだ」

「そうしてやれ。ワガ国のやつらには、後悔が足りない」


「へへ。そうだな。あいつ、何番だろうなあ。どうせ最初はレスラーだろ? 最後はエクサミ。センシャは三人目か? そう、そうだ。だいたいああいうのは、二番目か四番目だ。奇策ってのは反応を見てからやるもんだ。一番最初に出すのはバカだ。あいつらは、愚かだがバカじゃない。なあボス」

「そうだ」

「ボス。……おれは二番目にやる」

「わかった。ベルガルが一番でいいな」

「ああ」


「三番目はペインゴッド、四番目はオレ。最後はクロノだ」

「……」

「わたし、あのイケメンとやるの嫌なんだけど」

「どうしてだ」

「ふられたのかあ?」

 スレインが言う。

 ペインゴッドは眉間のしわをすこし深くした。


「あのイケメン、辛気臭くて」

「ああ? 底抜けに明るそうじゃねえか」

「どこが。ニコニコニコニコしてるけど、中身はネチョネチョ。昔、死んだ女とか引きずり続けてるタイプ。ああいうの、気を遣ってくるでしょ。女性を大事にって。気持ち悪くてヘドが出る」

「きひひひ」

 スレインが笑う。


「なら何番目がいい」

「……めんどくさい。任せる」

 ペインゴッドは、足を投げ出すように椅子に座った。


「これで決定でいいな」

 とオレが言ったとき、部屋がノックされた。


「失礼します」

 係員が入ってきた。


「その、直前で申し訳ないのですが……」

「なんだ」

「ワガ国側からの要望が届いていまして」

「要望?」

「今回は、順番に、ひとりめ、二人目と戦うのではなく、勝ち抜き戦にしてはどうかと」

「いま?」


「当然、断ってもよいと言っております」

「理由は」

「いえ」

「あるんだろう」

「その……」

「なんだ、言え」

「……」

「言え」

「……はい」


 係員は、ふところから紙を取り出した。

「圧倒的に勝つためには、ひとりで、アイ国全員を倒すこともある、ということを知ってもらいたいから、とのことでした……」


 係員の声は、最後は震えていた。

 スレインがずっと殺意を出していたからだ。


「記憶力が悪くなったのかな。アイ国は、あまり勝率がよくなかったはずだが」

「は、はい、おっしゃるとおりです……」

「こちらとしては文句はないがね。異議があるものは?」

 誰も手をあげなかった。


 オレは係員に近づいていった。

 かわいそうに、震えている。


 オレが肩に手を置くと、びくり! と体をゆらした。

「……ワガ国も、なかなかおもしろい冗談が言えるようになったじゃないか」

「は、はい……」

「でも冗談は、もうちょっとタイミングを見たほうがいいな。うっかり、君が死んでしまったらかわいそうだろう?」

「は、は、はひっ」


 係員は、ひきつった顔で、すこし微笑んでいた。

 どういう顔をしているかわかっていないのだろう。かわいそうに。ああ、かわいそうに。

 力量差を見ず、気持ちよくケンカを売ることを選ぶ人間は、いらないなあ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ